095話 魔導工学の街マージラル
アレフたちが次に目指すのは、嫉妬の神器が眠る「A」ランクダンジョンのはずだったのだがーー
ライカの希望で、急きょ“魔導工学の街マージラル”に向かうことになる。
その目的は、グリモワールの精神体の器を見つけるためだった。
そして数日後、アレフたちは魔導工学の街マージラルに到着する。
歯車と魔力の唸る音が、街の至るところから響いていた。
王都ルクレシアを発って十日、アレフたちは、ついに軍事国家ヴィクターにある魔導工学の中心地――マージラルの街へと辿り着いた。
街を覆う空は煤けた灰色。
けれどその曇り空の下では、巨大な魔導炉が唸りを上げ、塔の頂から放たれる魔力光が昼夜を問わず輝いていた。
石畳の大通りを歩けば、行き交うのは白衣の魔導技士や、半分金属の義肢を持つ職人たち。
浮遊車や自走式搬送機が行き交い、まるで街そのものが一つの巨大な魔法機構のようだった。
「……すっげえな、こりゃあ」
アスタロスが目を丸くして頭上を仰ぐ。
頭上には、魔力で動く巨大クレーンが、鈍く光る鉱石を吊り上げていた。
「わあ……さすが“魔導工学の街”って感じだね。理論と魔術が合体してるみたい」
ライカが目を輝かせる。その腕に抱えられたグリモワールが、ぼんやりと青い光を放っていた。
『……この街の魔力、興味深いわね。流れが滑らか。まるで“回路”のように循環してる』
淡い声が響く。
姿のないはずのグリモワールの精神体が、ライカの肩の辺りにふわりと現れた。
半透明の女性の姿――理知的で美しい面立ちをしているが、どこか儚げだ。
「グリモワール、どうしたの?」
『……この街なら、わたしの“器”が見つかるかもしれない。魔力と機構を融合させる技術なら、精神体を物理に固定できる可能性があるわ。』
その言葉に、アレフは頷いた。
「じゃあ行くか。お前の“居場所”を探すんだ」
目的はただ一つ――
グリモワールの精神体を、安定した“器”に定着させること。
アレフたちは、そのためにこの街に来たのだった。
街の中心部にある魔導具専門店は、マージラルでも指折りの老舗だった。
天井まで積み上げられた歯車、魔力導線、浮遊石。壁には呪符の刻まれた魔導核が整然と並ぶ。
アレフたちは奥へ進みながら、一つひとつを確かめていった。
「うーん……どれもすごいけど、“器”って感じはしないね」
ライカが呟く。
その横で、ジェームスが分厚い手袋を外し、魔導具の一つを手に取った。
「これは……魔力伝導率が高い。しかし魂を宿すには“媒体”が足りませんな」
「器というよりは部品の集まりだな」
デュラが肩をすくめる。
シノは黙って棚の奥を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「これほどの技術でも、“魂を入れる器”はまだ完成していないじゃな」
その言葉にグリモワールが頷くように微笑む。
『魂を定着させるには、“受け入れる意志”が必要なの。……それは、ただの魔導具には宿らない』
諦めかけたその時――
ライカの持つ魔導書が、突如として強く光り出した。
「わっ……!? ま、まぶしいっ!」
ライカが慌てて本を抱える。アレフが反射的に彼女を庇い、周囲の魔導具が一斉に反応して光を放つ。
『……この反応は……! 倉庫の奥よ! あそこに“共鳴”しているわ!』
グリモワールの声が鋭く響いた。
店主を呼び止め、事情を話すと、白髪の老人は眉をひそめながらも頷いた。
「……倉庫だと? ま、まあいい。だが気をつけろ。あそこには試作品や未完成品が山ほどある。」
倉庫の中は、まるで古代遺跡のようだった。
薄暗い空間に、機構の残骸や魔導核の割れた破片が散らばり、奥からは微かな機械音が響く。
その中央に、ひときわ異彩を放つ“何か”が鎮座していた。
女性の姿をしたオート・マタ。
白銀の肌に、宝石のような瞳。長く伸びた金属の髪は淡く青く光り、形だけ見れば“完璧”だった。
ただし、胸部に空いた円環状の穴――そこに“核心”となる魔導核が欠けている。
『……間違いないわ。これなら、わたしの器として申し分ない』
グリモワールが静かに言った。
「このオート・マタが……?」
『ええ。この構造なら、精神体を定着させられるはず。でも……未完成ね』
アレフが周囲を見回すと、倉庫の片隅に、同じ製作者の名が刻まれた設計図が落ちていた。
署名には――“魔導技士 バッカス・グレイモンド”の名。
「バッカス……この街では有名な魔導技士だと聞いております」
ジェームスが腕を組む。
「会って、直接頼んでみよう。完成させるには、本人の協力が要る」
店主によれば、バッカスは昼間は作業所に籠り、夜は必ず《ハンマーヘッド》という酒場に現れるという。
酒と喧騒にまみれたその店に、アレフたちは足を踏み入れた。
中は蒸気と酒の匂いでむせ返るようだった。
鉄製のテーブルに並ぶのは、魔導技士、傭兵、鉱夫――筋金入りの飲んべえたちばかりだ。
そして、奥の席で豪快に酒をあおる一人のドワーフがいた。
白髪に白ひげ、腹は出ているが背筋は真っ直ぐ。まさしく職人という風貌だ。
「あれが……」
「間違いねえ、バッカスだな」
アスタロスが頷き、ライカが勢いよく歩み寄る。
「あのぅ! あなたがバッカスさんですか!?」
「おう? なんじゃ嬢ちゃん、俺に用か?」
バッカスは赤ら顔でジョッキを傾ける。
「《クロノメカニカ》の倉庫にあったオート・マタを見ました! あれを完成させてほしいんです!」
「オート・マタぁ? あんなもん、未完成で当然じゃ。途中で資金もやる気も尽きたわい」
「でも、お願いします! どうしても必要なんです!」
ライカが頭を下げるが、バッカスは笑いながら手を振った。
「悪いがな、今は“やる気”が酒の方に向いとるんじゃ」
「……やっぱりこうなるか」
アレフが呆れたように呟く。
しかしライカは諦めなかった。
「なら、どうすれば作ってくれますか?」
「ふむ……そうじゃな。――誰でもいい、飲み比べでワシに勝てたら考えてやるわい!」
バッカスが豪快に笑う。
その瞬間、アスタロスが前に出た。
「どうやら……俺様の出番のようだな」
「ええっ!?でも、アスタロスさん……飲んだらすぐ顔赤くなるじゃないですか」
胸を張るアスタロスに、ライカは半眼を向ける。
「おぬし……自分が飲みたいだけであろう」
「い、いやだなぁ、デュラの旦那まで……。まさか、そんなわけねぇよ……」
しっかりと目が泳いでいた。
「アスタロスさん……信用ゼロです」
「ひ、ひでえ!」
なんやかんやありながらも、
結局、飲み比べ勝負は始まったのだった。
次回タイトル:096話 竜の迷宮 前編ーー魂を宿す器を求めて




