第二十四席 堺とインコ、そして――
「藤田殿の茶は――分かりやすくていい。茶の湯を解さない私でも伝わるようだ」
安土城内に作られた茶室にて、僕は信長と家康に一服差し上げていた。
……改めてすげえことをしているなと思う。
僕の人生、どうなっているんだろうか。
茶の湯を解さない家康にも分かってもらうように、作法を守りつつ丁重に茶を点てた。
かといって信長も同席していることから、普通にやっても不興を買ってしまう。
そこで唐物珠光茶碗を用いつつ変わった趣向をする。
「……その茶入は今焼であるか」
信長に指摘されたとおり、用いたのは長五郎に作らせた茶入である。
しかし依頼した瓢箪茶入ではない。試作を重ねるうちに偶発的にできた――勢高肩衝である。本人曰く失敗作と言っていたが、黒々とした色合いに奇妙なまでに伸びた背が面白くて、いつかの折に使おうと貰った。
「そのとおりでございます。銘は『背比べ』といたしました」
「これは良きものだ。見ているだけで子供が背比べしている様を感じられる」
家康の楽しげな顔に安堵した――しかし「俺の好みではないな」と信長に否定された。
緊張が走るけれども僕は落ち着いて「上様は天下一をお望みでしょう」と返す。
「未熟な僕では創り上げることは叶いません」
「それは諦めるということか?」
「あと五年あれば……きっと上様がお認めになるものを創ってみせます」
大言壮語を吐く――そうでなければ信長のそばにはいられない。
それに自信があった。僕には宗匠や山上さん、長五郎や松雲さま、そしてお吟がいる。
僕一人では難しいことも、手を貸してくれる人がいれば――できないことはない。
「徳川殿、これが藤田次郎という男だ。立派なものだろう」
「まことに織田殿は得難い者をそばに置きますね」
家康は笑っているが、僕の内心はドキドキしている。
裏を返せば立派でなくなった瞬間、僕は処罰を受けるだろう。
織田家中は薄氷を履むが如しと言われるが本当にそうなのだ。
「これから堺見物に向かうらしいな。どうだ、藤田に案内させようか」
ふと信長が思いつきで言い出した。
家康は「おお。それはありがたい」とにこにこと笑う。
「茶屋四郎次郎に案内させる予定ですが、彼は京の商人ですので詳しい者がいれば越したことはありません」
「であるか。藤田よ、貴様に命ずる。徳川殿を堺で接待しろ」
僕は頭を下げて「かしこまりました」と承った。
それから家康に「よろしくお願い申し上げます」と礼をする。
「ふふふ。普段の雑務を離れてゆっくりと休めるな。頼んだぞ、藤田殿」
「お任せください」
「それと藤田。こたびの褒美をやろう」
信長が小姓に持ってこさせたのは一文字井戸茶碗だった。
僕が気に入っていた逸品である。
「う、上様。よろしいのですか?」
「ああ。今までよく尽くしてくれたからな」
信長は豪快に笑った。
「まだまだ働いてもらうぞ、藤田次郎!」
思わず感激してしまい、その場で平伏した。
信長が家康と話があるそうなので、退座することになった。
一文字井戸茶碗が入った箱を丁寧に持ちつつ歩いていると、前方に見覚えのある姿が見えた。
森乱丸さんと弥助である。何やら会話をしていたが僕に気づいて手を上げる。
「やあ二人とも。休憩中ですか?」
「いえ。上様が京へ向かわれるとのことで、その準備の打ち合わせをしておりました」
「俺は上様の護衛だから、一緒に行くんだ」
丁寧な口調の乱丸さんと流暢に日本語を操る弥助。
しばらく見ないうちに成長しているなあと思う。
「京で何かあるのですか?」
「公家衆との会談があるとのことです」
「そろそろ、上様の天下が近い、というわけだ」
ふうんと思いつつ「二条城に泊まるんですか?」と何気なく訊ねる。
「いえ。人が少ないのでいつもの寺院に泊まります」
「ちなみにどこへ?」
答えたのは弥助だった。
「ああ。本能寺だ。それと上様のほかにご当主さまも来る。そちらは妙覚寺になるが」
◆◇◆◇
家康一行と共に堺へ向かった僕は、案内をする前にお吟を宗匠の家に預けることにした。
安土の城下町にいるよりも久しぶりに実家で過ごしたほうがいいと話し合って決めたのだ。
しかし宗匠はあいにく留守にしていた。京にいるらしい。行き違いになってしまったと思いつつお吟に待つように伝えた。
「せっかくだからのんびりしていればいい。羽を伸ばすのも悪くないしね」
「そうですね。お言葉に甘えます」
「何か手土産でも……金平糖がいいかな?」
「うふふ。思い出の味ですね」
さて。家康と合流して堺の街並みを案内する。
僕自身、堺に来るのは久しぶりだったけど、馴染みの店は残っていて家康を満足させることができた。また家康の家臣たちも大勢いて、まるでバスガイドさんになった気分だった。
「ほう。あれはなんだ?」
家康が注目したのは、目抜き通りで珍品を売っている店の前で籠に入っている鳥だった。
緑色の美しい羽をしている――インコだ。
「あれはインコですね」
「インコ……? 珍妙な鳥だな」
家康が近づくと「ヤアヤア!」とインコが喋った。
「うわああ!? この鳥、喋るぞ!?」
「と、殿! 大丈夫ですか!?」
驚きのあまり家康が尻もちをついた。
家臣たちが騒ぎ出す――その中一人が「無礼であるぞ!」と刀を抜く。
「殿を転ばせおって! 斬り捨ててくれるわ!」
かなりの強面の武士だった。
店主が怯えて「ひえええ、堪忍してください!」と土下座をする。
周りが騒然となる中、その武士がインコを籠ごと斬ろうとする――その間に入る。
「邪魔だ! どかぬか!」
「……この鳥は人の言葉を真似ますが、意味は分かっておりません。おそらくこちらの店主の口上を発しただけでしょう」
「それがどうした!」
「この鳥は鳴いただけに過ぎません。罪はないでしょう。もしもここであなたが斬ってしまえば――恥をかくのは徳川さまになります」
その家臣はぐぬぬと歯ぎしりをして、その場に固まってしまった。
すると起き上がった家康が「やめよ平八郎」となだめに来る。
「藤田殿の言うとおりだ。ここで怒れば私の恥、ひいては徳川家の恥となる。刀を納めてくれぬか」
「……殿がそうおっしゃるのであれば」
平八郎さんが刀を納めると「かたじけない、藤田殿」と家康が頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。こちらこそ事前に言えずすみませんでした」
「しかし、このインコとやらはどうして人の言葉を話せるのだろうか?」
確か声帯が似ているんだっけ? いや、違った気がするな。
しげしげとインコを見る家康。なんだか微笑ましい。
「ほれ、何か喋ってみろ」
家康が持っていた扇子を開いて風をそよいでみせる。
あれ? 鳴くまで待とうじゃなかったっけ?
「……アブナイ。ニゲロ」
インコが発したのは不吉な言葉だった。
なんでだろうと思っていると「ああ。この前の言葉ですね」と店主がおそるおそる話かけてきた。
「棚が壊れて商品が落ちてきたんですよ」
「ああ、なるほど……」
すると遠くから「徳川さま!」と大声で叫ぶ人が来た。
京の商人、茶屋四郎次郎である。
僕と家康と家臣たちが困惑する中、茶屋四郎次郎は「ひ、ひ、人払いを!」と喚く。
「どうした、何があった?」
「ここでは、話せませぬ! どこか人のいないところへ!」
「藤田殿、案内してくれぬか?」
「分かりました。坂城屋という知り合いの商人の店が近いのでそこへご案内します」
何があったのか分からないが、茶屋四郎次郎の慌てぶりに嫌な予感がした。
とりあえず店主の坂城屋六兵衛さんに事情を話し、店の奥で話を聞くことにした。
白湯を飲ませて茶屋四郎次郎が落ち着くまで待った。
「申し上げます。先ほど早馬で知らせが来たのですが、京で――」
僕たちが注目する中、茶屋四郎次郎は上ずった声で言う。
「明智日向守さまが謀叛にございます!」
……えっ?
「明智殿が!? それでどうなった!?」
「京の本能寺で、お、織田さまが――」
まさか、そんなという気持ちが入り混じっている。
だけど茶屋四郎次郎の言葉は無慈悲に続けられた。
「本能寺にて討たれました!」




