第五十一席 乗ろう!
「そのような事態になっているとは……承知した。宗匠をお助けしよう」
堺の山上さんの屋敷で、これまでのいきさつを話す。
予想どおり、山上さんは協力を約束してくれた。
安堵したい気持ちでいっぱいだったが、それはまだ早い。
「山上さんならそうおっしゃってくれると思いました。さっそく、蟄居している千利休殿の屋敷に向かいましょう」
「待て。まだ宗匠を説得する創意工夫が見つからない。もう少し考えさせてくれ」
山上さんは腕組みをして考えている。
焦りは禁物だと思ってはいるが、どうしても急かしてしまう。
こんなのじゃ、一座建立は成せない。
山上さんは突然、千利休殿の切腹の話を聞いて動揺しているようだった。
額から汗を流し考え込む。
それだけ真剣なんだろう。
「当たり前のことを訊きますが、山上さんは千利休殿を死なせたくないですよね?」
「馬鹿なことを申すな。茶の湯を嗜む者であるならば、宗匠の死がどれだけ影響を及ぼすか分かっているだろう」
「ええまあ。存じているつもりですが」
「私個人としても、敬愛している宗匠をみすみす殺したくない」
我ながら愚問を投げかけたが、これは重要なことなのだ。
政治でもなく、利益でもなく、打算でもない、ただひたすらに助けたいという気持ちがなければ、千利休殿は救えない。
「……とりあえず、一晩待ってくれ。必ずや心変わりしてくれる一席を設けてみせる」
心強い言葉を山上さんから聞けて良かった。
僕が何か言おうとする前に「父上、大変でございます!」と部屋の外から大声がした。
多分、山上さんの息子の道七殿だろう。
山上さんが「何があった!」と返す。
「千利休さまが、京へ護送されるとのことです!」
「な、なんだと!?」
まさか、もう切腹するというのか!?
驚愕する僕たちに道七殿が「父上と藤田さまに言伝を預かりました」と続けた。
「千利休さまから茶席の誘いです」
「……関白殿下から茶の湯を禁じられたはずではないのか?」
僕のほうを見ながら山上さんは疑問を投げかける。
そんなこと言われたって、僕にも理解ができない。
「二月に聚楽第へお越しくださいとのことです。いかがしますか?」
返事は決まっている。
山上さんも同じだった。
「向かうに決まっている!」
僕たちは立ち上がった。
多分、同じ気持ちを抱いていた。
これは千利休殿の最後の茶席になるだろう。
しかしなんだか先手を打たれた気分だ。
千利休殿を救おうとする僕たちの考えを先読みしている。
あるいは気持ちを踏みにじられたようだった。
◆◇◆◇
二月の終わりごろ。
聚楽第の一室は重苦しい空気が漂っていた。
これから千利休殿が切腹に臨むと聞かされたからだ。
部屋の中には僕と山上さん、有楽斎さま、細川殿、蒲生殿がいた。
全員、悲痛に満ちた顔をしている。
僕だってそうだ。
「一人ずつお会いになられるそうだ。そこで一座建立を成したいとのこと」
口火を切ったのは蒲生殿だ。
気を遣う性質だから誰もが言いたくもないことを真っ先に言ってくれた。
「ええい、宗匠はなぜ自ら死のうとするのだ! 関白殿下に頭を下げれば済む話ではないか!」
細川殿が畳に拳を殴りつける。
怒りで我を失っているようだ。
「これも石田治部少輔の奸計だ! あの者は以前から宗匠を忌み嫌っていた! 数寄心を解さない愚物め!」
「細川殿。心を落ち着かせよ。それでは宗匠の望む一座建立が成せませぬぞ」
蒲生殿がたしなめるが「死出の旅の手向けなど知ったことか!」と細川殿は怒鳴った。
「こうなれば細川の軍勢をもって、宗匠を奪還せん!」
「謀叛になりますぞ! 自重せよ!」
細川殿が暴れようとする――間隙を縫うように「それもいいかもなあ」と有楽斎さまが乗ってきた。
とんでもないことになる。そう思って「本気なんですか?」と僕は訊ねた。
「いや、挙兵の話ではない。死出の旅の手向けのことだ。俺も知ったこっちゃねえ。どうせなら宗匠を説得しようぜ」
有楽斎さまの提案に細川殿と蒲生殿は唖然とした。
僕もこの期に及んで何を言っているんだと思った。
「説得して宗匠の気持ちを翻す。それしか救えないだろう。千利休という男も、茶の湯の未来も。どうだみんな。俺の思いつきに乗らねえか?」
大胆な発想に僕たちは何も言えない――意外にも山上さんが「乗ろう」と頷いた。
「細川さまと違う意味で腹が立った。私たちをやきもきさせる宗匠にな。それを晴らすにはまだまだ生きてもらおう」
「ははは。その意気だ……他の三人はどうする?」
有楽斎さまが僕たちに水を向ける。
細川殿が「私が説得の一番槍を貰えるのなら乗ろう」と言い出した。
「ついでに説得した者が宗匠の後継者になる……というのはどうだ? あの古田織部が茶頭筆頭になるのも気に食わんしな」
「おもしれえ。その話乗った!」
どんどん話が進んでいく。
すると蒲生殿が「私では説得が難しいだろう」と控えめなことを言い出した。
「だが宗匠と二人だけで話せる機会は少なそうだ。少しでも心が和らいでくれたら嬉しい……乗ろう」
「ふん。兄上の婿殿なら大言壮語しておけ……藤田はどうする?」
全員が僕の反応を待っている。
山上さんは真剣に、有楽斎さまは好奇に、細川殿は熱心に、蒲生殿は期待して僕を見る。
「ここで乗らなきゃ男じゃないですよ」
全員に同じだけの熱量で見返してから、僕は宣言した。
「僕が説得します。そして真の意味で数寄の天下をいただきます」




