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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一
正客 織田信長

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第二十五席 理由を求めて

 最初に浮かんだのは明智さんの優しげな顔だった。殺された信長よりも先に思い浮かべてしまった。

 次に考えたのは動機だ。失敗すると分かっていながら何ゆえ実行したのか⋯⋯まるで分からない。僕のことを信用していなかったのだろうか。


「馬鹿な! あの織田殿が討たれただと! 信じられぬ!」

「落ち着いてください、殿!」


 家康やその家臣たちが騒ぐ中、頭の中でいろいろなことが駆け巡る。

 紫陽花、茶席、鉄甲船、森乱丸さんと弥助、一文字井戸茶碗。そして花火。

 最後に思い出が残るなんて。


「⋯⋯これから徳川さまはどうするつもりですか」


 かすれた声で家康に訊ねる――全員が僕に注目する。

 何故か冷静さを取り戻した家康は「一刻も早く国に帰らなければならぬ」と宣言する。


「船は⋯⋯駄目だ。船上で襲撃されるかもしれん。我らが領地の近くならば話は別だが」

「ならば陸路で向かいましょう! ご案内いたします!」


 茶屋四郎次郎が慌てて立ち上がったけど、家康は「待て」と短く制した。

 そして僕を見つめて「藤田殿はいかがする?」と問う。


「我らと共に来るか? まだ真偽がはっきりとしないが、織田殿が討たれた今、去就を考えるべきではないか?」

「⋯⋯僕にはやらなければならないことがあります」


 ああ、お吟ごめん。

 僕は死ぬかもしれない。


「明智さまに会ってきます。どうして上様を討ったのか聞かないと⋯⋯」

「正気なのか? いくら親しいと言えども、織田の家臣であるそなたが行けば殺されてしまうぞ」

「ええ。十中八九死ぬでしょうね。それでも一割可能性があるのなら――行かないと」


 家康は首を振って「何がそなたをかき立てる?」と理解が及ばないという顔をする。


「織田殿への義理なのか?」

「それもあります。厳しい環境でしたが、今まで不自由なく暮らせていたのは上様のおかげです。しかしそれ以上に思うのは――明智さまに対する恩義です」


 周りが静まり返っている。

 謀叛人に恩義があるなんて言ったからだ。


「僕の茶の湯を認めてくれた方でもありますが、何よりも優しく接してくださった。そんな方が道を誤ってしまった⋯⋯今更僕がしてあげられることはないんですけど、それでも何かしなくてはなりません」

「己の身が危うくなってもか? 死んでも構わぬと?」

「あはは。馬鹿ですよね。明日の身も分からないのに死にに行くなんて」


 しばらく僕を凝視していた家康だったけど「鳥居強右衛門を思い出す」と呟いた。


「あの者は頑固な三河武士だったが、そなたも相当だな⋯⋯茶屋四郎次郎! 国に帰る支度をいたせ!」

「え、あ、ははっ! お任せくだされ!」


 茶屋四郎次郎が数人の家臣と共に出ていくのを目で追いつつ、家康は「さらばだ、藤田殿」とにっこり笑う。


「できればまた会いたいものだ」

「ええ。僕もです。ご武運を!」


 再会できるとは思えなかった。

 家康は生き残るけど、僕はどうなるか分からない。

 だって日本史の教科書には載っていないんだから。



◆◇◆◇



「お吟。説明したとおり、僕は明智さまに会いに行く」

「そんな⋯⋯死にに行くようなものではないですか⋯⋯」


 宗匠の家でお吟に全て伝えると涙を流した。その姿を美しいと感じ入るのは夫だからか、それとも茶人だからか。


「死ぬつもりはないけど、死ぬ気で臨まないといけない⋯⋯その覚悟はあるよ」

「そのような戯言、私には何の慰めにもなりません⋯⋯」


 悲壮感で覆い尽くされた顔に僕はなんて返せばいいのか分からない――嘘だ。今からでも明智さんに会いに行くのをやめて抱きしめてあげればいいんだ。つらいけどできない。僕はもう決めてしまったのだ。自分の歩む道を。


「必ず戻るとは言えない。それは許してほしい」

「あのときと一緒です。自分勝手に言いたいことを言って⋯⋯」

「分かっている。分かっているさ」

「何も分かっておりません!」


 お吟が怒鳴ったのは離れて暮らそうと言ったとき以来だった。

 夫が危険な目に遭うのだから当然だけど⋯⋯何か違和感があった。

 僕は「何が分からないというんだ?」と最大限の優しさを込めて訊いた。


「言いたくありません! 己の胸に手を置いて考えてください!」

「意地悪言わないでくれよ⋯⋯」

「私、怒っているんです!」


 涙を流したまま喚き散らすお吟に「ごめん」と頭を下げる。


「お吟の気持ち、全然考えられなかった。それじゃあ怒るの当たり前だよね」

「そこまで私の心を推し量っておきながら⋯⋯!」

「だけど僕は行くよ」


 僕は急いで立ち上がる。

 お吟と別れるのは嫌だけど、行かねばならない。このままだと決意が鈍ってしまう。


「また会えたときに話そう」

「――っ! 勝手にしてください! もう知りませんから!」


 あまり良い別れ方じゃないけれど、これ以上、時間をかけられなかった。

 堺を馬で駆け抜けて――京へ向かう。

 本当に本能寺の変が起きたのか疑心暗鬼な気持ちだった。

 だけど心の中では腑に落ちた気分でもあった。起こるべきことは起こるのだという、ごく自然な感情が支配していた。

 ああ。今のぐちゃぐちゃな思考を茶碗にしたら、名作か駄作の二通りのものができそうだ。



◆◇◆◇



 京には明智家の兵が大勢いた。

 同朋衆として信長に仕えていたから、武将の中には僕の顔が割れているかもしれない。

 それでも行かねばならない――明智さんのところへ。


「――おい。そこの者」


 呼び止められたのは二条城近くの通り沿いだった。

 バレたかと思い覚悟を決めて振り返ると――見知った顔があった。


「あ! げん――」

「声が大きい。ちょっとこっち来い」


 慌てて口を押さえて、その人――源五郎さまの言うとおりにする。裏路地に入ると「よく無事だったな」と庶民の格好をした源五郎さまに笑われた。


「僕の台詞ですよ。よく死ななかったですね」

「昔から悪運が強いんだ⋯⋯ま、今まで逃げてきたんだけどな」


 こんな状況だからか、知り合いに会うと安心する。

 しかし源五郎さまは油断なく警戒している。流石に織田家の一門衆なだけはあった。


「お前、徳川殿の接待役で堺にいたんだろ。どうしてここに?」

「それは⋯⋯明智さまに会いに来ました」

「馬鹿野郎。冗談もほどほどに⋯⋯本気なのか?」


 僕の真剣な顔を見て過敏に感じ取った源五郎さま。

 最初は呆れた顔だったが、少しずつ不安そうになる。


「刺し違えるつもりなのか? いや、そんな奴じゃないなお前は。何の目的だ」

「謀叛を起こした理由を知りたいんです」

「そんなもん知ったところで何にもならん。やめておけ。あたら命を無駄にするな」

「どうしたんですか。いつもの源五郎さまなら止めたりしません。むしろ行けばいいとほっとくのが常でしょう」

「菅九郎……岐阜中将が死んだんだ」


 信長の息子で織田家の当主だった人だ。

 悲しげな顔で「あの馬鹿野郎、俺に逃げろって言ったんだ」と呟く。


「当主のくせに最後まで戦って死ぬって聞かなかった。助かったはずなのに」

「もしかして、僕を死なせたくないんですか?」

「そうだな。助かるはずの男を見殺しなんてできねえよ」


 切なく微笑む源五郎さまに僕は何も言えなくなった。


「なんだろうな、寂しいんだよ。兄上も甥も死んじまって。今まで頑張ってきたことが無駄になっちまった気分だよ」

「源五郎さま。その理由を知りたくありませんか?」


 謀叛を起こした理由――しかし源五郎さまは「己の命を捧げても知りたいとは思わねえ」と首を横に振った。


「考え直せ。頼むから」

「……それは命令ですか?」

「頼みだよ」


 僕が何か言おうとしたとき、後ろから「やはりいましたか」と声をかけられた。

 振り返ると十数人の兵がいて、その中には立派な甲冑姿の武将がいた。


「ちっ。どうやら俺もここまでか」

「ご安心ください――いえ、信用ならないとは思いますが。俺はあなたに危害を加えるつもりはありません」


 武将は僕のほうを見て「我が主君、明智日向守はあなたを迎えに行くように命じました」と言う。


「僕をですか……いったい、何を企んでいるんですか?」

「ずいぶんな言葉ですが、甘んじて受け入れましょう」


 武将は丁寧に頭を下げ、手でこちらに来るよう促した。


「この斎藤内蔵助利三がご案内します。織田源五郎さまもご同行願います」

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