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ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです  作者: 橋本洋一


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第十席 妙覚寺にて

 源五郎さんの行動力は半端なく、あれよあれよと十二月の終わる寸前に、京の妙覚寺みょうかくじで『兄上』と会うことになった。

 強引なやり方だが、そうまでして僕を会わせたいのかと思うと興味が湧いてきた。

 はたしてどんな人なんだろうか?


 それにしても、源五郎さんは何者なんだろうか。

 まず織田家の人間というのは想像がつく。明智さんと親しいというか顔見知りな時点でそうだろう。

 逆に明智さんの家臣や家族ではないのは言葉の端々で分かった。家臣にしては上からだし、家族にしては他人行儀だ。


 おそらくは織田家の一族だとは思うけど、肝心の『兄上』が誰なのかまったく予想がつかない。

 まさかあの織田信長なわけないよな?

 だって僕みたいなどこの馬の骨か分からない者に会うほど暇じゃないだろうし。


 そうそう。これは戦国時代に来たときに知ったのだけど、武士は寺によく泊まるらしい。現代のホテルの感じに似ているのだ。だから妙覚寺も同じく武士が寝泊まりしていた。まあ格式の高い寺院だからそれなりの武士ではないといけないけど。


 さて。妙覚寺の一室で僕は源五郎さんと一緒に『兄上』を待っていた。何気ない会話をしつつ――職人の長五郎の話題を出した――今か今かと緊張していた。

 すると外から「源五郎さま、かの方がご到着されました」と声がした。


「おおそうか。通してくれ」


 鷹揚に笑う源五郎さん。

 それから僕に「くれぐれも無礼な口を叩くなよ」と釘を差してくる。


「兄上は短気で癇癪持ちだからな。ちょっとしたことで首を刎ねられるぞ」


 そんな人を紹介しないでほしい。

 宗匠が許可を出してくれなかったら断れたのになあとボヤきたい気分だ。


 上座にいた源五郎さんが席を空けて、僕の隣に並ぶ。敬意を払っているだけじゃない。傍若無人な源五郎さんから『兄上』に対する畏れを感じた。


「――よう源五郎。その者が件の茶人か」


 すらりと刀を抜くようにふすまが開かれた。

 同時に抜き身の刀を突きつけられた気分になる。


 入ってきたのは美形でありながら険しい顔つきをした初老の男性だった。

 源五郎さんとよく似た顔立ちではあるが、目つきが鋭くて口元もキツく結ばれている、武将そのものという雰囲気の人だった。


 きらびやかな衣装を身に纏っている。唐草模様の上着にえんじ色の袴。源五郎さんと一緒で指輪とピアスをしているが、どこか禍々しいものを感じる。大名とか領主とかを超えた魔王の印象を受ける。


 見た瞬間、殺されるかもしれないと身震いしてしまう。

 何か言われたわけでもない。何かされたわけでもない。

 ただこれから何か恐ろしいことをされる――そう考えてしまった。


「そのとおりです、兄上。こちらがあの藤田次郎です」


 僕に対する態度と打って変わって、へりくだった口調になる源五郎さん。

 僕は慌てて「お、お初にお目にかかります」と頭を下げた。


「ふ、藤田次郎――」

「知っている。不要だ」


 早口で遮って早足で上座に座る。

 時間がないのか、それともせっかちな性格なのかは判断つかない。

 確かに短気で癇癪持ちのようだと思う。


「十兵衛も大層褒めていた。ふん、その若さでたいした奴だ」

「はあ⋯⋯」


 十兵衛って誰だろう?

 順当に考えれば明智さんのことだろうけど、織田家の家老を気安く呼べるなんて――


「あのう。あなたさまはもしかして⋯⋯?」

「なんだ源五郎。こやつ俺を知らんのか」

「ええ。そのほうが面白いと思いまして」


 初老の男性は「相変わらず酔狂な野郎だ」と笑わずに呟く。


「ならば名乗ろう。俺は織田内府である」


 ナイフ⋯⋯?

 一瞬、訳がわからなくて次の瞬間で気づく。

 山上さんから聞いていた。織田信長が内府、つまり内大臣に就任したと――


「織田、さま⋯⋯」

「ふん。茶を点てた後に言うべきだったか。これではろくな茶も飲めん」


 鼻を鳴らす信長の言葉を聞いて、何故か心がざわつくのを感じた。

 理由は分からない――嘘だ。本当は分かっている。

 茶人として侮られたのにカチンと来たからだ。


「お言葉を返してもよろしいでしょうか、織田さま」


 退座しようとする信長――勇気を振り絞って止める。

 ああもう。このまま呆れられて帰ってもらったほうが助かるのに。

 茶人としてのプライドが許さない。


「なんだ言ってみろ」


 浮かした腰を下ろす信長に半ば自棄になって「驚いたのは事実ですが」と素直に白状する。


「それが一座建立を妨げるとは僕は思いません」

「遠回しな言い方はよせ。貴様は何をしたい」

「一服差し上げたいと思います」


 淀みなく言えたのは自分でも褒めてあげたい。

 もしも噛んでしまったら帰られるどころか首を刎ねられたかもしれない。


「ほう。無作法があればなんとする?」

「織田さまのお気に召すままに」


 生殺与奪の権利をあの信長に渡すなんてどうかしている。

 だけどその覚悟がなければ――もてなしなどできないだろう。

 それどころか茶人としての明日はない。


「源五郎。先ほど酔狂と言ったが撤回する」

「はっ。なにゆえでございますか」


 涼しい顔の源五郎さんの芝居のような返しに「貴様以上の酔狂――いや面白き者を見つけたからだ」と信長は大仰に返す。


「ではさっそく茶を点てよ」

「一つわがままをよろしいでしょうか」

「……何を願う?」


 僕は真の礼をしつつ「一刻ほどお時間いただきたく存じます」と頭を下げた。


「必要な茶器がありますので、それを取りに参ります」

「ほう。その茶器は唐物か、それとも高麗か」

「どちらでもございません」

「⋯⋯なんだと?」


 訝しげに眉をひそめる信長に堂々とした態度で僕は言い放つ。


「今まで見たことのない今焼です。織田さまのお目に適えば何よりの幸せでございます」



◆◇◆◇



 使者を出すより自分で行ったほうが早かった。

 長五郎に事情を話すと「すげえ好機だな」と息を飲まれた。


「試作とはいえ、あの織田の殿様に出されるなんて。やっぱり俺の目に狂いはなかったぜ」

「それは茶器のことかな?」

「あんたのことだよ。言わせんな恥ずかしい」


 せっかくだから長五郎も一緒に来てもらうことにした。

 僕よりも度胸があるからか「ああ行こうぜ」とあっさりと請け負った。


「織田の殿様に会えるなんて光栄だしな」

「くれぐれも無礼な真似しないでくれよ」


 そして半刻で戻って、準備を整えて信長を招き入れる。

 持ってきた茶器――赤楽茶碗をひと目見た信長は「ほう⋯⋯」とだけ言った。

 それが感心したのか、不興を買ったのかは判断つかない。


 茶の湯の作法に加えて裏千家の茶の点て方――泡立ちを多めにする――で信長に差し出した。赤い器に抹茶の緑が映えて美しい。


「⋯⋯軽やかで美味い茶であった」


 その言葉に同席していた源五郎さんはホッとため息をついた。

 しかし僕は安心なんてできなかった。

 たった一つのミスで僕の首はない。


「千宗易は果報者だな。出来た弟子を持っている」


 褒められた――その事実が僕を有頂天にさせた。

 緊張感を保たなければならないのに、顔に笑みが広がる。

 しまった、と思ったときは信長に見られていた。


「褒められて嬉しいか」

「失礼いたしました。まだ僕は若輩者でございます」


 無難に答えられたが「年相応で悪くない」と信長はにやりと笑った。

 初めて見た笑顔だ。


「その茶器も気に入った。それを作り出した者をいると聞く。呼んで参れ」


 すぐさま長五郎が呼び出された。

 流石に信長から出る覇気のようなものに圧されているのか、汗が噴き出している。


「藤田次郎と長五郎。貴様たちの茶の湯と茶器、見事である。褒めて遣わす」


 僕と長五郎は頭を下げた。

 信長は「褒美をくれてやる」と続けて言った。


「長五郎には金をやろう。そして藤田次郎、貴様は――」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 心臓が飛び出そうだ。


「俺の家臣にしてやる。同朋衆どうぼうしゅうとして仕えるがいい」

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