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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第十一席 天下人の特権

「なんで断ったんだよ。良い話じゃねえか」

「断ってない。宗匠に話をしておきたいから待ってくださいって言っただけだ」


 妙覚寺の一室で僕と長五郎は信長とのやりとりについて話していた。


「なら受けるのか? あんたの顔にはそうじゃないって書いてあるぜ」


 貰った金塊を両手で玩ぶ長五郎はえびす顔だけど、おそらく僕は渋った顔をしているのだろう。

 そりゃあ傍から見れば願ってもない話だ。飛びつかない人間はいない。


 信長の同朋衆となればそれなりの給金や米をいただけるだろう。

 それに同僚には才気あふれる者も多い。茶の湯の参考になるのは間違いない。

 いい暮らしもできるし名誉も手に入るかもしれない――けれど、仕えるのが信長なのはどうだろうか。


「短気で癇癪持ちって源五郎……さまも話していたし、そんなところで働くとなると命が足りないよ」


 僕の待ってほしいという返答を聞いて信長は「であるか」と言って早々に立ち去ってしまった。

 その後、源五郎さんからいろいろと聞いていた。。

 粗相を犯した小姓を自ら手打ちにしたとか。

 信長の留守中に気を許して怠けていた者を打ち首にしたとか。

 ブラック企業のパワハラ上司を優に超えている処分だ。


「それは小姓や女房衆の話だろ」

「もしも僕が斬られたら日の本はひっくり返せないぞ。どうするんだ?」


 長五郎はのんびりとした口調で「俺の考えはちょっと違うぜ」と否定した。


「同朋衆になれば俺たちの野望に近づくってもんだ。天下人の側に仕えられるんだぜ? 好機どころの話じゃねえ、一生であるかどうかだ」

「……ずいぶんと前向きだな」

「それに千宗易の庇護から離れられるじゃねえか」


 離れられるとはあまり良い言い草じゃないけれど、ちょっとの働きで屋敷と食事の面倒を見てくれるのは心苦しいと思っていた。

 しかし、せっかく茶道の大家である宗匠の弟子となったのだ。もったいない気がする。


「まだまだ修行の身なんだ。もっともっと宗匠に教えを請いたい」

「ガキかよ。もういい年になったんだろう? いつまでも居候決め込んでんじゃねえ」


 居候と罵られて平気でいるほど僕の面の皮は厚くない。

 かといって信長の家臣となる勇気もない。


「それじゃこうしようぜ」


 金塊を畳の上に置いて、長五郎は真面目ぶった顔で「千宗易に聞こう」と提案した。


「同朋衆になっていいですかって訊くんだ。返事次第で決めればいいさ」

「馬鹿な。もしも宗匠が断ってくださいって言ったらどうするんだ? 織田さまの顔に泥を塗ることになるんだぞ。宗匠に処罰が下ったら――」

「それこそ馬鹿なこと言っているぜ。千宗易が織田の殿様に仕えるのはやめろって言ったのを素直に話さなきゃいいだろ。全部、あんたが考えたことにしろよ」

「じゃあ宗匠に訊く必要ないじゃんか!」


 思わず怒鳴ると「あんたに残された道は一つしかないんだよ」と長五郎は再び金塊を取って僕に見せてくる。

 怪しげに輝いている――だけど平蜘蛛や赤楽茶碗みたいに心ときめかない。


「俺が金を受け取っちまったことと同じように、あんたも織田の殿様に誘われた時点で選択肢はないのさ。はなっから断れない。提案ですらない。命令なんだ。同朋衆になるしかないんだよ」

「…………」

「それが天下人の特権ってやつだ」


 悔しかったら日の本をひっくり返してみやがれ、と長五郎は締めくくった。

 まあ何者でもない、ただの茶道部員だった僕に抗う術はない。それは分かっている。


 いろいろ言ってみたけれど僕が同朋衆になるのは確定のようだ。

 信長の短気で癇癪持ちな性格を考慮に入れても良い話だろう。

 だけどだ。そんなことよりもずっと重要なことがある。


 信長の側に仕えること。それはすなわち行動を共にするってことだ。

 本能寺の変、どうしよう……。



◆◇◆◇



「ほう。それは良い話ですね。ぜひとも織田さまのところへお行きなさい」


 堺の屋敷に戻って宗匠に話をすると喜んで応援してくれた。

 あの信長の命令には逆らえないのは当たり前だ。

 だからこその反応で正しいとしか思えなかった。


「僕はまだ宗匠の下で茶の湯を勉強したいのですが」

「おや。自らお断りになられると?」


 意外そうに目を細める宗匠に、いっそのこと未来のことを明かそうが悩む。

 そのときだった。宗匠の目に暗いものを感じた。

 いや、暗いというより、黒そのものだ――


「……どうかなさいましたか、藤田さま」

「あ、え、その、なんでもないです」


 何とも言えない不気味さだった。

 今まで宗匠に接してきた中で初めての感覚だった。

 そのせいか、本能寺の変のことは言えなかった。


「そういえば、今焼の赤茶碗をお使いになられたようですね」

「ええまあ。長五郎という若者が作りました。まあ彼は長次郎さんの真似をしたんですけど」


 赤楽茶碗という言い方はまだしていないようだ。

 宗匠は「わたくしの理想とする茶碗ではありませんが」と言う。

 いつもどおりの穏やかな顔だ。


「藤田さまならば至高のものへと昇華なさるでしょう。長次郎殿に書状を送ります。その長五郎なる者に窯を使わせるようにと」

「ありがとうございます。助かります」

「それとわたくしは藤田さまが望むのであれば師として居続けます」


 宗匠は「織田さまの下でも頑張ってください」と頭を下げた。

 その度量の深さがありがたかった。


「宗匠には感謝しかありません。未来から来たと信じてくれたのもそうですが、生活の世話までしてくださって助かりました」

「いえいえ。こちらこそ学ばせていただきました」

「そして何より、茶の湯を教えていただいたことは僕の人生の中で最良の日々でした」


 僕もまた頭を下げる。


「それでは、行ってまいります」

「ええ。行ってらっしゃいませ」


 その後、山上さんの家に行って事情を話した。

 初めは驚いていたけど、全てを話し終えると納得してくれた。


「そうか。寂しくなるな」

「山上さんには無作法を直していただきました。それに名物についても教えてくださりました。本当にありがとうございます」

「織田さまは厳しい方と聞く。耐えるべきときは耐えるのだぞ」


 ぽんっと肩に手を置いて力強く見送ってくれた。

 涙が出そうだったけど何とか堪えた。


 宗匠の屋敷に戻り部屋の片づけをしてから、京へ戻る準備をしてさあ出発だと思っていると「父上から聞きました。出て行かれるのですね」と玄関で声をかけられた。

 お吟さんだった。悲しげな顔で僕を見つめている。


「ああ、お吟さん。会えないかと思っておりました――」

「お別れの挨拶など要りません。悲しくなるだけですから」


 そっぽを向いてしまう。

 それなりに仲良くやってきたつもりだから、そんな風にされると悲しくなってしまう。


「すみません、突然になってしまって。きちんとお別れするべきでした」

「そんな今生の別れみたいなこと、言わないでください」

「僕がいなくなったら寂しいですか?」


 お吟さんの目からぽたぽたと涙が流れた。

 あ、泣かせてしまった。


「当たり前です……寂しいに決まっているじゃないですか……」

「……ごめんなさい」


 お吟さんは「絶対に許しません」と涙を拭って僕を睨みつける。


「責任を取ってもらいます」

「何をすればいいんですか? 僕にできることならします」

「――私、待っていますから!」


 お吟さんは顔を真っ赤にして大声で喚いた。


「藤田さまが帰ってくるまで、私は祝言を上げませんから!」

「……えっ?」


 呆然としているとお吟さんはくるりと立ち去ってしまった。

 いつフラグ立ったんだろう?

 それと同時にあの真っ赤な顔は赤楽茶碗の参考になるなあと思った。

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