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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一
次客 豊臣秀吉

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第四十七席 素直な心

 山上さんは救えたものの、しばらくは会えなかった。

 北条家に関する情報を尋問するためだ。これは秀吉の考えではなく、石田殿の発案らしい。

 命の保証はされているので、素直に応じてほしい。山上さんの頑固さが裏目に出なければいいが。


 その後、宗匠と会おうと思い訪ねたが、諸大名の相手で忙しくて話ができなかった。

 数日したら時間ができるみたいなので、それまで僕も茶席を行なうか茶の湯の指導をしよう。

 そのための準備を自分に宛がわれた部屋でやっていると――珍客が現れた。


「おうおう! あんたが藤田次郎だな! 結構若いじゃねえか!」


 乱暴な口調でやってきたのは右目に眼帯をした若者だった。

 略服をかなり着崩している。ヤンキー上がりの成人と言えば適当だろう。

 歌舞いた格好でどたどたとこっちにやってくる――顔は整っているが邪悪な表情を浮かべている。


「ええっと、どなたでしょうか?」

「はん。俺様の名を知らねえのか! だったら教えてやろう!」


 見得を切りながら僕に笑いかけて堂々と名乗ってくる。


「俺様は独眼竜! 伊達藤次郎政宗ってんだ! 以後よろしくな!」

「あ、あの、伊達……さまですか?」

「そんな余所余所しくすんなよ! これからあんたの弟子になるんだからさ!」

「はあ? 弟子ですか?」


 いろいろなことが初耳だったが「とりあえず座ってください」と薦めた。

 その場で胡坐をかいた伊達さまに何を問えばいいのかと考える。


「伊達さまは僕の弟子になると言いましたが……」

「そのまんまの意味だ。俺様はあんたの弟子になる。数寄の天下を取ったあんたのな」

「ということは、関白殿下に許されたんですね」


 黒田殿から聞いていたが、伊達さまは北条攻めに遅れてしまったようだ。結果として秀吉はご立腹でその赦免のために石垣山の陣に来る予定らしい。


「ああ。関白には許しを貰った。会津は取られちまったけどよ。ついでにあんたに弟子入りするのも言っておいた」

「僕でよろしいのですか? 宗匠、千利休のほうがよろしいのでは?」

「俺も最初は利休居士のほうがいいって言ったんだけどよ。関白からあんたの話を聞いて興味が湧いたんだ。新しい茶の湯を創ろうとしているってな」


 新しいもの好きなのだろうか?


「まだ関白殿下から話を伺っていませんが」

「決めたのはついさっきだ。使者が来るより早く来ちまったようだな」

「いささか乱暴な展開ですが……本当によろしいのですか? 僕の茶の湯は侘び数寄ではありませんよ」


 まだ僕の茶の湯――茶道を確立できていない。

 山上さんが半端者と言っていたが、それは僕に相応しい言葉だろう。


「これから畿内の大名や京の公家衆と渡り合う必要があんだ。普通の茶の湯じゃ舐められるだろう。そこで数寄の天下を取った藤田次郎の指導を受けたんなら箔がつくってもんだ。違うか?」

「見栄のため、ですか」

「なんだ? 気に入らねえのか?」

「いえ、正直におっしゃってくださって嬉しく思います」


 伊達さまは片目を丸くして「嬉しいだと? 俺様が言うのもなんだがおかしくねえか?」と驚いた。


「茶の湯を己の権威のために利用しようとしてんだぜ? 気分を害するところだろう」

「そのとおりでしょうね。しかし僕が嬉しく思ったのはそこではありません」

「じゃあなんだよ?」

「伊達さまが己の心を偽らずにおっしゃってくれたのが嬉しいのです」


 まだ要領を得ない顔をしている伊達さまに「茶の湯では偽らざる心が大事なのです」と言う。


「一座建立を成すために一番重要とします。だからこそ、回りくどい言い方をせずに本音を打ち明けてくれた――素直な心が嬉しく思えたのです」

「……田舎者だから礼儀を知らねえだけどな」

「礼節を知るのはいつだって遅くはありませんよ」


 僕は真の礼を取って「弟子入りの件、了承いたしました」と言う。


「僕なりの茶の湯で指導させていただきます」

「おう! よく分からねえけど、よろしくな!」


 実を言えば伊達政宗の名前は知っていた。

 人気の高い武将であることも承知していた。

 しかし茶人としての彼は知らない。

 これから僕の茶道の第一人者になってほしい。


「そんじゃまず、何から始めればいい?」

「では訊きますが、伊達さまは茶の湯をどこまで知っておりますか?」

「茶道具と茶器の名前は知っているが、作法は全然分からねえ」

「ではまず、基礎から学んでいきましょう」



◆◇◆◇



 おそらく北条家の面々には城が突然現れたと思われただろう。

 石垣山に築かれた城は一夜のうちに小田原城の眼前に出現した。


 もちろん、一晩で建てたわけではない。

 あらかじめ作った城の周りの木々を切って見えるようにしただけだ。

 これで小田原城の兵士の士気はかなり下がったはずだ。

 降伏してくるのは時間の問題だな。


「宗二の件、ありがとうございました」


 今、僕は宗匠と石垣山の城を眺めていた。

 野外である。周りには竹林しかない。

 近くに護衛の兵士はいるが、二人きりでいるのは間違いない。


「いえ。僕も助けたかったので」

「堺の店に戻れるそうです。関白殿下がお約束してくださりました」

「本当に良かった……まだまだ山上さんの苦言は聞きたいですから」

「あはは。それは風変わりな」


 その言葉に笑っていると「伊達さまを弟子にしたと聞きました」と宗匠は穏やかな顔で言う。


「藤田さまも師匠と呼ばれるようになりますね」

「伊達さまはまだそう呼んでくれません」

「いずれ呼んでくれますよ……これでようやく、わたくしの役目も終えそうですね」


 急に寂しいことを言う宗匠に「なんでそんなこと言うんですか?」と心細さを覚えた。


「まだ数寄の頂点に立っていただかないと困ります」

「老兵は去るのみ、ですよ」

「老兵は死なず、とも言います」

「味なことを言いますね。もはやわたくしにできることは少ない」


 悲しいことを言わないでほしい。

 僕は元気づけたいと思った。


「少ない、ということは零じゃないってことです。まだやっておくべきことがあるんでしょう」

「藤田さまは、わたくしを恨んでいるのではありませんか?」


 本能寺の変のことを言っているんだなと察した。


「ええまあ。恨んでいました。しかしそれ以上に――尊敬しています」

「…………」

「宗匠が何故あのようなことをしたのか、悲しみ、怒り、憎悪をして――最後に感服している自分がいました」


 素直な心で僕は宗匠に告げる。


「養父である以上に、僕の道を創ってくれた人として敬愛しているんですよ」

「そのせいで、人が死んだとしてもですか?」

「……非道だとは思います」

「わたくしの侘び数寄の信条に『一期一会』がございます」


 一期一会。

 一生に一度しか会えない気持ちで客をもてなす気概のことだ。

 茶人としてあるべき姿を言葉として表していた。


「人はいつ死んでもおかしくありません。だとするのならば、一期一会の精神でもてなすべきです」

「宗匠に似合わない、強い言い方ですね」

「ふふふ。確かにそうですね」


 宗匠は目を伏せて「おそらくわたくしは死を賜ることになるでしょう」と告げた。

 一切、その事実を明かしていないのにどうして知っているのだろうか。

 僕は慎重に「誰にですか?」と問う。


「関白殿下です。私は数寄の頂きに立っているが故、とてつもない影響力を持ってしまった。関白殿下を凌ぐほど……」

「死から逃れる方法はないのですか?」

「隠居したところで諸大名がわたくしを担ぐのは目に見えています」


 詰んでいる状況だとしても、僕は諦めたくなかった。

 だって、松雲さまだって、山上さんだって救えたんだ。

 きっと宗匠を、千利休を救えるはずだ。


「僕が宗匠を救ってみせます」

「……藤田さま」

「関白殿下に赦免を勝ち取ってみせます。それが駄目なら大名に掛け合って逃げられるようにします。ご安心ください、今の僕ならば――」

「もう余計なことをしないでください」


 このとき、宗匠の表情を見逃してしまった。

 そのくらい、宗匠の言葉に衝撃を受けたからだ。


「宗匠……」

「関わらないでください。わたくしは……全てを受け入れると決めたのですから」


 笹の葉がかさかさと音を立てる。

 遠くで兵士たちの騒ぐ声が聞こえる。

 だけど、僕の全身は自分の鼓動で揺れていた。


 宗匠が死ぬ――殺されてしまう。

 その現実を受け入れたくなくて。

 呼吸もままならなくなってしまった。


「藤田さま。わたくしはあなたを破門します」

「宗匠……」

「師と弟子の関係ではありません」


 そうして歩みを進めようとする。

 この場から去るつもりだ――


「師弟関係を無くすということですか」


 宗匠は足を止めた。


「ええ。そのとおりです」

「だったら、対等の関係ですね……その上でお願いします」


 僕はその場に正座になって――土下座した。


「どうか命を大切にしてください。同じ茶人として、尊敬する先達として、伏してお願い申し上げます」

「……なにゆえ、わたくしなどに構うのですか」

「決まっているでしょう。僕は千利休が好きなのです。あなたに憧れて茶の湯を始めたんですよ」

「わたくしに憧れるのはおやめなさい。藤田さまにしてあげたことなど、ほとんどありませんよ」


 そんなことはない。

 この時代に来てからどれほど世話になってきたか。

 そして改めて茶の湯の楽しみを知れたのか。

 ただの茶道部員だった僕が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるようになったのは、他ならぬ宗匠のおかげなんだから。


「宗匠、僕は諦めませんよ」


 黙ったまま、去っていく宗匠の背中に呼びかけた。


「絶対に、あなたを助けてみせる! 藤田次郎がこれまで培った力を使ってでも! 宗匠に教わった茶の湯の素晴らしさは人を助けられるって! 僕は信じていますから!」

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