第四十九席 数寄の勝負
天正十八年の十一月。
僕は聚楽第で宗匠と向かい合っていた。
上座には秀吉が泰然と座っている。
周りには小姓が大勢おり、熱気と緊張に包まれていた。
「よろしいのですか、藤田さま。わたくしに勝てる……そうお思いですか?」
「そうでなければこの場にはいませんよ――千利休殿」
宗匠と呼ばなかったのは、もはや師弟関係ではなくなったからだ。
対等の立場で戦う。
僕の数寄を存分に発揮して――勝つ。
「一つ確認しよう。こたびの勝負で負けた者は隠居する……よいな?」
秀吉が念を押してきたので僕と千利休殿は頷いた。
そう。互いの進退を懸けての勝負だ。
それ以上に千利休殿の命がかかっている。
絶対に負けられない。
「わし一人で決めてもいいのだが、それでは諸大名が納得しないだろう。だから他に二人ほどもてなしてもらおう――入れ」
小姓がふすまを開ける――入ってきたのは見知らぬ老人と見知ったお方。
老人は鷹のような目をしている。薄い唇に白いあごひげで仙人のようだ。剃髪していることから隠居なされた方だろう。
もう一人は源五郎さまだった。外国との交易が禁止されているのに、相変わらずの派手好みな格好をしている――が彼もまた剃髪していた。風の便りで出家したとは聞いていたが……。
「細川幽斎と織田有楽斎だ。二人ならば諸大名も納得するだろう。どんな結果になってもな」
幽斎殿は初対面だが厳格そうな雰囲気が伝わってくる。
源五郎さま――有楽斎さまは表情一つ変えずにいる。流石にふざける場ではないと断じているのだろう。
「さて。まずは千利休の茶席からだ。藤田、おぬしはここで待て」
「かしこまりました」
どんな茶席になるかは相手に伝わらない形になっている。
つまり、僕の茶席も千利休殿には見せないのだ。
それから一時間ぐらい経ってから四人は戻ってきた。
彼らの表情からは何も窺えない。隠しているのだろう。
「では藤田。お前の茶席の番だ」
秀吉の促しに僕は立ち上がって、宛がわれた茶室へと向かう。
そこには茶器である『日輪』と『水滴』、茶道具の『鬼灯』が置かれていた。
準備をしようとして、囲炉裏を見る。
ふむ、何か足りないな。
「すみません。一つ頼みたいことがございます」
そばに居た小姓に落ちている紅葉を拾ってくるように伝えた。
その中から形の良いものを選び、囲炉裏の灰に置く。
これで準備はできた。
「ほう。やはり華やかな茶席だな」
茶室に入るやいなや、秀吉が驚嘆の声をあげた。
幽斎殿と有楽斎さまも少し驚いているようだ。
普段閉められている窓を開けて日の光を当てている。
明るい茶席、光の茶席は僕の得意とするところだ。
「その囲炉裏の工夫も素晴らしい。幽斎、どう思う?」
「……結構な主題だと思われます」
慎重な返しに秀吉は苦笑しつつ「有楽斎はどうだ?」と問う。
「前衛的な茶席に思えますな。しかし形は素晴らしいが、実が伴っているかはまだ分かりません」
「そうだな。では馳走になろう」
三人とも座ったの見て僕は「一服差し上げます」と日輪を取った。
茶筅でしゃかしゃかと音を立てて茶を点てる。
今の点て方ではなく、裏千家流の泡立ち具合で整える。
「――どうぞ」
秀吉が口を付けて飲む。
口当たりの良さに驚いたのか「これはなかなか」と笑みをこぼす。
幽斎殿も有楽斎さまも同様の反応を見せた。
「良きお点前だった。それでは三人で相談するゆえ、元の場所に戻るがいい」
一通りのもてなしが済んだ後、秀吉の指示で聚楽第の一室に戻る。
千利休殿は目を瞑って待っていた。
僕は黙って隣に座った。
「藤田さま、わたくしは全力をもって――挑みました」
「……ええ、僕もです」
話しかけられるとは思っていなかった。
一瞬、戸惑ったが返すことはできた。
「勝負がどうであれ、わたくしは思うがままの数寄を披露できた。これほどの満足感はございますまい」
「千利休殿……僕はあなたに憧れていた。いや、今も憧れています。だからこそ、今回挑めたことを生涯の誇りとなるでしょう」
そんな会話をしていると三人が戻ってきた。
秀吉が上座に座ると「結果を先に申す」と言い出した。
身構える間もなく、あっさりと告げられた。
「こたびの勝負は――藤田次郎の勝ちとする」
◆◇◆◇
急に喉がからからに渇いてしまった。
そのぐらいの衝撃を受けた。
僕のできる全てを注いで挑んだのだけれど、まさか勝つとは思わなかった。
千利休殿が全力でもてなしたのなら、勝てるはずがないと心の底では考えていた。
「……理由を聞いても、よろしいですか?」
衝撃を乗り越えて言えたが、秀吉は据えなく「それは言えぬ」と首を横に振った。
「三人で話し合った結果は記録に残さん。だが藤田、おぬしに勝ちに揺るぎはない」
「そう、ですか」
「千利休よ。これより沙汰を申し渡す」
千利休殿はその場で頭を下げた。
「筆頭茶頭の地位を罷免する。今後はわしの指示なく茶会を行なうことを禁ずる」
「かしこまりました」
苛烈すぎる処分だ。隠居ならまだしも、茶の湯を禁じさせるなんて――
千利休殿もどうしてすんなりと受け入れるんだ?
「藤田よ。実を言えばおぬしに筆頭茶頭を任せるつもりはない。これはあくまで千利休とおぬしとの優劣の差を決めるための勝負だからな」
「な、何を……僕と宗匠、いや千利休殿以外に務まる方など――」
「おぬしたちより前に、筆頭茶頭を任せてほしいと言ってきた者がおってな。その者の数寄にわしは心動かされた」
誰なんだ?
僕たちを超える人なんてそんな多くは――
「おぬしは知っているだろう。古田織部だ」
「ふ、古田、織部、殿……?」
「ああそうだ。その者に筆頭茶頭を務めてもらう」
確かにあの方ならば務まるだろう。
いつの間にそこまで根回ししたんだろうか?
――そういえば。千利休殿のことを相談していた。そのときからこの計画を考えていたのか?
「それでだ。古田織部から一つ話が来ている」
秀吉は笑みを浮かべたまま、この世で最も残酷なことを言い放った。
「千利休の死。もしくは茶の湯の禁止だ」
「何を、何を言っているんですか!?」
「まあ数寄の天下を降りた者の末路に相応しかろう」
誰か、助けを――
幽斎殿は目をそむけている。
有楽斎さまは僕を心配そうに見つめている。
「ま、弟子にも劣る者に慈悲など要らぬか」
「関白殿下、それはあまりに――」
「おぬしもそれが狙いであっただろう? 千利休を排し己が数寄の天下を取るという野心。なければ勝負など思いつかん」
違う!
僕は望んでいない!
叫ぼうとしたとき――
「分かりました、関白殿下。わたくしは死を賜りとうございます」




