第四十四席 『鬼灯』と一抹の不安
「数寄の天下を取った気分はどうだ――藤田次郎」
「感無量ですね……」
源五郎さまから酒を注いでもらって、ゆっくりと飲み干す。
あまり得意ではないけれど、美味しいと思えた。
伊丹の酒だと持ってきてくれた源五郎さまは言っていた。
「くっくっく。わしの平蜘蛛が役に立ったようだな」
「ええ。松雲さまもご協力ありがとうございます。それに天幕を薄く仕立てる案は僕の想像する光景を表せました」
松雲さまは酒ではなく白湯を飲みながら「少し手を貸しただけだ」と応じてくれた。
「藤田のにいさん、良かったなあ。本当に良かった……」
「なんだい長五郎。泣き上戸なのか?」
先ほどから飲んでは泣いている長五郎に友情を感じてしまう。
彼がいなかったら僕は何も掴めなかっただろう。
こうして四人、堺の松雲さまの屋敷で宴を開いていた。
数寄の天下を取った感謝と喜びをみんなに伝えると、源五郎さまが催してくれたのだ。
「同朋衆と茶の指南役を兼ねるようになったんだろう? たいした出世だな」
「ええまあ。諸大名さまに茶を指南するのは少しだけ緊張します」
「緊張するのは諸大名のほうだ。なにせ数寄の天下人の指南なんだからな」
源五郎さまの言うとおりだ。
だとすれば、僕の役割はいかにして緊張させずに茶の湯を楽しんでもらうことなのだろう。
宗匠も同じ気持ちなんだろうか……。
「平蜘蛛を貸して良かったと思えたのは初めてだ」
「先ほども申し上げましたが、松雲さまには感謝しかありません」
「しかし赤を基調とした茶席には合わないのではないか?」
平蜘蛛はしっとりとした黒である。
確かに浮いて見えても仕方がない。
だけど――使いたかった。
僕が初めて心を掴まれて、惚れ込んだ名物なのだから。
「そんならよう。平蜘蛛を超える茶釜を創ればいいじゃねえか」
「なんだ長五郎。もう泣き止んだのか?」
目元を拭いながら「うるせえ」と長五郎は笑った。
「知り合いに茶釜を作る職人がいるんだ。あんまり有名じゃねえけど、腕は良いから注文したら作ってくれるんじゃねえか」
「茶釜を創るって発想はなかったな……」
「ならば赤銅で創るのはどうだ? 赤茶碗に似合うんじゃないか」
源五郎さまの思いつきに「その考え、いいですね!」と反応する。
出来なくはないはずだ。
「くっくっく。この平蜘蛛を超えられるかどうか、分からぬがやってみるといい」
「ありがとうございます。この宴を開いてよかったです」
そう言って僕は杯を掲げた。
三人も同じように上げた。
「これからの茶の湯の未来に――乾杯!」
◆◇◆◇
「黒田さま、お点前が上達されましたね」
「……藤田殿のおかげである」
あれから数年が経ち、僕は諸大名への茶の指南役を務めていた。
そのうちの一人、大坂にある黒田さまの屋敷でお点前を見ていた。
頭の良い方なのですぐに作法を覚えたのだが、如何せん創意工夫が足りない。
まあ秀吉が習えと言ったからやっているだけなのだろう。
「一つ訊きたいのだが、黒茶碗と赤茶碗はどちらが至高の品なのだ?」
「人には人の好みがございますゆえ」
「万人が好むものは作れないと?」
「茶の湯を厭う方に無理強いするほど傲慢ではないと自分を信じたいですね」
黒田さまは「関白殿下と私を揶揄しているのか?」と冷ややかな目をした。
「そんな意図はございませんが、もしもそう感じたのであれば謝ります」
「……口が上手くなったな」
「黒田さまに鍛えられましたので。それよりも何かお悩み事がある様子ですが」
いまいち集中できていないのは、指南中に質問してきたからだ。
普段は茶の湯に興味などないから黙って行なうか、作法に関しての質問しかしない。
「ほう……藤田殿は口が堅い方であると分かる。だから話してもいい」
「それでお心が晴れるのであれば」
「もうすぐ、戦が始まる」
戦の話か。聞きたくはないが聞いてほしそうだった。これもまたもてなしだな。
「総無事令……戦はしてはいけないと関白殿下が命じましたよね? それを破って戦をするんですか?」
「破ったのは我々ではない。東の大国、北条家だ」
「北条家……噂で聞いたことがあります」
相模国に拠点を構える大大名で、いくら強大な豊臣家であっても一筋縄ではいかないと諸大名から聞いていた。
黒田さまは「北条家が真田家の城を攻めた」と端的に言う。
「朝廷より政権を預かる豊臣家への反逆だ。だから攻め滅ぼす」
「苛烈な判断ですね」
「そうでなければ天下など取れない。数寄の天下と違ってな」
「……まだ取れていないですよ」
茶聖と呼ばれるようになったのだけれど、それでも宗匠の大きさには参ってしまう。
あの茶の湯の巨匠を直接打破しなければ――真の天下人には成れない。
「それで、黒田さまは何を迷われていますか?」
「攻め方だ。北条家の本城、小田原城をいかに攻めるか……力攻めでは被害が大きくなる」
「門外漢なのでよく分かりませんが、大変ですね」
「藤田殿に攻め方を訊いても仕方がない。ただ打ち明けたことで気が少し晴れた。感謝いたす」
あまり気持ちの良い言い方ではないが、これが黒田さまの性格だと知っているので、素直に感謝だけ受け取った。
それにしても、これで秀吉が天下を取るんだなあ……。
「それと気になっていたことがもう一つある」
「一つだけですか?」
「……その茶釜は珍しいものではないか?」
示したのは長五郎の知り合いに創ってもらった、赤銅の茶釜である。
一文字蓋に輪口、絹肌の真形釜だ。
「はい。見た目から『鬼灯』と名付けました」
「名付けた? つまり己で作ったと?」
「ええ。問題なければいずれ関白殿下に献上しようと思います」
黒田さまは「あまり感心しないな」と腕組みをした。
問わずに次の言葉を待つ。
「今焼に価値が生まれれば、古き名物の価値が下がる。それはつまり、多くの名物を所有している関白殿下の権威が下がると言えるのではないか?」
「それは……」
「茶の湯でもそうだ。新しきもの、目新しい作法が流行れば、藤田殿の立場は危ぶまれるのではないか」
考えたことはなかった。
ただ良いものを創ればいいとだけ思っていた。
あるいは自分の欲しいものを創ればいいと思い込んでいた。
「助言しておこう。新しき良きものは安価であるべきだ。千利休殿が今焼を流行らせ高価で売っているが、よろしくない行為だ」
「黒田さま……」
「別に心配する義理はないのだが、一応教わっている身ではあるからな」
一抹の不安を覚えたが、僕のやるべきことは変わらない気がした。
自分の茶の湯を貫くこと。
それ以外に僕はできない。それにもう進んでいるのだ。
自分の道――茶道を。




