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105/114

# 第105話 焼かずに治す旗



 白い森の入口に、旗が立った。


 大きな旗ではない。


 村の布を縫い合わせた、少し歪んだ白い旗だ。


 中央に白い傘。


 その下に細い菌糸。


 端には、炎を囲む丸い線。


 エレナはその旗を見上げて言った。


「ここは、焼かずに治す場所です」


 聞いていた村人たちは、すぐには反応しなかった。


 言葉が重かったのだ。


 ソルバニアでは、病を焼く。


 穢れを焼く。


 不安も、疑念も、異端も、最後は火の前へ置く。


 エレナの言葉は、それをひっくり返していた。


 焼かない。


 それだけで、教会への反逆になる。


 最初に来たのは、熱の子どもを抱えた母親だった。


 薄い外套。


 すり切れた靴。


 財布の紐を何度も握る手。


「お金が、あまりありません」


 母親は小さく言った。


 シロはマルクに目をやる。


 丸眼鏡の商人は、すでに帳面を開いていた。


「初回は庇護扱い。代金は後日、布仕事か薪割りで相殺できます」


「祈りは」


 母親が聞いた。


「必要ですか」


 エレナは少しだけ息を飲んだ。


 祈りが不要だと言えば、彼女の過去まで否定することになる。


 必要だと言えば、白火教会と同じになる。


 迷いの一瞬があった。


「祈っても構いません」


 エレナは言った。


「でも、祈る前に寝かせましょう。熱の子は、まず寝台です」


 母親の顔が崩れた。


 泣く前の顔だった。


 難しい教義ではない。


 寝台。水。薬。パン。


 それだけで人は膝をつく。


 リゼットが薬を用意する。


 サーラが偽薬ではないか目で確認する。


 モルデは列の後ろに紛れた白火教会の密偵を見つけ、影で印をつけた。


 カトラスは白い騎士として入口に立ち、剣を抜かない。


 抜かない剣の方が、今は怖い。


 シロは地下から全体を見ていた。


 旗を立てただけだ。


 薬を出しただけだ。


 パンを配っただけだ。


 けれど人が集まる。


 人が集まれば道になる。


 道になれば勢力になる。


 勢力になれば、国が動く。


 エレナは母親に白い木札を渡した。


「この札を持っていれば、次も焼かれずに入れます」


 母親は木札を胸に抱いた。


 その姿を見た巡礼者が、列に並び直す。


 白火教会の密偵は、顔色を変えた。


 信仰が奪われているのではない。


 もっとまずい。


 民の行き先が、変わっている。


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