第五十席 受容と限界
千利休殿の死を受け入れた直後、僕はほとんど間を置かずに「何を馬鹿なことを!」と怒鳴ってしまった。
かつての師匠であり最も尊敬している人に対して、失礼極まりない暴言だった。
それでも言わずにいられなかった。
「なんであっさりと死のうとするんですか! ふざけないでくださいよ!」
「……藤田さま。わたくしにできることはもうありません」
頭に血が上っているけれど、千利休殿のどこか疲れ切った顔に、冷水を浴びせられた気分になる。そのせいか、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻せた。
沈着冷静に問い質さなければならない場面だ。皮肉にも千利休殿の所作で自覚できた。
「……関白殿下の命令だからですか?」
「それ以外に何かございますでしょうか」
ちらりと秀吉の顔を窺う。
険しい顔で僕たちのやりとりを眺めていた。
愉快そうではなく、不愉快そうでもなかった。ただ威厳だけを残していた。
「それ以外に何かあってほしいですよ! これじゃあ――あなたが報われないじゃないですか! 今まで積み重ねてきた侘び数寄が無駄になるじゃあないですか!」
千利休殿は侘び数寄を極めるために今まで苦労をしてきた。
結果として黒を至上とする茶器や二畳半が最上とする茶室を創り上げた。
その美意識や価値観を投げ打ってしまう行為に等しいのだ。
「考え直してください。死を賜るなんて、そんな無体なことを――」
「それでは、藤田さまはわたくしに――茶の湯を捨てよと申されますか?」
「――っ!」
ぐっと言葉に詰まってしまう。
秀吉の条件は茶の湯を捨てるか、死を賜るか。
茶人ならばどちらを選ぶか明白だった。
「わたくしには死を賜るほか道はございません」
「し、しかし、千利休殿なら、いくらでも抗うことができるのではありませんか!?」
たとえば秘蔵の茶器や茶道具を差し出すとか、今後一切、政治に関わらないとか、あるいは僕では思いつかない方法があるとか。
交渉次第で回避することができるはずだ。
「もういいだろう、藤田」
普段より優しくて残酷な声音で秀吉が諦めさせようとしていた。
千利休という伝説の茶人の死を決めようとしていた。
それが、僕には許せない。
「良くはありません! だっておかしいでしょう――」
抗議しようとした瞬間、僕の身体は押さえつけられた。
そして口に手を覆って喋らせないようにしてくる。
だ、誰だ――有楽斎さま!?
「関白殿下。この男は錯乱しております。先ほどの暴言はお忘れください」
暴れる僕を力で押さえつけて――そういえば武将だった――有楽斎さまはひどく冷たい口調で秀吉に許しを請う。
「そういえば……おぬしも千利休の弟子だったな。異議はあるか?」
「いいえ、ございません。死にたいのであれば死なせてあげましょう」
何を馬鹿なことを――
「よろしい。藤田の件は不問とする。千利休は蟄居ののち、切腹といたす……時期は来年だな」
ちくしょう! 勝手に決めやがって!
「おって沙汰を下す。それまで身辺整理でもしておけ」
「寛大なお心遣い、ありがとうございます」
千利休殿は深々と頭を下げた。
自分を殺そうとする者に感謝した。
それが信じられなくて、目を疑ってしまう。
「以上でこたびの件、決着といたす」
そう言い残して秀吉は去ってしまった。
幽斎殿は僕をじっと見つめて「難儀なことをなさる」と呟いた。
「千利休殿には大勢の弟子がいる。その者たちが一斉に動けば……天下はひっくり返るかもしれぬ」
「幽斎さま。一つお願いがございます」
千利休殿が切り出そうとしたとき、幽斎殿は手のひらを前に出して「分かっている」と制した。
「不肖の息子が手を出さぬようにしておく」
「感謝いたします」
「礼などいい。ただ……あなたの茶がもういただけぬのはとても残念だ」
幽斎殿が帰ってようやく有楽斎さまは僕を放してくれた。
はあはあと荒い息遣いを何度もしてから「納得いきません」と千利休殿に詰め寄った。
「あなたが茶の湯のみならず、関白殿下に尽くしたことを鑑みれば、理不尽に思えます!」
「もはや覆りません。わたくしは粛々と受け入れるだけです」
静かに立ち上がった千利休殿は「藤田さまにお頼みしたいことがございます」と僕の目を見た。
心の中を見透かすような瞳に見入ってしまう。
「今更、何を頼みたいというのですか? 僕にできることなんて……」
「お吟のことを――大切にしてください」
考えもしなかった発言に僕は息を飲む。
少しだけ渋い顔になっている千利休殿は「あなたさまならば言われずともそうするでしょう」と韜晦した。
「お吟はわたくしと藤田さまを結びつける縁でありますゆえ」
「……小次郎もそうですよ」
「ふふふ。そうでしたね」
これで言い残したことはないと千利休殿は一礼して退席した。
残された僕と有楽斎さまは無言のまま、後味の悪い空気を感じていた。
「山上さんといい、茶人はどうして死にに急ぐんだ? 生きていれば何か見出せることもあるだろう」
「ふん。明智のところへ単身行ったお前が言う言葉ではないな」
皮肉交じりに僕の肩を叩く有楽斎さまは「おそらくだが」とご自身の考えを述べる。
「千利休殿は限界を感じていたのかもしれないな」
「限界、ですって? 何を馬鹿なことを! あの方は――」
「侘び数寄が万人に受け入れるものではないと悟ったのだ」
否定しようとして――できない自分がいた。
僕自身、侘び数寄とはかけ離れた境地を辿ろうとしている。
「雅を好む関白殿下と南蛮趣味の俺、そして古今伝授を成している幽斎殿。この三人は侘び数寄よりもお前の茶の湯を選んだ……その意味が分からぬわけではあるまい」
「だとしたら、僕の存在が、千利休殿を追いつめたと言うんですか!?」
「そこまで言うつもりはない……いや嘘だ。お前が原因だ」
容赦のない言い草に何も言えなくなる。
有楽斎さまは「明智が討たれたとき、千利休殿はお前が原因だと言った」と回顧する。
「俺はそれを否定した。そんなことはあるわけないと必死に説得した。だが今は、千利休殿の死の原因はお前にあると言わざるを得ない。皮肉なことだがな」
「……だったら話は簡単じゃあないですか」
千利休殿の死を回避する方法。
僕が茶の湯をやめるのではなく、かといって身代わりになることではない。
「まだ侘び数寄に限界はなく、万人に受け入れられると千利休殿自身に認めてもらえば――思い直してもらえますよね?」
「理屈はそうだが、関白殿下のほうはどうだ? 皆の前で宣告したのだ。泥を塗ることになる」
「僕が説得します。代償を払ってでも――」
「はあ。お前は本当に賢いのか愚かなのか分からんな」
呆れた顔で笑う有楽斎さまに「僕だって分からないですよ」と応じた。
やらなければならないことが分かったので、すうっと冷静になれた。
「というより、明智の件があるのにどうして死なせたくないんだ?」
「有楽斎さまは上様のことがあるから協力してくれないですよね?」
「馬鹿言え。お前が必死こいてやるんだったら手を貸さんでもない」
「相変わらず、素直な物言いができない人なんですね」
「ほっとけ。それで、何から始めるんだ?」
百人の味方を得た気分の僕は「まず、弟子たちの協力を得ましょう」と言う。
「細川殿や蒲生殿を始めとする大名を巻き込みましょう」
「ま、あの辺の奴らは言えば自分から動いてくれるだろうな」
「有楽斎さま、お願いできますか?」
有楽斎さまは腕組みをして「俺がやるのか?」と驚いた顔になる。
「てっきり同行してほしいと言われると思った」
「僕は僕でやることがありますから」
「ほう。いったいなんだ?」
有楽斎さまが試すような顔をしている。
その期待に応えるしかない。
「千利休殿の愛弟子であり、僕の兄弟子である山上宗二さん。あの方に侘び数寄には限界がないと証明してもらいたいのですよ」




