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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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2/6

第二席 和敬清寂

 それから翌日。

 僕の心のうちと反比例するように澄み切った晴れの日だった。

 堺政所の代官である松井友閑まついゆうかんさんに事情を聞かれることとなった。

 別に僕は何者でもないのだけれど、空から落ちてきたとされているので事情を聞かれるらしい。


 一応、千宗易さんからは未来から来たことは話さないほうがいいと口止めされた。

 あまりいい印象を持たれないし、千宗易さんと違って簡単に信じてくれないのも理解できた。

 だから屋根から落ちたとするのがいいだろうというのが僕たちの考えだった。


 屋敷の大広間に案内されて、部屋の中央に座らされた。

 奥の上座から松井さんがやってくるまで僕は正座のまま待っていた。

 しばらくしてやってきた松井さんはつるつる頭の壮年の男性だった。

 千宗易さんと一緒の頭だなだと思っていると「そなたが空から落ちてきた者か」と柔らかい声で松井さんは話す。


「名はなんと申す?」

「藤田次郎でございます」

「そうか。しかし確かに妙な格好をしている。傾奇者かぶきもの……とは思えないが」

「えっと。僕は傾奇者でもなければ空から落ちてきたわけでもありません」


 千宗易さんが堂々と言ったほうがいいとアドバイスしてくれた。

 おどおどしていると余計なところを突かれるからだ。


「大勢の者が空から落ちてきたと言っているが」

「実は屋根から落ちてしまいまして。おそらく勘違いしたと思います」

「では何故、屋根から落ちたのだ? 昇った理由はなんだ?」


 ずいぶんと問い詰めてくる……


「頭を打ったせいか、よく覚えていません。まあ昔から高いところが好きで、理由もなく昇ることがあるので……」

「ふふふ。それで誤魔化せると思っているのか?」


 不敵な笑いで松井さんが言う。

 嘘をついているけど、誤魔化すって何だろう?


「そなたは間者ではないか? だから屋根に昇って商家の情報を盗み見るつもりだった。違うか?」

「かんじゃ? 僕は病人じゃないですけど……」

「そうではない。忍びではないかと聞いているのだ」


 忍びって忍者のことだよな……?


「あのう。忍びって屋根から足を滑らせて落ちたりするんですか?」

「たまにいる」

「いるんですか!?」

「未熟者は実戦によって鍛えられる。もっとも不出来な者は我らが捕らえて処刑しているがな。その奇妙な格好の意味は分からんが……さあ吐け。どこぞの間者だ?」


 もちろん僕はかんじゃではないし、ましてや未熟者の忍びでもない。

 しかし違うという証拠なんてない。そんなものどうやって証明するんだ?

 仕方ない、ここは千宗易さんが言っていたことを試すしかない!


「ぼ、僕は茶の湯ができます!」

「何? 茶の湯だと?」


 ぴたりと動きを止めた松井さん。

 疑うような目で「その歳でか? 商家の者か?」と問い詰めてくる。


「はい! 実は高名な千宗易さんに弟子入りしようと思いまして、泉州の堺にやってきました! 生まれはお、尾張国おわりのくにです!」

「……それにしては着の身着のままではないか。荷物など無かったぞ」

「荷物は山賊に盗られてしまいました! それを哀れに思った南蛮人の宣教師にこの服を譲ってもらいました!」


 上手い言い訳には思えないけど、千宗易さんが辻褄を合わせてくれると言ってくれた。だったら嘘をつき続けるしかない!


「ほう。ならば茶を点ててみせよ」

「えっ? 今ですか?」

「当たり前だろう。そなたが胡乱な者ではないとの証のためだ」

「しかし茶道具の持ち合わせがないんです」


 すると松井さんは「わしのを貸してやる」と得意そうに言う。


「稽古用のものがある。湯を起こさせる故、しばし待て」


 とんでもないことになってしまった。

 僕、この時代の作法なんて知らないぞ……?



◆◇◆◇



 というわけで絶体絶命のピンチに立たされたわけだけど、もうどうにでもなれというのが僕の気持ちだった。開き直ったと言ってもいい。


 戦国時代にやってきて千宗易さんに弟子入りするなんて、荒唐無稽な現実を受け入れられないのは当然だった。ある意味茶道部としては夢のような展開だろう。だけどリアルに考えればこれほどの地獄はない。


茶釜ちゃがまの湯が沸いたぞ。茶を点てよ」


 大広間に茶釜を置かれて、なつめ茶杓ちゃしゃく茶筅ちゃせんや茶碗など一通りの道具が用意された。

 稽古用と言っていたけど、現代からしたらとんでもない値段がつけられるぐらいの代物だった。ああ、緊張するなあ。


 正面に松井さんが座っている。

 僕の手前をどう判断するのか。もしも不手際があれば……考えたくもない。

 手が震える。どうしよう。


『茶道の教えに和敬清寂わけいせいじゃく、というものがあります』


 緊張の果てに思い出したのは、外部指導員の皆川先生の言葉だった。


『四つの茶道の精神を表しまして、和はもてなす側と客が心を一つにして仲良くなること。敬は互いに敬う心を持つこと。清は心と身体、場が清らかであること。寂は何事にも動じず心静かにあることです』


 今の僕を見たら皆川先生は困ったものだねと呆れるだろう。

 客に怯えて、客を敬わず、清らかさを忘れ、心を動揺させているのだから。

 和敬清寂を思い出せ。

 松井さんをもてなすことに全力を注ぐんだ!


「今から、一服差し上げます」

「ほう……」


 僕の変化を感じ取ったのか、松井さんが感心した声を出す。

 帛紗ふくさで道具を清めて、茶碗に柄杓ひしゃくでお湯を入れる。茶筅でかき混ぜた後、お湯を捨てる。

 こうして道具を温めた後、棗から茶杓で抹茶まっちゃを二杯ほど入れ、お湯を注ぐ。部活で何度もやってきた動作だ。自分でも淀みなくできたと思う。


 それから茶筅でお茶を点てる。しゃかしゃかといつもどおりの音が鳴る。

 僕が習っている裏千家はきめ細かい泡立ちが特徴だ。それを見た松井さんは不思議そうな顔をした。当時の茶の湯にはなかったかもしれないが、僕にはこれしかできない。


「どうぞ」

「……いただこう」


 茶碗を差し出すと松井さんはゆっくりと飲む。


「今まで飲んだことのない、軽い茶ではある」

「…………」

「しかし美味い茶だ。作法もそれなりにまとまっている」


 松井さんは「今、千宗易殿を呼んでくる」と言う。


「そなたの言うことが真実であるならば、宗易殿も承知のはずだ」


 その後、千宗易さんの言葉で僕の疑いは晴れた。

 これでようやく自由になれたわけだ。

 ほっと一息ついていると「藤田さま、わたくしの屋敷にお越しください」と千宗易さんは言う。


「そこでいろいろとお話ししましょう」

「そうですね。僕もいろいろと知りたいことがあります」


 今が天正三年ということは分かったが、それ以外日本のことは分からない。

 堺は安全なのかも知らない。あまりにも知識不足だ。

 だけど昨今の情勢を聞けば何とかなるかもしれない。


「詮議でお疲れでしょう。一先ずお休みになられてください」

「ありがとうございます。助かります」


 千宗易さんは優しげに言ってくれた。

 今はその言葉に甘えよう。


 千宗易さんの屋敷までに行く道中、堺の人たちに奇妙な目で見られた。

 昨日の出来事が広まっているのか、僕の格好がおかしいのか。多分両方だと思う。


「ここがわたくしの屋敷にございます」


 指さされたのは大きな屋敷だった。

 堺の商人で高名な茶人だからお金持ちなのかなと思ってしまう。

 表で千宗易さんを待っている人がいた。

 見るなり「お待ちしておりました」と頭を下げる。


「おや。そちらの……武家の方ですか?」

「いや違う。わたくしと共に茶の湯を学ぶ方である」


 その人も頭を丸めていた。

 さっきからお坊さんにしか会ってないなと思いつつ「藤田次郎です」とお辞儀をした。


「はあ。ご丁寧にどうも」


 その人はがっちりとした体格をしていた。

 浅黒い肌に芯の通った目つきで何より鼻が大きかった。


「私は山上宗二やまのうえそうじと申します」


 ああ、聞いたことがある。

 確か、千利休の弟子だった。詳しくは知らないけど、茶人なのだろう。


「藤田さま。宗二にはあなたさまのことを話そうと思います」

「良いんですか?」

「信頼できる弟子ですから」


 僕たちのやりとりに山上さんは不思議そうな顔をしていた。

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