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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第十八席 坂城屋六兵衛

 宗匠に指名されたとき、かなりの気まずさを覚えてしまった。

 傍目から見ればお吟さんを坂城屋から奪ったのは僕なのだから――横恋慕と言ってもいい。

 そんな僕が茶を点てるなど逆に失礼に当たるのではないのかと心配してしまう。


「どんな相手でも一座建立する。それこそが茶の湯の神髄でございます」


 今井さんの屋敷を出た後、すぐに宗匠に問い質したらそう返答された。

 言わんとすることは分かる。

 しかし未熟者である僕には荷が重すぎた。


「大丈夫ですよ。藤田さんなら必ずや、もてなせます」

「……根拠はあるんですか?」

「今までわたくしは藤田さまのお点前を見てきました。特に明智さまへの気遣いは感動すら覚えました。鑑みるに藤田さまならば坂城屋殿を十二分に満足させられます」


 そうは言っても自信が持てない。

 僕に何ができるのか……不安で仕方がない。


「不安に思うのは自信がないからではございませぬ」


 暗い気持ちになっていたのが宗匠にはお見通しだったのか、僕に助言してくれた。


「答えを見出せていないからです」

「どうやってもてなすか、その方法が分からないからと言いたいのですか?」

「藤田さまの解釈次第、とだけ言っておきましょう」


 それっきり宗匠は黙ったまま、何も語らなかった。

 ますます不安で仕方がなかったが、やるしかないと思う。

 強がりだが、貫けば強さになると信じたい。


 宗匠の屋敷に戻ると「どうでしたか?」とお吟さんが近寄ってきた。

 玄関でずっと待っていたらしい。

 僕は正直に「困ったことになりました」と伝える。


「そうですか……茶の湯でかの方を……」


 詳細を話すと僕以上に曇った顔になる。

 こんな表情はお吟さんには似合わない。

 僕はなるだけ明るく「大丈夫ですよ」と元気に振る舞った。


「これまで上様に茶を点ててきました。あの短気で癇癪持ちの上様にですよ。無事に生きているのですから、怒っている方に対して茶を振る舞うなんて簡単です」

「そんなに恐ろしいのですか……しかし今度の場合は違います。難癖をつけてくるかもしれません。そうなれば一座建立を成すことは叶いません」

「その場合は高麗茶碗を奪われ、宗匠の名声は地に落ちます……まずいですね」


 一応、考えはある。

 宗匠に名物を借りて圧倒させるのだ。

 茶の湯に造詣のない人間でも逐一説明すれば価値は伝わるだろう。


「少し、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」


 その考えをお吟さんに伝えたら、曇ったままだけど、どこか覚悟を決めた顔になる。

 美しいと思う間もなく、お吟さんは僕の目をじっと見つめる。


「……申し上げないほうがよろしいでしょうか?」

「ああ、いえ。美しいと思いまして」


 つい僕の気持ちを言ってしまった。

 返答になっていない。

 お吟さんはきょとんとした後、すぐに頬を真っ赤にして、何かを言おうともごもごさせたが、結局顔を背けてしまった。

 うーん、真剣な場で変なこと言っちゃったからなあ。怒らせてたかも。


「えっと。言っていただけたら……」

「……坂城屋さまは名物よりも素朴な品のほうが好むと思います」


 どうして断言できるのだろう――そうか、お吟さんは坂城屋と会っていたのか。

 まあ婚姻するなら顔ぐらい合わせるよな。


「でしたら名物を使うのは逆効果ですよね……しかしそうなると一つ疑問が生まれます」


 お吟さんは可愛らしく首を傾げて「疑問、ですか?」と呟く。

 愛おしさを覚えつつ僕は「どうして坂城屋は高麗茶碗を望んだのか」と答えた。


「名物に興味がないのなら欲しがらないでしょう。婚姻破棄の代わりとなれば商売の箔にもならないですし」

「そうですね……私には分かりかねます」


 まあお吟さんと比べたら高麗茶碗なんて価値はない。

 それは宗匠も承知のはずだ。

 しかし坂城屋はお吟さんと等しいと考えている。

 そこから導き出されるのは――


「……なるほど。もしかすると坂城屋は騙されている可能性がある」

「どういうことですか?」

「まだ確定ではありませんが……お吟さん、お願いがあります」


 僕はお吟さんと向き合って頭を下げた。


「茶懐石を作っていただけませんか」



◆◇◆◇



 五日後、堺の商人である坂城屋六兵衛を僕は宗匠が所有する茶室へと招いた。

 宗匠と同じかそれ以上の年齢である坂城屋は、ムスッとした顔のまま茶懐石に箸を付けた。

 不味そうに食べてやろうと思っていたのだろうが、口に含むと驚愕して目を見開く。


「なんだこれは……? 今まで食べたことがない」

「お気に召されましたか」


 僕の問いにハッとしたのか、取り繕うように「そのようなことは……」と口を噤んだ。

 しかし視線は茶懐石に向けられていた。

 それはそうだろう。ただの卵焼きがこんなにもふわふわで美味しいのだから。


 未来の知識を使ってメレンゲの卵焼きを作った。

 泡だて器の代わりに茶筅を用いた――何本か駄目にしたが上手にできたと思う。

 またほかの品々も未来の料理ばかりだ。今までは未来のことを僕だけが知っているので、他人に説明して作らせられなかったが、全て明かしたお吟さんに教えて作ってもらった。


「一服差し上げます」


 茶懐石を食べ終えた坂城屋に茶を点てる。

 用いるのは例の高麗茶碗だ。

 作法に則って飲み干す坂城屋は渋い顔をした。


「そろそろ、種明かしをしてもらってよろしいでしょうか」

「種明かし……いったい何のことやら」

「おとぼけはなしにしましょう。どうしてあなたは高麗茶碗を望んだのでしょうか――興味がないのに」


 坂城屋は「ははは。気づかれたか」と明るく笑った。

 その反応で僕は分かってしまう。


「もしかして、横恋慕されたことも気にしていない……?」

「元々、親子ほど離れている娘をもらうほど、わしはみずみずしくはない。だが千宗易殿がどうしてもと望んだのだ。断れなかった」

「ならどうして?」

「今井宗久殿の命令だったからだ」


 誰かの指示とは考えていたのだけれど、まさか今井さんだったとは……。


「実を言えば高麗茶碗を欲していたのは今井殿だ。しかし千宗易殿はなかなか譲ろうとしなかった。そんな折、お吟殿とわしの婚姻が破棄されたのを知ったようで……」

「利用した、ということでしょうか。しかし坂城屋さんが従ったのはどういった理由からですか?」

「今井殿には商売での借りがある。それに堺での影響力は計り知れない。断れなかったよ。だから難癖を言ってお点前を貶すつもりだったが……料理が美味しかった」


 人間、美味しいものを食べれば不満はなくなる。

 ましてや偽物の怒りなど吹き飛んでしまうだろう。

 まあ横恋慕のことは怒っているかもしれないと思ったので、そこまで効くとは思わなかったけど。


「あの料理はどうやって作ったのだ?」

「南蛮の製法です。詳しくは申し上げられません。なにせ金で買い取ったものですから」

「ううむ、残念だ。茶懐石ゆえ量が少なかった。もう少しいただきたかった」


 厳格そうな見た目とは裏腹に素直な人柄だった。

 僕は「この件が終わったらまた茶を点てましょう」と言う。


「そのときは薄く茶を点てます」

「やはり茶が苦手なのを知っていたのか」

「商人で茶の湯に疎いとなるとそれしか理由が見つかりません」

「ありがたい……それで今回の件、どう決着をつける?」


 坂城屋と僕、両方の得となり醜聞が起こらない決着と言えば――


「和解したことにしましょう。茶席に感動して僕とお吟さんの婚姻を許したと」

「ほう。どう示す?」

「僕の親代わりになっていただきたい」

「なんだと?」

「僕には親がいません。ですので養子扱いしてくだされば角は立たないでしょう」


 坂城屋は「なるほど。確かに恥にはならないな」と面白そうな顔をしている。

 僕は「ここからが重要ですが」と敢えて笑ってみる。


「僕とお吟さんの祝言で多くの注目を集めましょう。そのときに宗匠の新しい茶器を披露するという段取りをします。坂城屋さんの本業の宣伝もします」

「…………」

「その勢いに乗れば坂城屋さんの商売にも良い影響が生まれると思います。いかがでしょうか?」


 腕組みをする坂城屋は「祝言を宣伝に使っていいのか?」と難しい顔になる。


「お吟さんにも認めてもらっております。そもそも坂城屋さんに恥をかかせたのは僕です。その償いはするべきでしょう」

「ふうむ……わしは構わない。よし、いいだろう」


 了承が取れたことで安心できた。

 これで宗匠の面目も立つ。


「ちなみに坂城屋さんの本業は何ですか?」

「ああ。玉薬を主に取り扱っている」


 玉薬って火薬のことだよな……。

 よし、こうしよう。

 僕は坂城屋さんにある提案を行なった――

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