096話 竜の迷宮 前編ーー魂を宿す器を求めて
テーブルには透明な魔酒《炎王》が並び、観客たちが「おおっ」と歓声を上げる。
バッカスは一杯目からごくごくと飲み干し、アスタロスも負けじと続いた。
「ごぶっ……まだだ……まだイケる!」
アスタロスは魂が抜けそうな声で虚勢を張る。
「ほれほれ、どうした兄ちゃん? 顔が真っ赤じゃぞ!」
周囲は大盛り上がり。
デュラは「もう止めておけ」と言ったが、アスタロスは耳を貸さない――
「ううっ……」
「ほれ、フィニッシュじゃ!」
どさり、とアスタロスがテーブルに突っ伏した。
バッカスは豪快に笑う。
「はーっはっは! ドワーフに酒で勝つ? 百年早いわい!」
「しゅ、しゅまねぇ……ライカ」
もはや口が回っていない。
ライカが深いため息を一つ。
「……ま、仕方ねぇさ。牛チチしか取り柄のねぇやつだからな」
「そうじゃの……ただの脳筋バカじゃからの」
散々な言われようのアスタロスに些か同情しながらも、彼女はまだ諦めていなかった。
「あの……アレフお兄ちゃん。アスタロスさんの戦斧を作ってくれた赤髭のドワーフさんに頼んじゃだめ……かな?」
ライカの言葉に、バッカスの耳がピクリと反応する。
「なにぃ? 赤髭のドワーフの鍛冶師だと?」
バッカスは鼻で笑いながら、アスタロスの背中に背負われた戦斧に目をやった――
次の瞬間、その瞳が驚愕に見開かれる。
「お、おい……こいつを作ったのは、まさか“魔法都市の鍛冶師”じゃあるまいな!?」
ライカが頷くと、バッカスは一転、真顔になり――やがて、深く息を吐いた。
「……こいつぁ驚いた。まさか、あの頑固ジジイの”お気に入り”だったとはな」
「お気に入り?」
「そうじゃ。製作者の横に、あのジジイの髭みてぇな、炎の刻印があるだろ? ジジイ……いや、師匠は気に入った者にしか、その印を刻まねぇ」
アレフたちは顔を見合わせ、そして静かに頷いた。
「ということは……?」
「……いいだろう。嬢ちゃんの望み、叶えてやる」
バッカスがそう答えた次の瞬間、ライカは満面の笑みを浮かべ、アレフに飛びついた。
*
魔導具専門店の倉庫ーー
「……嬢ちゃんの望みを叶えるには、ちと厄介な代物が要るんじゃ」
バッカスはそう言って、棚の上から分厚い設計図を取り出した。
皺だらけの指で広げると、そこには精緻な魔導回路と、“核”を中心とした構造が描かれている。
中央部には、まるで瞳のような球体――“空欄”が残されていた。
「この部分に入る素材が、どうしても手に入らんのじゃ。普通の魔導核じゃ駄目だ。魂を受け入れられるだけの“魔力”を持つ、特別な石――竜玉が必要なんじゃよ」
「竜玉……?」
ライカが息を呑む。
シノが静かに補足した。
「竜族は、生来体内に魔力を生み出す特異な器官を持っておるのじゃが、 その魔力を留めておくのにも限度があるわけじゃよ。
過剰な魔力は定期的に消費せねばならん。 さもなければ、魔力の暴走――いわゆる魔力中毒を引き起こしてしまうのじゃ。そこで、余剰分の魔力を塊として吐き出す。それが――竜玉じゃ」
バッカスは頷く。
「その通り。わしの師匠――“魔導工匠レオン・グレイモンド”でさえ、数えるほどしか扱ったことのない理想の素材じゃ。
だが数年前に突然、竜玉の採掘は禁止されちまった。今じゃ、滅多に出回らねぇ禁制品よ」
「突然……? これは、何か裏がありそうですね」
ジェームスが唸る。
バッカスはジョッキを回しながら苦笑した。
「まぁ、そうだろうな。だが、国が決めたことには逆らえん。わしがしてやれるのは、場所を教えてやるくらいじゃ」
アレフの視線が鋭く動く。
「場所を?」
「ああ。――マージラル西方の山岳地帯、“グラナス山系”。そこには、狂暴な竜の巣がある。そいつの亡骸の中に、未だ竜玉が残っとるはずじゃ」
「……まさか」
アレフが眉を上げた。
「レッサードラゴンの巣だと? 今じゃ“迷宮”と化してるって噂の――」
「ほう、よく知っとるな」
バッカスの声に、アレフたちのざわめきが一瞬止んだ。
「朽ち果てた竜の残滓が、あの山の地下に広がっとる。竜の亡骸と、呪詛の迷宮が融合した“狂気の地”じゃ。
だが、竜玉を得るには――そこへ潜るしかない」
「……また迷宮かや」
シノの口元が苦く歪む。
ライカが拳を握りしめた。
「でも、それを手に入れなきゃ、グリモワールは……」
『構わないわ。危険なら、わたしのことは――』
「言うな」
アレフの声が、静かに遮った。
「お前の存在を“危険”って言葉で切り捨てたくない。それと、勘違いすんな……これはライカのためだ」
グリモワールの半透明の表情が、一瞬だけ揺らぐ。
ライカは触れられないと知りつつ、そっと精神体に手をのばした。
――その様子を、バッカスは少し遠い目で見ていた。
やがて、ゆっくりと語り出す。
「……わしの師匠もな、かつて“魂を持つ機械”を造ろうとしとった。 だが、完成の直前、“聖浄の神殿”から“異端技術”として弾圧を受けた。
彼はそれでも諦めんかった。結果、研究所ごと焼かれて……今の鍛冶職人になったのじゃ。 そのときの助手が、若かったわしじゃ」
「……」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「そのとき誓ったんじゃよ。――“魂を持つ器”を、いつか完成させるってな。 だが結局、わしも半端者のまま、酒でごまかしてきた。……嬢ちゃん、お前らの願いを聞いて、ようやく師匠の言葉を思い出したわい」
そう言って、バッカスは立ち上がる。
豪快な笑みを浮かべながらも、その瞳には確かな決意が宿っていた。
「よかろう。竜玉を手に入れたら、わしがこの手で“器”を完成させてやる。 師匠の無念も、お前らの願いも、一緒にな」
「バッカスさん……」
ライカの声が震える。
アレフは静かに頷き、手を差し出した。
「約束だ。俺たちが竜玉を持ち帰る。だから、あんたは――グリモワールの“居場所”を造ってくれ」
「おうともよ。約束じゃ、若造」
二人の手が固く結ばれた。
翌朝。
マージラルの空は、灰色の雲に覆われていたが、街の塔の光は変わらず強く輝いていた。
準備を整えたアレフたちは、門の前に立っていた。
「行き先はグラナス山系。レッサードラゴンの巣“でございます」
ジェームスが地図を確認し、アスタロスが頷く。
「竜玉を手に入れりゃ、グリモワールは本当の意味で“嬢ちゃんの力”になれる。やるしかねぇな」
『……あなたが所有者になってくれて、本当に良かったわ』
グリモワールの声が、淡く響く。
ライカは微笑んで言った。
「お礼は、戻ってからでいいよ。帰ってきたら一緒にお茶しようね」
「ふん、茶なんかより酒だ」
アスタロスが笑うと、デュラが肩を叩いた。
「どらでも構わぬが、まずは生きて帰ることだな」
アレフは振り返らず、灰色の空を見上げる。
「行こう。――竜玉を手に入れる」
風が唸り、蒸気塔が遠くで鳴動する。
その音は、まるでこの街全体が彼らを送り出すかのようだった。
こうして、アレフたちは再び迷宮の影へと歩み出す。
“魂を宿す器”を完成させるために。
そして――グリモワールに“生”を与えるために。
次回タイトル:097話 竜の迷宮 中編――生き続ける死




