第九席 南蛮趣味
十二月の寒い夕方のときだった。
自室でぼんやりと長五郎に作らせたい茶器のことを考えていると「藤田さま、よろしいですか」と外から宗匠の声がした。いい考えが浮かばなかったなあと思いつつ、僕はふすまを開けた。
「はい、宗匠。どうかなさいましたか?」
「藤田さまに折り入って頼みたいことがありまして」
なんだろうと思いつつ、中へ招き入れると「とある方に茶を点ててもらえませぬか」と宗匠は穏やかな笑みで言う。
「茶席ということですね」
「ええ。きっと藤田さまならばその方を十二分にもてなすことができましょう」
「いいですけど、その方は何者ですか?」
「素性は申し上げられません。しかし武家の方とだけ言っておきましょう」
やけに秘密めいているなあ。
それでも先にいいですと言ってしまったのでやるしかない。
僕は「分かりました」と頷いた。
「茶道具はお貸しいたします。お好きなものを選んでください」
「何から何まですみません。それでいつその方はいらっしゃいますか?」
「早くて二日後、遅くて三日後でございます」
ということは遠方から来るみたいだ。
まあその間なら茶懐石や茶道具選びに余裕があるだろう。
「それではお頼み申し上げます……ああそうそう。その方は南蛮趣味でございます」
南蛮は海外のことだ。宣教師たちがやってきてキリスト教の教えや文化を広めている。
そういえば堺には商館があったはずだ。何かいいものがあれば買ってみよう。
「ありがとうございます。ではさっそく準備に取り掛かりますね」
「ええ。期待しておりますよ」
宗匠が去った後、お金の用意をして出かけようと玄関まで歩く。
すると「どこかへお出かけですか?」と声をかけられた。
お吟さんである。真っ赤な和服を好んで着ているので、赤楽茶碗を思い出してしまう。
「ええ。茶席を頼まれましたのでその準備に行きます」
「これは間が悪かったですね。少し話したいことがありましたのですが」
「別に急いでいるわけではありません。なんでしょうか?」
お吟さんは「たいしたことではありませんが」と断りを入れてから話し出す。
「最近、眠れていますでしょうか? 目の隈が酷いですよ」
「……ああ。そうですね」
昼間は宗匠の仕事を手伝っているので、なかなか茶器の絵図が描けない。
だから真夜中に考えるしかないのだけれど、それで睡眠時間が短くなっていた。
「小者たちが話しておりました。藤田さまの部屋はいつも明るいと」
「申し訳ありません。貴重な油を使ってしまって」
「いえ。私が言いたいのはそうではありません。藤田さまのお身体が心配なのです」
目を潤ませながらお吟さんが訴えかけてくる。
心配かけるのは忍びないけど、今大事な時なんだよな。
一月に長五郎のところへ行く約束しているのに、まだ良案ができていないのだ。
「身体は大丈夫です。夜中まで勉強するのは慣れていますから」
「勉強なさっているのですか?」
「えっと。新しい茶器を考えているんですよ」
僕は長五郎の話をすると「だからと言って酷使するのはいかがなものでしょうか」と困ったように眉を八の字にするお吟さん。
「せめて朝早く起きて行なうのはどうでしょうか?」
「そうですね。油ももったいないですから。お吟さん、気にかけてくださってありがとうございます」
頭を下げると「余計なことを申してしまいました」と頬を赤くする。
怒っているのかな? と思ったけど謝ってきたのだからそれはないだろう。
「長々と失礼しました。ご自愛くださいませ」
お吟さんと別れた後、商館に向かう。
おお、これは凄いものだというものを見つけて、ついでにお吟さんへの手土産として金平糖も購入する。後で渡したら顔を真っ赤にして「ありがとうございます」とお礼を言われた。
そのときの表情が赤楽茶碗と合う気がしたのでさっそく絵に残した。
良いインスピレーションが生まれたから買ってよかったなと思った。
◆◇◆◇
宗匠の茶室を借りて準備を整えた翌日、その方はやってきた。
二十代後半ぐらいで、かなりの美男子である。
鼻がとても大きいけど、それがまた均整が取れていた。
馬から下りて、僕に近づくと「おお。お前が噂の有望株か」と軽い感じで話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。藤田次郎と申します」
礼に則ってお辞儀をすると「そう硬くなるな」と肩をにぎにぎされた。
よくよく見ると服装がかなり派手だ。紫と緑を合わせた珍しい色合いをしている。ネックレスだけではなくピアスまで付けていた。戦国時代にもあったんだっけ?
「あのう。有望株とはどういうことでしょうか?」
「明智殿から聞いているぞ。素晴らしい茶人だってな。あの人が褒めるなんて珍しいと評判だったぞ」
紫陽花のことを言っているのかな?
半年前だけど覚えていた。自分でも上手く生けられたと思ったからだ。
「ありがとうございます。では立ち話もなんですので、お茶を点てましょうか」
「ああ、そうしてくれ。うう、寒いな」
「こちらをどうぞ。少しは暖まると思います」
そう言って布でくるんだ温めた石を手渡す。
即席のカイロみたいなものだ。
「おお。気が利くじゃないか。これは茶席が楽しみだな」
「用意いたします。しばらくお待ちください」
茶懐石を用意している間に気づいたけど、そういえば名前を伺っていなかった。
自分から名乗らなかったし、僕が名乗っても言わなかった。
だけど明智さんの名前を出したことからそれに関係する人なんだろうなあってことは想像できる。
でもまあ余計なことを考えずに一座建立を楽しもう。
茶席とは身分関係なく心を通わせられる場なんだから。
「藤田。この掛け軸はなんだ?」
茶を点てようとしたとき、掛け軸を指さされた。
そこには日本語が書かれたものではなく、西洋画が掛けられていた。
しかも日本人には馴染みのない西洋バラだ。
「南蛮人の商館で購入したものです。見事な絵だと思い飾りました」
宗匠から借りた茶道具と茶器もその絵に合わせて明るいものを選んだ。
侘び数寄とは程遠いけれど、たまにはこういう趣向もいいだろう。
「ふふふ。何とも華やかな茶席だ。これはいい」
青井戸茶碗を置くと、すうっと作法に則って茶を飲んだ。
惚れ惚れとする。思わず目を奪われた。
「俺の男ぶりに惚れたか?」
「いえ。僕はその気はありませんので」
茶碗を返されて「昼で良かったな」と笑われた。
「夜の花は毒を吐く。それは決して望まないだろう」
「甘い毒なら飲んでみたいとも思いますね」
つい軽口を叩いてしまう。
先ほど会ったばかりなのにと思うけれど、それがこの方の人徳のなせる技なのかもしれない。
もてなすつもりが、もてなされてしまったようだ。
「お前は俺のことを詮索しないのか?」
ふいに話しかけられた――僕は「気になりますね」と答える。
「しかし宗匠が明かさなかったことを汲み取れば、あまり好きじゃないと思いまして」
「出来た弟子だな」
「それで今は聞いてもよろしいのですか?」
自分から話題に出したのであれば聞いてもいいのだろう。
「ああ。俺は源五郎という」
武家なのは分かっている。
姓を名乗らなかったのはまだ僕を信用していないのだろうか。
「今回の茶席は見事だった。期待していた侘び数寄とは違っていたがな」
源五郎さんは不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。お前を兄上に紹介しよう。きっとお気に召されるだろう」
「源五郎さんのお兄さんですか? では宗匠に――」
「後で言っておく。年が明ける前に行かねば。急ぐぞ」
強引な人だなあ。
いやフットワークが軽すぎるのだろう。
「源五郎さんのお兄さんってどんな人ですか?」
「会ってからのお楽しみ……と言いたいが一つだけ言っておく」
にやにやと笑うその姿は、あの松永さんと違っていやらしさはないけれど、いたずらっ子のように思われた。
「自他に厳しい方だ。もしも勘気をこうむることがあれば……首がつながっているか分からんな」




