第10話 火を食うキノコ
砦から、討伐隊が来た。
数は二十。
軽々しく討伐隊が出るということはこの森は魔獣が多く、資源がない土地なのだろう。
前回より多い。革袋には油。背負子には乾いた薪。手には松明。剣や槍より、火の道具が目立つ。
田中はそれを見て、少しだけ感心した。
現場の報告を上が信じなかったわりに、対策だけはしている。
キノコなら焼く。
発想は正しい。
普通なら。
「森を焼け! 根まで燃やせ!」
隊長が叫んだ。
兵士たちが油を撒く。乾いた薪を投げる。火が草へ移り、ぱちぱちと音を立てた。
開拓村の方角へ煙が流れる。
田中の中で、迷いが消えた。
自分だけならまだいい。
だが森が焼ければ、村の畑も危ない。白いキノコを食べた子どもたちも、逃げなければならない。盗賊たちも、今は森で働いている。
守るものができると、判断は速くなる。
それが少し怖かった。
菌糸が地面を走る。
油を吸う。薪を包む。火の下へ潜る。
熱が来た。
前より大きい。
痛みもある。白い菌糸が焼け、黒く縮む。だがその奥で、別の処理が動いた。
【属性処理に異常】
【火属性ダメージを変換】
【再生効率上昇】
【耐火性解析進行】
火が栄養になる。
田中は、そこでようやく思い出した。
掲示板だ。
エイプリルフール当日、「おばけきのこに火を当てたら増えた」という動画が上がっていた。普通なら火属性はキノコの弱点だ。だから皆、笑っていた。
火に弱いはずのネタ職が、火で巨大化する。
どう見てもバグだった。
だが一日で消える職業だったから、運営は修正しなかったのかもしれない。
兵士たちの顔が、煙の向こうで固まった。
燃えたはずの地面から、白いキノコが生えた。
一つ。
十。
百。
焼いた場所ほど、増える。
「何でだよ……」
誰かが呟いた。
田中も同じことを思った。
何でだよ。
だが理由は分かる。
ゲームのバグだ。
火属性が弱点のはずなのに、計算が反転している。
ダメージとして引かれるはずの数値が、回復と増殖に足されている。
おそらくイベント用の冗談仕様。そのまま放置された、未修正の穴。
その冗談が、現実で兵士二十人を包んでいる。
田中は、低く命じた。
「武器だけ壊せ。逃げ道は残す」
カトラスが膝をつく。
「御意。逃げ道を残し、恐怖を持ち帰らせます」
「違う。生きて帰せるなら帰す」
「御意。生きた伝令として」
訂正する気力が少し削れた。
カトラスは剣を抜いた。腐敗を帯びた刃が、火の明かりを鈍く返す。ひび割れた甲冑の隙間から白い菌糸が伸び、燃える草の上を平然と歩いた。
兵士の一人が叫ぶ。
「死体が歩いてる!」
その声で、隊列が崩れた。
そこへ田中の菌糸が入る。靴を腐らせる。槍の柄を折る。油袋を分解する。火を吸う。
殺す必要はなかった。
戦う道具を消せば、人は逃げる。
それは、疲れた会社員にも分かる単純な話だった。
資料も権限も予算も取り上げられたら、どんな偉い上司でも怒鳴るだけになる。
兵士たちは怒鳴り、転び、逃げた。
数人は捕らえた。怪我人には、白い胞子を薄くかけた。血が止まる。痛みも引く。
兵士は泣きながら礼を言った。
礼を言った後で、自分が何に礼を言ったのか気づき、顔を青くした。
田中はその顔を忘れないようにした。
救った。
怖がらせた。
どちらも本当だ。
森の焼け跡には、白いキノコが一面に生えている。火に照らされ、まるで墓標の群れのようだった。
カトラスが静かに言う。
「王よ。炎すら御身の糧となりました」
田中は答えなかった。
火を食うキノコ。
表示レベル1。
動けない本体。
それでも、森は広がる。
逃げ帰った兵士たちは、今度こそ報告するだろう。
キノコを焼くな。
焼けば増える。
その噂が広がるだけで、次の敵は火を使いにくくなる。
田中は、また一つ報酬を得た。
耐火性。
恐怖。
そして、森を焼けば逆効果だという情報。
白い胞子が夜空へ舞う。
その下で田中は、少しだけ冷静に思った。
この世界は、たぶん思っていたより簡単に壊れる。
そう思えたことが、一番怖かった。
火が切り札の国は、いくつある。
森を焼けば勝てると思う軍は、いくつある。
田中は答えを知らない。
ただ、火を使う相手が多いほど、この体は増える。
国単位で、勝ち筋が消える。
その可能性だけは、もう否定できなかった。




