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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第二十席 弥助

 それから数年が経った。

 お吟――妻がそう呼んでほしいと言った――とは安土の城下に住んでいた。

 信長が祝言祝いとして新居をくれたのだ。人質の意味合いはあるけれど、それでも一緒に暮らせることの喜びのほうが大きかった。


 それに元々離れて暮らす予定だったけれど、お吟に猛反対されてしまった。

 真っ赤な顔で怒るお吟に圧倒されて決められた――まあ新婚だもんなあ。

 今では仲良く暮らしている。それ自体嬉しいことだけど、現代の料理法を教えて作ってくれている。懐かしさに涙することもあり、そのたびにお吟は黙って抱きしめてくれた。


 さて。僕は今、京の二条城に来ていた。何でも馬揃えという催しを行なうそうだ。

 帝、つまり天皇陛下の前でパレードをするのだけれど、その準備をしている。織田家の武将の衣装の準備、馬の手配、しきたりの確認などやることが多岐に渡る――


「よう藤田。暇か?」

「……見てのとおり多忙を極めておりますが」


 城の一室で書類仕事をしていると信長の弟である源五郎さまがやってきた。

 この人は祝言のとき以来、僕に構うようになっていた。

 いい遊び相手だと思っているのだろう。

 迷惑なときもあるが、話していて楽しいので歓迎はしている。


「そんな仕事、他の者に任せてしまえ。別にお前じゃなければできないことではないだろう」

「誰かがやらなければならない仕事なんです……それで何用ですか?」


 筆を止めて話を聞く姿勢になる。

 源五郎さまは「馬揃えも大事な仕事だが」とその場に胡坐で座る。


崑崙奴こんろんどを知っているか?」

「なんですか? 聞いたことないですけど」

「なんでも身体が真っ黒い人間らしいぞ。南蛮の宣教師が連れてきている」


 身体が真っ黒い人間?

 ……黒人のことかな?

 そういえば、漫画やゲームで戦国時代の日本にいたと見たり聞いたりしたような。


「はあ。それでこく……崑崙奴がどうかしたんですか?」

「なんだその反応。珍しくないのか?」

「忙しいのです……まさか、見に行こうだなんて言うんじゃないでしょうね?」


 源五郎さまは軽く笑って「そうではない」と首を振った。

 良かった。まだまだ仕事が終わりそうになかったから。


「その崑崙奴がここに来る」

「……なんでですか?」

「兄上が一目見たいと命じたからだ。決まっているだろう。ほれ、お前も行くぞ」


 ああ。これで今夜は徹夜だなあ。

 僕は仕方なく「分かりましたよ」と立ち上がった。


「ところでこの前言っていた茶入、どのくらいまでできている?」

「まだまだ完成には程遠いですね」


 会話をしつつ信長のいる大広間まで向かう。

 中に入ると大勢の小姓や同朋衆がいた。

 忙しいはずなのに集められているようだった。


「お前に崑崙奴のことを言うのは俺に任せてくれと兄上に言っておいた。それなのに微妙な反応しやがって」

「ご期待に添えずすみません。連日の激務で疲労困憊でして」


 改めて場を眺めると奇妙なことに気づく。

 小姓や同朋衆のほとんどが目に眼帯をしている。中には片目をつぶっている者もいた。

 何か病気でも流行っているのだろうか?


「源五郎さま。流行り病でもあるんですか?」

「うん? ああ、この馬鹿共か。何でも崑崙奴を直で見ると目がつぶれるらしい」

「……だから片目を守ろうと」


 迷信というか、昔の日本は黒人なんていなかったからなあ。

 そりゃ未知の者への恐怖はあるか。


「お前はどうする? 手拭いを貸そうか?」

「要りません。そんなくだらないでたらめ信じていませんから」

「どうしてそう言えるんだ?」


 源五郎さまに手招きされて上座近くに座らされる。

 僕は「本当なら上様に見せたりしないでしょ」と答えた。


「それに南蛮の宣教師たちは平気なんでしょう? だったら大丈夫です」

「意外と度胸があるな……いや、兄上と会ったときからそうだったか」


 感心する源五郎さま。

 そのとき「上様がいらっしゃいます」と声がした。

 僕も含めみんなが平伏して信長が上座に座る。

 えらく機嫌がいいらしく「皆の者、ずいぶんと目が大事なようだな」と笑っていた。


「眼帯や目を閉じていない者は……久太郎と乱丸、源五郎と次郎か」


 おお、流石久太郎さんと乱丸さんだ。

 しかし久太郎さんは緊張していて、乱丸さんは泣きそうになっている。

 源五郎さましか平然としていない。


「次郎。貴様は怖くないのか?」


 信長の問いに「まったく怖くはありません」と返す。

 どよめく大広間の中「ふん。生意気言いよって」と信長がよく通る声で言う。


「もうそろそろ来る頃だ。その余裕顔がどこまで突き通せるかな?」


 ずっとだけどあんまり強い言葉は使わないようにしよう。

 僕は頭を下げて応じた。

 しばらくして「宣教師オルガンティーノ殿、ご到着」と来訪を知らせる声がした。


 清貧を掲げる宣教師らしく大柄だけど痩せている。

 ヨーロッパ人だろうけど、どの国か分からない。

 もっと勉強しておけば良かったなあ。


「さっそくだが崑崙奴を見せてもらおうか」


 オルガンティーノが口上を言う前に信長が切り出した。

 慣れているのか「はい。すぐに来るよう伝えます」と頷いた。

 綺麗な発音の日本語だった。


「こちらが崑崙奴でございます」

「なんと……!」


 信長が驚嘆している。

 それもそのはず、かなりの大柄で宗匠よりも背が高い。百九十はありそうだった。

 強面で険しい顔をしている。かなり鍛えられていて筋肉が分かる。

 薄い生地の洋装をしている。髪は長くてもじゃもじゃだった。


「本当に黒いな……炭を塗っているのか?」


 信じられずまじまじと注視する信長に「いえ。このような肌の色なのです」とオルガンティーノはさらりと言った。


「俺を騙そうとしているわけではないのか?」

「いえいえ。そのような真似はいたしません」

「ならば洗ってみよう。誰か水を持ってこい!」


 するとオルガンティーノが慌てて「この者は暑い国からやって参りました。ですので水はあまり……」と言い出した。


「まだお寒いですしせめてお湯をお使いください」

「いいだろう……藤田次郎! 貴様が洗え!」


 なんで僕が? と思っていると「さっき怖くないと言っていたからな」と不敵に笑われた。

 余計なことを言わなければ……と後悔する間もなく温かいお湯が用意された。

 仕方ないなと大きな桶に裸で入った崑崙奴にお湯をかけて手拭いでこすってみる。

 炭なんて塗っていないから当然だけどますます黒々と光っていく。


「次郎! 貴様手を抜いているのか! もっと強くこすれ!」

「上様。この者はそういう肌の持ち主でございます。炭ならば僕の手も黒くなっていますから」


 手のひらを見せると信長はうぬぬと黙ってしまう。

 そのとき、崑崙奴の身体が震えていることに気づく。


「どうしたんですか? 寒いんですか?」

「……さむい」


 おお。言葉が通じる。

 日本語が分かるらしい。

 僕はお湯を満遍なくかけてやる。


「寒くないですか?」

「かんしゃ、する」


 僕たちのやりとりを聞いていた信長は「言葉が分かるのか」と感心した顔になる。


「オルガンティーノ、この者をくれないか?」

「うーん、一度ヴァリニャーノと相談させてください。ご希望に添えるようにいたしますので」


 手拭いで濡れた身体を拭いてやる。

 崑崙奴にも手渡すと自分で拭きだした。


「そういえば、この者の名はなんだ?」


 道が混むので崑崙奴を預けておきますと、オルガンティーノが去った後、源五郎さまがぼそりと呟いた。

 今更、呼び戻すわけにもいかないなと思っていると「俺が命名してやろう」と信長が言い出した。


「この者は弥助やすけ、とする」

「兄上にしては普通の名ですな」

「呼びやすいしな」


 崑崙奴――弥助はこくんと頷いた。

 僕はこれでいいのかなと思っていた。

 戦国時代にありがちな人身売買を見てしまった――罪悪感を覚える。


 それから信長に弥助の面倒を見るように言われた。

 僕はどうやって面倒を見るかと考える。

 とりあえず話を聞こうと部屋に案内して弥助を座らせた。


「えーと。食べ物で何が好きかな?」

「……カステラ」


 僕は「カステラ……あったかなあ」と呟いて近くにいた小姓に伝える。

 それから「欲しいもの何かある?」と言う。


「のど、かわいた」

「そっか。水と温かいお湯、どっちがいい?」

「おゆがいい」


 そうやって会話をしていると少しずつ親近感がわいてくる。

 カステラと白湯が届いて渡すと実に美味しそうに食べる。


「なあ弥助。君の故郷はどこかな?」

「……モザンビーク」

「ああ。アフリカだっけ?」


 思わず言ってしまうと「アフリカ、しっているのか?」と弥助は少し驚いた顔になる。


「堺の南蛮商館で聞いたことがあってね」


 とっさに嘘をつく。


「それより弥助の話、聞かせてもらえるかな?」

「あまり、たのしいはなしではない……」


 そう断って、弥助はぽつりぽつりと話し始めた――

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