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100/111

# 第100話 燃えない聖女



 聖火は燃えた。


 白い炎が薪を包み、広場の民衆が息を呑む。


 だがエレナは焼けなかった。


 衣の裾は焦げる。


 頬に熱の赤みは差す。


 それでも皮膚は裂けず、髪も燃え上がらない。


 白い胞子が、炎の内側で薄く光っていた。


 民衆の誰かが呟く。


「奇跡だ」


 違う。


 シロは地下で思った。


 奇跡ではない。


 バグだ。


 本来はキノコに大ダメージを与える火属性の数値が、主人公の内部では回復と増殖に足されている。その熱を菌糸が吸い、湿り気と胞子へ変えている。


 簡単に言えば、火を食っている。


 その横で、別の数字も流れていた。


 広場の人数。


 咳をしている者。


 熱で汗をかいている者。


 逃走時に押し合えば倒れる老人。


 火力を上げれば、先に失神する子ども。


 シロは一瞬、ぞっとした。


 自分は今、人の顔を見ていない。


 発熱、呼吸、体重、搬送優先度。


 そういう項目として見ている。


 それなのに、判断は速くなった。


 誰を先に眠らせれば群衆が崩れないか。


 どの兵の視界を白くすれば、剣を抜く前に足が止まるか。


 どの母親の腕に菌糸を添えれば、子どもを落とさないか。


 人間を生き物として見ていない。


 生体反応の束として見ている。


 嫌だな、と田中のどこかが言った。


 でも、便利だな、と別の場所が思った。


 その別の場所の方が、もう広かった。


 だが広場の民衆には、そんな説明は届かない。


 届いたとしても、信じない。


 彼らには見えている。


 聖火で焼かれるはずの聖女が、燃えずに立っている。


 バルテロの顔が引きつった。


「火を強めよ!」


 聖火炉へ魔力が追加される。


 地下の管が熱くなった。


 シロの菌糸が悲鳴のように震える。


 痛い。


 増える。


 痛い。


 増える。


 シロは歯を食いしばる真似をした。


 分体の歯に意味はない。でも、そうしないと耐えている気がしなかった。


 上で、エレナが声を出した。


「病人は、穢れではありません」


 二度目。


 今度は広場の全員が聞いた。


 炎の中から出た言葉は、ただの反論ではなくなった。


 教義に穴を開ける楔になった。


 マティアスが群衆の端で顔を伏せている。


 止められなかった司祭。


 沈黙した善人。


 その肩が震えていた。


 モルデの声が菌糸に乗る。


「今だ」


 処刑台の下、古い排水路の蓋が外れる。


 白い炎の煙に紛れて、エレナの足元が沈んだ。


 民衆には、彼女が光の中に消えたように見えた。


 実際には、下水路へ落としただけだ。


 奇跡は、だいたい裏方が汚い。


 その時、シロは広場の上で泣く少女を見た。


 エレナの手を握ったことがある子だろう。


 普通なら、胸が痛む場面だった。


 だがシロの菌糸網は先に判断した。


 泣いている。


 呼吸が乱れている。


 鎮静胞子、少量。


 少女の肩が少し下がる。


 泣き声が小さくなる。


 助けた。


 そう言える。


 同時に、悲しむ時間を少し削った。


 シロはそれを、記録として残した。


 罪悪感ではなく、効き目として。


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