第四十六席 竹取物語
そんな諦めなんて――認めたくない!
僕は秀吉に「お待ちください!」と頭を下げた。
「どうか、赦免の機会をいただけますか!?」
「黙れと言っておろうが!」
「良い、佐吉……どのようにして機会を得るというのだ?」
話を聞いてくれるようだ。
「数寄の不始末は、数寄でお返ししたく存じます。その茶釜を使って一座建立を成せれば、山上宗二さんをお許しになってくださりますか!」
「ほほう。面白いが……おぬしは何を賭ける?」
秀吉が威圧を込めて僕に訊ねる。
いつもの飄々とした雰囲気はそこにはない。
「同朋衆並びに茶頭の地位を捨てます」
「ふうむ……それでは足りぬな」
「し、しかし、僕が賭けられるのはその程度で……」
「加えておぬしの右腕を貰おう」
右腕を貰う……つまり、斬り落とすということか!?
凄まじい条件に言葉を失うと「どうだ? 賭ける気分にならなくなっただろう」と秀吉は猿みたいに笑った。
「天下人たるわしの時間を使わせるのだ。そのぐらいの条件でなくてはな。さあどうする? 兄弟子のために賭けられるか?」
「……ここで断るのなら、数寄の天下など取れていませんよ」
宗匠と山上さんが何か言いそうになる前に、僕は「受けます」と了承した。
「この右腕で天下人のお時間をいただけるのなら、安いものですよ」
「よくぞ言った……山上宗二を捕らえよ。逃げられぬようにな」
周りにいた兵士二人が山上さんの身柄を押さえる。
抵抗しなかったが「今更逃げようなど思いません」と強情さを山上さんは露わにした。
「ただ一つだけ、藤田殿に申し上げてもよろしいでしょうか」
「いいだろう」
秀吉の許可を得て「私のために無謀なことをするな」と山上さんは叱った。
お点前に苦言を呈するように、僕を指導する。
「いつもそうだ。無茶ばかりして、冷や冷やする。まるで綱渡りを見ているようだ。落ちるのは構わんが……藤田殿の死体を見るのは私と宗匠になるのだぞ」
「上手く渡り切ればいいだけの話です」
「そんな簡単に言うな……」
そこへ宗匠が「おだまりなさい、宗二」と厳しい声音で言う。
「藤田さまはお前を助けるために賭けに出たのだ。とやかく言う資格などありはしない」
「宗匠はそれでいいのですか? 勝ち目のない賭け事など笑止千万です」
「それはどうかな? わたくしは――勝ち目はないとは思わない」
一転して宗匠が菩薩のような声で言う。
山上さんは黙ってしまった。
秀吉と石田殿も宗匠の言っていることを分かりかねていた。
ただ僕だけは分かっていた。
宗匠は――僕に期待している。
あるいは僕に賭けている。
「ありがとうございます、宗匠」
僕は立ち上がって「関白殿下、期限はいつまででしょうか?」と訊ねる。
知らず知らず挑戦的な目になっていたのだろう。石田殿が無礼者だぞと言いそうな顔をしている。
「四日……いや、三日だな。三日の昼に時間を作ろう」
「かしこまりました。それまでに整えます」
「かはは。何ができるか見ものである」
僕に何ができるか?
それは決まりきっている。
一服差し上げるだけだ。
◆◇◆◇
そうして三日後。
僕は秀吉を茶室に招いた。
毒味役が抹茶を確認してから僕は茶を点てる。
「面白い茶室を創ったものだな」
感心する秀吉の言葉だが、安心はできない。
まだ一座建立を成していないからだ。
「竹林の中に茶室を作った……いや、作るのが早すぎる。千利休が前々から計画していたものだな」
「ええ。その茶室をお借りしました」
「その花入は竹で作ったものだが……金箔を塗っている。何の趣向だ?」
狭い茶室で目に付くのは当たり前だ。
花入にはさつきを飾っているが、特筆すべきは金色の花入だ。
「竹林の中に黄金の花入。何か思いつきませんか?」
「ふうむ……なるほど、竹取物語か」
そう。かぐや姫を題材にした茶席を設けたのだ。
そのほうが灰色の茶釜が映える。
「さつきの花は言わずもがな、使われる志野焼茶碗は月を想起する……しかしその茶釜は何を表している?」
「僕がこの茶釜に感じたものは、道中で見た富士の山でございます」
「そういえば、富士の山に不老不死の薬を投げ入れたと聞く」
志野焼茶碗を手に取り、ゆっくりと飲み干す秀吉は「幾分、地味な趣向ではある」と言う。
しかしその表情は落ち着いていた。
いろいろ気苦労もあるのだろう。この茶席で癒されてほしいものだ。
「なあ藤田。どうしてわしが山上宗二を殺そうとするのか、理解できるか?」
「関白殿下に逆らう者への見せしめ……ではなさそうですね」
「ああ。もはや侘び数寄が天下一の茶であるとするのは限界が来ている」
僕は黙ったまま、秀吉の言葉を待った。
「黒を至高とし、狭い茶室を至上とするやり方は……真似できる者が少ない。その一人が山上宗二だと考える」
「つまり、関白殿下は……侘び数寄を排除しようとするのですか?」
「違う。わしは誰にも真似できぬ茶の湯では豊臣の未来が危ういと考えるのだ」
これは本音で語っている。
天下人が自分の思いを僕に打ち明けている。
「芸術とはその者にしかできぬ美を体現することだとわしは理解している。しかしだ、政で扱うとなると危険すぎる。だからこそ、わしは――千利休とその弟子をどうにかしないといけないのだ」
芸術家と政治家の違い。
方向性も違うから平行線にしかならないのだ。
「だが藤田よ。わしはお前に一つの可能性を感じている。侘び数寄でもない、今の茶の湯でもない、新しき茶の湯を創れるとな。誰の真似でもない、さりとて誰も真似ができる茶の湯だ」
それは僕の考える茶道だ。
秀吉も同じことを思い浮かべていたのか。
「だからこそ、山上宗二は死なねばならない……のだが、もはやできなくなった」
「……どういう意味でしょうか?」
「わしはこの趣向を気に入ってしまったからだ」
思いがけない言葉に息を飲む。
秀吉は「花入が黒でなくて良かったな」と鼻で笑った。
「金色に塗ることでわしの機嫌を取ったと解釈しても良いな?」
「……そのとおりでございます」
「かはは。賭けはお前の勝ちだ。山上宗二の命は取らないでおこう」
兄弟子である山上さんの命は救われた……だけど、僕の心の不安は増す一方だ。
もしかして、宗匠が切腹させられる理由に、僕の存在が関係しているのか?
だとすれば、僕はこのまま茶の湯を、茶道をやっていていいのだろうか?




