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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第二十二席 安堵

 この場で斬られてもおかしくないだろう。

 何故ならこの時点で謀叛を起こしていない。何の証拠もない。

 考えていたという確証もなかった。

 言いがかりも甚だしい、頭がおかしいと思われる一言だった。


「……藤田殿。自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 意外にも驚くことなく、かといって怒るわけでもない明智さんの反応。

 斬られずに済んだと安堵する一方で不気味に思える。

 だから僕は何も言わずに明智さんを見つめた。

 真実を知りたかった。


「茶人は、人の心を読み解くのが得意のようだな」


 肯定とも取れる言葉。

 しかし完全に認めたとも言えない。

 僕は「無礼は承知しております」と頭を下げた。


「織田家家老が謀叛を起こす。その意味をあなたは知らないわけではない」

「……僕はただ、茶の湯に耽溺できていれば良かった。政治に関わることなく、穏やかに暮らしていければ良かった」


 頭を上げて姿勢を正した。

 いつ斬られてもいいように覚悟を決める。


「嘘偽りなく言います。僕は明智さまをお助けしたい。悲惨な未来を選ばれるのを防ぎたいのです」


 誠意が伝わればいい――そう思っているとゆっくりと明智さんが立ち上がった。

 柔らかな笑みを浮かべて「茶を点ててくれないか」と頼んでくる。


「互いに落ち着く必要がありそうだ」


 十分に落ち着いていると思うが、僕のほうはそうではない。

 他人を慮る明智さんの度量は深い。


「分かりました。参りましょう」


 今いる二条城の中に作られていた茶室に入る。

 二人っきりで明智さんは帯刀している。

 無礼討ちされてもおかしくない状況だった。


 明智さんが所有している琵琶肌の高麗茶碗で茶を点てる。

 差し出すと作法に則って飲まれた――


「――美味い。流石に上様の側で茶を点てられている実力の持ち主だ」

「ありがとうございます」

「それで何故、あのようなことを言い出した? 口に出しても良い結果にはならないと分かっていただろう」

「先ほども言いましたが、明智さまが思いとどまってくだされば――」

「そこが分からぬ」


 本当に不可解そうな顔になっていた。


「黙って上様に告げるかすれば、結果的に防げるだろう。ま、上様が信用するか分からないが」

「……これも先ほど言いました。お助けしたいのです」

「何故だ?」

「明智さまがお優しい方だからです」


 息を飲んで僕を見つめる明智さんに「弥助を憐れんでくださったことや僕に対して気遣ってくれたことがどれだけありがたいか」と言葉を続ける。


「そんな立派な方を見殺しにするほど僕は薄情ではありません」

「つまり、失敗すると見ているのか?」

「……失敗したほうが良かったかもしれません」


 もう明智さんの顔は見られなかった。

 信じてくれるかどうか分からないけど、言うしかなかった。


「明智さまは上様が本能寺でお休みになられているところを強襲して殺します」

「なっ――」

「その後、羽柴さまに謀叛人として討たれます」


 明智さんの動揺が僕にまで伝わる。

 想像ではなく事実を述べているのだから当然だった。


「詳しく聞かせてもらえないか」

「来年、明智さまは謀叛を起こします。その理由は知りません。しかし上様が死んで一時的に天下は明智さまのものになります。だけどすぐに羽柴筑前守さまに討たれてしまいます。その後は……」


 もう少し詳しい状況が語れたら良かったのだけれど――


「……羽柴さまの天下となります」

「ならば一族郎党ことごとく討たれたということか」

「そのとおりです」

「つまり、私がやってきたことは無駄となるわけか」


 ふーっと大きなため息をした明智さんに「信じてもらえないかもしれません」と僕は小声で言う。


「もしも明智さまが……実行なさるのなら……」

「藤田殿は何者なのだ? 未来が見える……いや、その割には断片過ぎるな」


 顎に手を置いて明智さんは考え込む。


「人の心が読めるわけでもあるまい。さっき『理由が分からない』と言っていたからな。うすぼんやりと先が見えるのか? いや、そんなあやふやなことでそのようなことを口にしないだろう」

「…………」

「腹を割って話してもらいたい」


 これは真実を言わなければならない。


「僕は四百年後の未来からやってきました」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった明智さんだが、すぐに「四百年後……嘘を言っているようには見えぬ。しかしにわかには信じられぬ」と応じてくれた。


「僕だって信じられません。ある日僕は雷に打たれて――」


 今までの出来事を簡単に語ると、明智さんは黙り込んでしまった。

 そして「今日の馬揃えで着た衣装は未来のものです」と締めくくった。


「今から持って来ましょうか?」

「いや不要だ……藤田殿、訊きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「これからの出来事は変えられるのだろうか?」


 それは考えたことはなかった。

 しかし松永さまが松雲さまとして生きていること、お吟が僕の妻になったのは事実としてある。おそらく現代とはほんの少し歴史が変わっているはずだ。


「おそらく変えられるでしょう。いや、そうでなければ明智さまに打ち明けたりしませんでした」

「なるほどな……藤田殿は腹を割って話してくれた。ならば私も言わねばならぬ」


 明智さんは真剣な雰囲気から急に穏やかになる。

 まるで長い間背負った重荷を下ろしたような解放感を覚える表情だった。


「謀叛のことを考えなかったことはない。むしろ機会がないか窺っていた」

「……理由を教えてもらえますか?」

「明智家のため……そう言ったら責任転嫁になってしまうか?」

「私利私欲のためではないのですか?」

「一族郎党を守るのは私利私欲そのものだとは思わないのか?」

「家族のために戦うことを、四百年後ではそう呼ばないです」

「ずいぶんと日の本は優しいものになったのだな」


 明智さんは大笑いした。

 僕は「今までの話を聞いたうえでお訊きします」と言う。


「謀叛を起こしますか?」

「いや、失敗すると分かっていてやる者はいない。そうであろう?」


 心から安心できる答えだった。

 全身の力が弛緩してしまう。


「今日のことは互いに他言無用だ。約束してくれるか?」

「ええ、もちろんです」


 これで本能寺の変は回避できた。

 明智さんが死なずに済むし、信長も生き続ける。

 僕も同朋衆としてそのままの生活ができる。

 頃合いを見て堺で隠居してお吟と暮らそう。

 そして宗匠や山上さんと茶の湯の修業を行ない、長五郎と松雲さまと茶道具を作るのだ。


「ところで、もし謀叛したら上様は本能寺で亡くなるのか?」


 帰り際、ふと明智さんが訊ねたので「ええ、そのとおりです」と頷いた。


「現代では本能寺の変と言われています」

「そうか。教えてくれて感謝する」


 明智さんが退室して、茶道具を片付けてから茶室を出る。

 二条城の廊下を歩いていると「おーい、藤田」と声をかけられた。

 すごく目立つ格好をしている源五郎さまだった。馬揃えの衣装をまだ脱いでいないらしい。


「これは源五郎さま。お疲れ様でございます」

「お前の衣装、ありゃなんだ? 宣教師のものを借りたのか?」

「まあそんな感じです」

「黒地に赤と金の刺繍は見事な仕立てだった。褒めてやる」


 その後、益体のないことを話してくる源五郎さまの相手をしつつ、これからどうなるんだろうと考える。

 僕の知る過去が変わっていく。

 不安はあるけれど――これでいいと思えた。

 明智さんはいい人だから、謀叛人として死なせてはならない。

 心からそう思えたから。


 それに僕のほうも心に刺さった不安が消えた。

 このまま織田家が天下を取るのを見守っていけばいい。

 それで十分だ。

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