# 第101話 白い排水路の逃走
エレナは下水路へ落ちても、悲鳴を上げなかった。
膝をつき、焦げた白い衣を押さえ、すぐに周囲を見る。
揺れない目。
その目がシロを見た。
「あなたが、先ほどの声ですね」
「声というか、菌糸です」
「菌糸」
エレナは少しだけ驚いた。
普通なら、そこで一歩引く。
だが彼女は引かなかった。
「助けてくださったのですね」
「同意は取りました」
シロは思わずそう言った。
マティアスの言葉がまだ引っかかっている。
エレナはその意味を考え、静かに頷いた。
「はい。私はお願いしました」
その返事に、シロは少し救われた。
上では鐘が鳴り始めている。
処刑台の異変に、聖騎士たちが気づいた。
モルデが先へ進む。
「話は後。追手が来る」
エレナは立ち上がろうとして、少しふらついた。火傷は浅いが、熱と恐怖で体力を削られている。
シロは手を出した。
白い手袋。
エレナは一瞬だけ見て、その手を取った。
指が細い。
熱が残っている。
人間の手だ。
シロの手は冷たい。
「冷たいのですね」
「よく言われます」
「でも、不思議と怖くありません」
その言葉は、少し危うかった。
恩人だから怖くないのか。
救われた直後だから判断が鈍っているのか。
それとも、エレナは最初から少し壊れているのか。
追手の足音が近づく。
シロは菌糸を壁へ伸ばし、古い灰を崩した。
水が流れる。
聖騎士の足元がぬかるむ。
モルデが灯りを消す。
暗闇の中で、エレナが小さく祈った。
「病人たちを」
「約束しました」
「なら、私は逃げます」
自分のためではなく、約束のために逃げる。
やはり聖女だった。
白い排水路を、三人は走った。
頭上では、聖火の鐘が鳴り続けていた。




