第四十一席 明快
「そういうわけで、北野大茶湯に参加するんだけど、何か良い案ないかな?」
「⋯⋯それ考えるのにいさんの役割だろ? 一介の陶工には思いつかねえよ」
「くっくっく。しかし面白くはある」
宗匠との会話から数日後、僕は長五郎と松雲さまを自宅に招いて話し合っていた。
今度の大茶会における対策を練るためだ。
けれども、長五郎はやる気を見せなかったし、松雲さまは面白半分だった。
「長五郎には新しい茶器を作ってもらいたい。僕の茶席に合わせてね」
「そりゃあ構わねえよ。だけどさ、決まってから言ってくれれば助かる。結構忙しいんだぜ、俺」
秀吉に献上した茶器で名声を得た長五郎は、今や引く手あまたの陶工になっていた。
僕自身、この場に呼ぶのはどうかなと思ったけれど、会話の流れで良い考えが生まれるかもしれない。自分でも分からないが、そんな予感めいたものを覚えた。
「それでも来てくれてありがとう」
「な、なんだよ。礼なんざ別にいいぜ」
「断ろうと思えばできただろう。その気持ちが嬉しいよ」
「⋯⋯一応、俺とあんたの仲だからな。なんでもやるわけじゃねえけど、なるだけ希望に沿うよ」
そっぽを向く長五郎に改めて感謝すると「美しい友情だな」と松雲さまは笑った。
嘲笑ではなく、どこか羨望の混じった笑いだと感じられた。
「松雲さまにも感謝しておりますよ。ご足労いただきありがとうございます」
「そんなことより話を進めるぞ。その大茶会は北野天満宮で行なうのだな?」
七十歳を超えてもなお、その頭脳は冴え渡っている印象だ。肌のツヤからも年老いたところは見られない。
「ええそうです。かなりの人数が集まると予想されます」
「茶室は用意されるのか?」
「関白殿下と宗匠、今井宗久殿と津田宗及殿以外は茶室を設けられません。野点になりますね」
つまり自然を楽しむ精神で茶を点てる必要がある。
松雲さまは「なかなかに難しいな」と口元に手を置く。
「定法がないゆえに最適解が無限にある。容易くはない」
「いっそのこと開き直りたいのですが、それすら思い浮かびません」
実を言えば茶道部部員になりたてのとき、野点を体験したことがある。
皆川先生の指導方針で、型にはまった茶室ではなく、比較的気軽に楽しめる茶から始めようと近くの公園で行なったのだ。中学一年生で分別のない僕だったけど、初めてのお茶を楽しいと思えた。
「奇をてらうのはあまりよろしくないな」
「悪目立ちするからですか?」
「注目は集まるだろうな。だが再現性はない。人々の記憶から消えてしまう。藤田、お前が望むのは後々まで語り継がれる茶席なのだろう?」
僕の望むものはひと時の一座建立ではないと松雲さまは断じた。
そうではなければ数寄の天下など取れない。分かっているつもりだ。
「まずは己が欲する茶席がどのようなものか、己に問いかけるべきだ。それを見出せば――他者を圧倒できるだろうよ」
「⋯⋯僕は宗匠の侘び数寄を全面的に肯定しているとは言えません」
あまり明かしていなかった心のうちだったけど、松雲さまは意外とは思わなかったらしく「そうか」と短く反応した。
長五郎もまた「黒より赤を好むもんな」とどうでも良さそうに言う。
「宗匠には敵わないと思っています。それに侘び数寄は既に完成しています。つけ入る隙がありません」
「諦めの境地⋯⋯ま、当然だな。あの千利休殿は古今東西において白眉である」
「僕が求める茶の湯は侘び数寄と違い、明快で分かりやすいものです。万人が理解できるものを望むのです」
「大胆な発想だな。茶の湯は主人と客が互いに読み解くことを主眼とおいている。それを排すると?」
「それは⋯⋯」
ここでようやく、僕は自分のやりたいことが言語化できていないことに気づく。
己が何者かになった自覚はあるが、証明する術ができていない。
「藤田のにいさん、何を悩んでいるんだ? 俺にはさっぱり分からねえぜ」
迷宮に迷い込んだ気分になっていたが、長五郎の戸惑った声に引き戻される。
「自分の茶の湯が分からなくなって⋯⋯」
「そうじゃねえぜ。もうあんたの茶の湯は見つけられているって言ってんだ」
訝しげになる僕に長五郎は「自分でも言ったろ。あんたの茶は明快なんだ」と当たり前のように言う。
「小難しいやり方よりも真っすぐやったほうがいいぜ。明快ってのは明るくて快いって書くんだろ。それを表した野点をやったほうがいいんじゃないか」
「明るくて、快い……」
己の茶の湯がそうであるとは考えたことはなかった。
だとするのなら、僕がやるべきことは――
「……僕は侘び数寄を倒さなければならないのか」
明るい茶を目指すのならば、二畳半の暗い茶室を打倒しなければならない。
暗澹たる気分になる。宗匠から数寄の天下を奪うということは、そういうことになるのか。
「長五郎。明るい茶の湯とはどういう意味だ?」
「知らねえよ。俺は陶工だぜ。考えるのは兄さんの役割だ」
松雲さまと長五郎のやりとりを聞いて、改めて覚悟を決める。
「そうだね。僕が考えるべきことだ……その上で二人に頼みたいことがある」
姿勢を正して向き合うと「にいさんは無茶なことばかり言うからなあ」と長五郎は笑った。
松雲さまは不敵に微笑んでいる。
「まず長五郎には赤茶碗の染付けをお願いしたい」
「いいぜ。やってやろうじゃねえか」
「そして松雲さまには――」
断られたらどうしようとは思わなかった。
きっと受け入れてくれると信じていた。
「――平蜘蛛を貸していただきたい」
「ほう。平蜘蛛をか……」
自信満々に、あるいは不遜そのものに、大言壮語を吐く。
「初めて惚れた名物で、僕は数寄の天下を取ります」




