第三十席 驚愕と身の振り方
しばらく青磁瓢箪茶入を眺めていたら、ふすまが開いて「おう藤田。ようやく目が覚めたか」と源五郎さまが入ってきた。
起き上がろうとするが、力が入らない。
そんな僕の様子を見かねて「ゆっくり休め」と源五郎さまは座った。
「無礼とは思わん。気にするな」
「⋯⋯ありがとうございます。源五郎さま、あの後――」
「まあ後にしろ。それよりもだ、その茶入を見せてくれ」
ゆっくりと手渡すと「良いものを作った」と飾らない言葉で褒めてくれた。
すると長五郎が「俺、じいさんのところに行ってるから」と立ち上がった。
「にいさんも後で来いよ。いろいろ苦労話したいしな」
「なんだ。別に俺に構わずしてくれてもいいんだぜ」
「源五郎さまとにいさん、大事な話あるんだろ。なんとなく雰囲気で分かるぜ。じゃあな」
空気を読んだのか、早々に立ち去る長五郎。
その背中に「ありがとう」と礼を言う。
「僕は君と会えて良かった」
「言うのが遅すぎるぜ? ま、そう思うなら弱音なんて吐くなよ。俺はあんたに賭けているんだから」
ふすまが閉じられると「ふっ、得難い男だな」と源五郎さまが軽く笑った。
「腕もいいが気遣いもできる。なかなかそんな職人いねえぞ。絶対に切るなよ」
「あはは。十二分に分かっていますとも。僕は信頼のおける人とは仲良くしておきたいんです」
それから僕は源五郎さまの言葉を待った。
宗匠と何か話したはずだ。
しかしなかなか話さなかった。言い淀んでいるみたいだ。
「⋯⋯悪いな。何から話せばいいのか分からねえ」
長い沈黙が続いて、源五郎さまが苦笑しつつ口を開いた。
「あまり話したくないのなら――」
「いや。多分、俺は動揺しているのだろう。まったく、いつも飄々としているくせによ。情けなくなるぜ」
「全然、情けなくないですよ。僕だったら取り乱していますよ。現に気絶してしまいましたし」
「慰めは女にしてもらうからいいもんだ⋯⋯でもありがとうな」
源五郎さまは茶入を僕に返した。
桐の箱に入れ直すと「驚くと思うが」と前置きをしてきた。
「俺は千宗易の弟子になった」
「⋯⋯なんでですか?」
「身の安全が第一だからな」
いくらなんでも嘘だ。
だから質問しようとして――右手で遮られた。
「俺はお前の望む答えは言えない」
「⋯⋯⋯⋯」
「察してくれとは言わない。この件で見損なうならそれでいい。ま、縁を切られても仕方ねえ」
笑顔の源五郎さまだけど、どこか泣いている感じがした。
まるで何かを隠しているような。
まるで何かに葛藤しているような。
痛みを伴う感情を覚えてしまう。
「それだけ言いに来た。それじゃあ俺は行くぜ」
「どこへ行くんですか?」
「風の赴くまま⋯⋯これ以上、お前に失望されたくねえからな」
「だとしたら見くびられたものですね」
僕は少しだけ怒っている。
源五郎さまが不思議な顔をする中「そんなんで僕は失望なんてしませんよ」と言い放つ。
「源五郎さまにはたくさん恩義を感じているんです。それに何か事情があるのは見え見えです。そんな恩人を僕がほっとくと思うんですか?」
「藤田、お前⋯⋯」
「さっきも言いましたよ。僕は信頼のおける人と仲良くしておきたいって」
目を丸くさせる源五郎さまはなかなかに珍しい。
それから「あっはっは! 一本取られたな!」と大笑いした。
「俺が悪かった。すまん」
「ふふふ。源五郎さまが謝るなんて、かなり珍しいですね」
「そうでもないぞ? 女と兄上にはしょっちゅう謝っていた⋯⋯さてと、それでどうする?」
僕は「知り合いの家に行きましょう」と言う。
「そこで今後のことを話しましょう」
「ここでは駄目なのか?」
「宗匠の目があります。それに紹介したい人がいるんですよ」
「ほう。どんな奴だ?」
「優れた数寄者です。でも驚かないでくださいね」
「今更、何が起きても驚かねえ。言ってみろよ」
「ここではどうも⋯⋯実際会ってください」
源五郎さまは腕組みをして「もったいぶりやがって」といつものにやにや笑いをした。
やっぱりこういう笑い方のほうが似合っている。
◆◇◆◇
「⋯⋯兄上が死んだとき以上の驚きはないと思ってたけどよ。まさか死人がいるとは思わんぞ」
「くっくっく。人生とは驚きの連続だ。刺激がなければ死体と変わらんよ」
松雲さまの屋敷で対面した二人。
源五郎さまは驚愕し、松雲さまは面白がっている。
何がなんだか分からないのは同席している長五郎だ。不思議そうに「知り合いなのか?」と僕に問う。
「えーと、言い遅れた。実は松雲さま、死んだことになっていたんだ」
「あん? ⋯⋯やっぱり悪人なのか。そんな感じはしてたけど」
「おいおい長五郎。善人でも死んだふりはするだろうよ」
「かはは。ふざけんな。あんたが善人なら日の本は戦国乱世になってねえだろ」
いつの間にか親しくなっているようだった。
源五郎さまが「藤田、説明しろよ」と引きつった顔で詰問してきた。
「松雲さまを見殺しにできなかったので、死を偽装しました」
「それで十分と思ってんのか?」
「上様が平蜘蛛を要求しなかったら、こうはなりませんでした⋯⋯」
源五郎さまは「だが平蜘蛛は木っ端微塵になったはずだ」と考え込む。
「そんなこと望むお前ではあるまい」
「蓋だけ爆破したんですよ。釜は無事です」
「なんという⋯⋯悪人以上に度胸があるな」
すると長五郎が「今、平蜘蛛って言ったのか?」と口を挟んできた。
「じゃ、じゃあ、じいさんはもしかして――」
「いかにも。松永弾正である」
長五郎は唖然として「悪人の中でも最高峰じゃねえか⋯⋯」と呟く。
「にいさんどうして生かしたんだ? 平蜘蛛のためなら奪えばいいだろ?」
「俺もそれが訊きたい。そうすりゃあ蓋も無事だった」
「悪人でも見殺しにはできませんよ。それに奪えば平蜘蛛は上様のものになっていましたし」
源五郎さまと長五郎は呆れた顔になっている。
対して松雲さまは泰然自若な雰囲気のまま「それよりも話し合うことがある」と進め出した。
「織田家は今後、統制が取れなくなる。強大な君主がいなくなったからな。当然、各地方で勢力を誇ったものが次の天下人を争うだろう」
「言われずとも分かっているさ。明智はあっさりと討たれた。おそらく一番天下人に近いのは羽柴だ」
源五郎さまは「あの男は口が上手くて頭がいい」と嫌々ながら認めた。
「しかし、あの百姓上がりの太鼓持ちに仕えるぐらいなら隠居したほうがマシだな」
「わしのようにか?」
「悠々自適に暮らせれば悪くないさ。ま、そのためには先立つものが必要だ」
しばらく源五郎さまが悩んでいると「貴殿はどうする?」と松雲さまが僕を指差す。
「織田家の誰かに仕えるのか? それとも上り調子の羽柴に仕えるのか?」
「⋯⋯茶の湯に耽溺したいところですが、どこかに仕えないと生きていけませんよね」
史実どおりなら秀吉か家康なんだけど⋯⋯難しい選択だ。
それに宗匠のことも気になる。
利用されたとはいえ恩もある。なにより義理の父なのだ。そんな人が切腹する運命なんて嫌だ。
「羽柴さまに仕えられたらと思います」
「それは面白い。以前会ったが、華やかを好む男だった。その青磁瓢箪茶入を気に入るだろう」
黄金の茶室を作ったりするんだっけ。
確かに華の美に傾倒していた僕だけど、なんというか、秀吉は品がないんだよな。そこが宗匠と仲違いする原因かもしれない。
「おっ。さっそく青磁瓢箪茶入を献上するのか?」
「長五郎。君は構わないのか?」
「俺が持ってても仕方ないしさ。それならいっそ天下人に近い人に持ってもらえば唐物や高麗物以上に価値が上がるんじゃないか? そしたら数寄の天下が取れるぜ!」
数寄の天下……もしも取るとするならば、宗匠を超えなければならない。
自分が何者かになるより大変だ。




