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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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19/24

第十九席 贈り物

 それからひと月後のハレの日。

 僕とお吟さんが祝言を挙げる当日。

 宗匠の屋敷で紋付き袴を着てそわそわしながら待っていると「少しは落ち着いたらどうだ?」と山上さんに呆れられた。


「ええまあ。分かっていますが⋯⋯」

「夫はどっしりと構えるものだぞ」


 そう言われても胸がドキドキして、落ち着かない気分になってしまう。

 現代で体験したことのない思いだ。


「お吟さん、途中で嫌になって止めたいって言わないでしょうか⋯⋯?」

「あるわけないだろう」

「現代だとマリッジブルーって言葉がありまして」

「今の世にはそのような言葉はない」


 山上さんは厳しい顔で諌めてくれる。

 ちなみにここにいるのは媒酌人になってくれたからだ。山上さんの奥さんはお吟さんの準備を手伝っている。


「まあいい。始まってしまえば何とでもなる」


 ずいぶんと投げやりなことを言う。

 しかしそのとおりだろうと思い直してその場に座りこむ。


「それよりも疑問がある」

「なんでしょうか?」

「何故、夕暮れ時に執り行なう? もっと早い刻限でも良いではないか」


 そう。今は日が暮れるかどうかの時間だった。普通は朝から昼にかけて行なうらしい。

 だけど僕には狙いがあった。


「ちょっとした余興のためです。見てのお楽しみですね」

「ほう。侘び数寄に関するのか?」

「いえ、むしろ逆かもしれません」


 山上さんは顔をしかめて「最近の藤田殿は侘び数寄をないがしろにしていないか?」と苦言した。

 そんなつもりはないのだけれど、そう見えてしまったのなら良くないな。


「僕は宗匠の弟子です。山上さんと同じで侘び数寄に傾倒していますよ」

「⋯⋯⋯⋯」

「それに夕暮れ時を選んだのは、僕が好きな時間だからです」


 窓から日が沈む姿が見えた。

 目の奥が刺激されて泣きそうになる。


「夕暮れ時ほど人に振り返らせるものはございません」

「分からなくもないが⋯⋯」

「ま、藤田好みの趣向とでも言っておきましょう」


 そう結ぶとにわかに外が騒がしくなった。

 お吟さんが到着したようだ。

 ああ、一気に緊張感が高まる。


「奥方が到着したぞ⋯⋯目が泳いでいるが」

「意識しちゃうと、途端に催しそうに」

「飲みこめ。さあ出迎えるぞ」


 まるでジェットコースターに乗る前の気分だ。心臓が口から飛び出て破裂さそうになる。

 玄関に向かうと、そこには白無垢を着たお吟さんがいた。化粧をしていて今までにないくらい美しい。頬を染めていて可愛らしく照れていた。その色は茶器の参考になると思える――こんなときぐらい茶の湯のことを忘れろ、馬鹿。


「どうでしょうか、藤田さま」


 お吟さんが恐る恐る訊ねてくる。

 隣の山上さんや一緒にやってきた宗匠と坂城屋が見守る中、僕は満面の笑みを浮かべて言う。


「とても――綺麗です。それしか言葉が出ないくらいに」

「⋯⋯あなたさまは本当にずるいお方です。私の望む言葉をいつも言ってくれて、ますます好きにさせます」


 化粧の上からも分かるほど赤面していて、僕のほうが照れてしまうほどだった。

 その空気を壊すように、山上さんが「ごほん。ご両人の仲も深まったところで」と切り出した。


「祝言を執り行ないましょう。夕暮れ時を越えて真夜中になってしまう前に」

「そのとおりだな、宗二。準備は整っている。さあ行こう」


 その後は粛々と祝言が営まれた――と言いたかったが。


「よう! いい晴れ舞台だな、藤田次郎!」

「なあ!? あなたさまは!」


 何と上様の弟君、源五郎さまが飛び入りで参加してきたのだ。これには参列者一同、度肝を抜かれた。


「なんで、こんなところに!?」

「こんなところとは失礼な。なんか面白そうだから来たのだ」


 軽い感じで言っているが、しれっと上座に座っている。

 宗匠は「これは源五郎さま」と頭を下げる。


「お越しいただき真に光栄でございます」

「おう千宗易殿。居てもいいよな? ちゃんと祝儀も持ってきた」


 指差すところには茶杓が入りそうな細長い箱が置かれていた。


「名物ではないが、指折りの茶杓師に作られた逸品だ。下賜してやろう」

「⋯⋯ありがとうございます」


 ざわめく部屋の中、お吟さんが「どなたでしょうか⋯⋯?」と不思議そうな顔をする。

 こっそりと素性を打ち明けるときょとんとした顔になった。


「まあ。天下人の弟君が私たちの祝言に。これは良き門出になりますね」


 その言葉を聞きつけた源五郎さまはにやにや笑った。


「藤田よ。お前の嫁、いい女だな。大切にしろよ」

「もちろんです。一生大事にします」


 力強く宣言する――隣のお吟さんがまた頬を紅潮させる――すると「よくもまあ人前で堂々と言えるよな」と呆れた顔になったのは長五郎だった。

 彼には祝言に参加するように頼んでおいた。僕は胸を張って「恥ずかしいことなんて言ってないぞ」と言ってやる。


「むしろ足りないくらいだ」

「へいへいごちそうさま。胸焼けするほど食らったよ」


 馬鹿な会話をしていると「皆さま、よろしいですかな?」と山上さんが憮然とした顔になる。祝言を進行させたいらしい。


「すみません。よろしくお願いします」


 その後はつつがなく執り行なわれた。

 源五郎さまが意外にも見事な舞踊を披露する中、長五郎が僕に「松雲の坊さん、来れないって言ってたぜ」と耳打ちしてきた。


「なんでも行ったら面倒なことになるって。案外薄情なんだな」

「そんなことないよ」


 まあ宗匠や源五郎さんには顔が割れているから、来たらとんでもないことになっていた。その点は弁えているようだ。


「代わりに松雲の坊さんの指示で作った茶碗をやるよ。井戸茶碗だ」

「ありがとう。いい祝儀だね」

「ていうかあのじいさん何者だ? 知識の量半端ねえぞ」


 素直に言えないので「悪者だよ」と冗談交じりに返した。

 それから宗匠の黒楽茶碗の披露が行なわれた。集まった人の中には数寄者が大勢いて、見事なものを作られたと、とても感心していた。


 場が盛り上がったところで、坂城屋が「皆さまにお見せしたいものがございます」と切り出した。


「このたびは我が子同然の藤田次郎と千宗易殿のご息女、お吟殿の祝言に来ていただき感謝申し上げます。この祝言に花を添えたく存じます」


 口上を述べ終えると庭につながる障子がすうっと開いた。

 宗匠が設えた庭は真夜中でも立派に見えた。

 坂城屋は「空をご覧ください」と手で示す。


 みんなが注目する中、ひゅーんと音が鳴り――空に赤い花が咲いた。

 ばあんと音が響く中、次から次へと夜空に浮かんで消えていく。


「なんだ、ありゃ!? 見たことどころか聞いたこともねえ!」


 長五郎が驚くが、源五郎さまは冷静に「花火か」と笑った。


「ご存じでしたか」

「南蛮人から聞いたことがある⋯⋯しかしこれほどまで見事なのは知らないな」


 花火が炎色反応で色が変わるのは知っていた。それでも詳しい仕組みは分からない。源五郎さまが南蛮人から聞いたと言ったが、僕もまた南蛮人から教えてもらったのだ。


「人を殺す玉薬が人を感動させる花となるとは。いい催しだな」

「お褒めいただき感謝いたします」


 僕は隣のお吟さんを見た。

 目を丸くして魅入っていた。

 僕は小声で「どうですか?」と訊ねる。


「素敵です⋯⋯」

「僕からの贈り物、受け取ってくれますか?」


 お吟さんは目に涙を浮かべた。

 そして「人生で最良の日です」と笑顔になった。


「これ以上になく、幸福でございますよ、藤田さま」


 ああ、この人となら幸せになれる。

 心から愛おしい気持ちが消えない。

 そしてこの人を不幸にしてはならないと思えた。

 全身全霊でこの戦国時代を生き抜いてやる。


 ふと宗匠を見た。

 渋い顔をして花火を見ていた。

 花は一輪あればいい。

 そう物語る表情だった――

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