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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第十五席 湯の水滴

 新しい茶器を創り出したい。

 それも茶入である。平蜘蛛や赤楽茶碗のように心ときめくものを創りたい。

 そんな欲が湯のようにふつふつと沸いてきた。


「というわけで相談したいんだ。いいかな?」


 相談相手に選んだのは長五郎だ。


「構わねえよ。あんたと俺は一蓮托生なんだからさ。だけどその前に一つ訊いていいか?」

「ああ。何でも聞いてくれ」

「……そこのおじいさん、誰なんだ?」


 長五郎に人差し指でびしっと示されたのは松雲さまである。

 まあここは堺にある松雲さまの屋敷だから当たり前なんだけれども。

 当人はのほほんと「おじいさんとは控えめな言い方だな」と笑っていた。


「場を提供しているのだ。居てもいいだろう」

「いやそうじゃなくて。あんたは誰なんだ?」

「松雲と申す。気安く松雲さまか松雲居士(こじ)と呼べ」

「全然気安くねえし、居士って呼ばれるほど徳が高そうに見えねえ」

「くっくっく。若いくせに言うじゃないか」


 会話を聞く感じ、相性は悪くないと思う。

 僕は「松雲さまにも話を聞いてもらいたいと思って」と明かした。


「こんなんでも茶の湯の名人だから」

「こんなんとは失礼だな」

「なんだよ。俺だけじゃ不足なのか?」

「三人寄れば文殊の知恵と言うから」


 いまいち納得していない風の長五郎だけれど「若き陶工よ」と松雲さまがにやにや笑いながら口を挟む。


「お前は陶工だ。ならば茶入を創るにあたってはお前の意見は貴重だろう」

「そりゃそうだ。俺が作るんだから」

「しかし、陶工ゆえに気づかないこともある」


 長五郎は眉をひそめて「何言ってんだおじいさん」と訝しげになる。


「他人の正目、ということもある。ま、わしは隠居の身だ。適当に口を出してやる」

「藤田のにいさんよ。文殊の知恵になんのか? 期待できねえけど」

「まあまあ。意見を出してくれるのは嬉しいじゃない」


 やんわりと言って話を進めようとする。

 納得していない長五郎と面白がっている松雲さまの組み合わせは案外悪くない。

 何故ならばいい考えは、突拍子もないところから出てくるものだからだ。


「それでどんな茶入を創りたいんだ?」


 不承不承な顔の長五郎が話を切り出してきた。

 松雲さまも興味深そうに見てくる。

 僕は懐から紙を取り出した。


「これは茶入の形を一覧にしたものだ」

「へえ。分かりやすいな」


 長五郎が感心する中、僕は三十の形を示した。

 肩衝かたつき茄子なす文琳ぶんりん文茄ぶんな丸壺まるつぼ瓢箪ひょうたん尻膨しりふくら芋子いものこ鶴首つるくび胴締どうじめ皆口みなくち広口ひろくち大海たいかい内海ないかい耳付みみつきかき半切はんきりうり弦付つるつき擂座るいざ餌畚えふこ鮟鱇あんこう手付てつき飯胴はんどう勢高せいたか車軸しゃじく水滴すいてき丸肩衝まるかたつき達磨だつま瓶子へいし――


「絵図を書けるのは素晴らしきことだ。大切に才を伸ばせよ」


 松雲さまが素直に褒めてきた。

 裏があるのかなと勘繰ったけど、表情を見るかぎりそうじゃないだろう。


「それでどの形を作るつもりなんだ?」

「いろいろ迷ったけどね。僕が最も心惹かれるのは――」


 僕はその形に指を置く。

 長五郎と松雲さまがグッと見つめてくる。


「――瓢箪だ」


 二人の反応は対照的だった。


「本気で言っているのか?」


 長五郎は微妙そうな顔をした。

 僕の正気を疑っているようだった。


「なるほどな。面白い」


 松雲さまは悪そうな笑みを浮かべていた。

 僕の発想を高く評価しているようだった。


「王道の茶入と言えば茄子か肩衝だ。それは疑いようのない事実だけど、僕の好みとしては瓢箪茶入なんだ」

「その理由はなんだよ?」

「瓢箪の形が水滴に似ていてさ。茶釜から垂れる雫のように思える」


 松雲さまは横になって「建前は良い。正直に申せ」とあくびをした。


「理由などなく、心惹かれたから創りたくなった……違うか?」

「…………」

「はあ? マジなのか?」


 呆れる長五郎に「茶器や茶道具ってそういうものじゃないか?」と開き直ってみる。


「自分が欲しいものを求める。それは数寄者や武家、関係なく人間なら当然のことだ」

「いや、分かるけどさ。でも瓢箪はないんじゃないか?」


 瓢箪茶入自体の数が少ないことから名物も限られている。

 逆に言えば傑作を創れれば名物になりえるとも言える。


「なら長五郎。君はどんな茶入を好むんだ?」

「普通に肩衝か茄子だろ。それか文琳」

「それだよ。みんなが普通に好むものを創っても面白くないだろう」


 もちろん、僕が瓢箪を好んでいることもある。

 それでも奇抜なものを創らないとつまらない。


「日の本をひっくり返すんだろう? 僕の目利きを信用できないのか?」

「そりゃあ信用している……でもよ、瓢箪茶入って作るの難しいんだぜ」

「なんだなんだ。できないって言うのか?」

「ふざけんな。できねえわけじゃない。ただ労力に見合うほどの価値があるのかって思うだけだ」


 疑うような目の長五郎に「ある。間違いなくある」と断言する。


「僕が考えている瓢箪茶入なら確実に名物となる」

「……自信満々だけどよ。俺はまだ信じられねえぜ?」

「形しか言ってないからな。他に大事なのは色だろう」

「……青磁せいじ、だな」


 僕が言おうとしたとき、松雲さまがぼそりと呟いた。


「青磁だって? そんな茶入見たことないぞ。おじいさん、耄碌したのか?」

「先ほど、藤田殿は瓢箪を湯の水滴にたとえた。ならばそれに近しいものを求めるはずだ。違うか?」


 ここまで言い当てられると気持ちがいいものだ。

 僕は「ええ。そのとおりです」と頷いた。


「青白い色合いが瓢箪の形とぴったりと合う。それに象牙の蓋さえあれば名物となりえる」

「おいおいおい。本気かよ……!」


 長五郎が震えている。

 怯えではない。

 これは興奮だった。

 目に炎が宿っている。


「そんなもん創れたら――日の本がひっくり返るじゃあねえか!」


 僕も思いついたとき、同じように興奮したのを覚えている。


「これは難しい注文だ……やってくれるか?」

「さっきも言ったろう。難しいけどできないことはねえ! やってやろうじゃねえか!」


 長五郎と知り合えてよかったと心から思える。

 僕は詳しいものを書いた紙を渡す――松雲さまに奪い取られた。


「何をなさるんですか?」

「染付けはどうする? ただの無地ではつまらないだろう」


 その点は抜けていた。形と色だけでは不十分である。流石、松雲さまだ。


「おじいさんの言うとおりだ。藍色で染付けすることも考えねえとな」


 感心する長五郎に「わしの考えを聞け」と松雲さまが言う。


「花の染付けをしてみるのはどうだ?」

「悪くありません。むしろ良いと思います」

「どんな花にするんだ?」


 松雲さまは「決まり切っているだろう」と身体を起こして言う。


青磁瓢箪茶入せいじひょうたんちゃいれに合う花と言えば――藤の花だろう」

「藤の花……ああ、藤田次郎にもかかっているのか」

「そのとおりだ。せいぜい出来の良いものを創れよ」


 やはり松雲さまがいてくれて良かった。

 僕は「ありがとうございます」と真の礼を取った。



◆◇◆◇



 信長の下に帰る前に、宗匠に挨拶しようと屋敷に向かう。

 すると玄関で使用人たちが騒いでいた。

 せっかく凄いものを創れると報告しようと思ったのに。


「どうかしましたか?」

「えっ? 藤田さま? お久しぶりです……大変なんですよ!」


 見知った女中さんが僕に駆け寄ってくる。

 下男たちも寄ってきた……なんだろう?


「お吟さまがいなくなったんですよ!」


 女中さんが大声で喚く。


「いなくなったって……誘拐されたんですか?」

「違います! 家出なさったんです!」

「そんな、どうして……」


 女中さんたちも混乱しているけど、僕も戸惑っていた。

 すると屋敷の中から「藤田さま。これはとんだところを見せてしまいました」と穏やかな声がした。

 宗匠である。みんなが慌てふためいているのに平静のままだった。


「宗匠! お吟さんが――」

「全て、わたくしのせいなのです」


 宗匠は目を背けた。

 実に言いにくそうな表情だった。


「まさか、藤田さまをお慕いもうしておったとは……それなのに、嫁がせようなどと……」

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