092話 廃屋のダンジョンーー処刑場
壁際には錆びた拷問器具が並び、中央には巨大な鉄の台座。
その上に置かれた黒い球体が、不気味な光を放っていた。
「……あれが、ダンジョン・コアか」
アレフの声は低く響く。
その足元には、血文字のような魔方陣。
中央の円は焼け焦げ、古い呪詛の痕がこびりついている。
「それにしても……変ですね」
ジェームスが床の横にある小さな台座を指した。
そこには、奇妙な二つのダイスと、一枚の古びた紙が置かれていた。
「ダイス? こんなところに?」
アスタロスが眉をひそめる。
だが、その瞬間、ライカが小声で呟いた。
「このダイス……魔力、じゃない。呪力を帯びてる」
「呪具か」
アレフは一歩前に出て、台座を覗き込む。
紙にはこう記されていた。
『処刑人の遊戯』
二つの骰を振り、その和によって“処刑の方式”を決定する。
七……磔。八……鉄の処女。九……火刑。十……万力。
そして、十二……ギロチン
「……なんという下劣な」
ジェームスが冷ややかに吐き捨てる。
アレフは唇を歪め、
「処刑人の遊び……か」と呟きながら手を伸ばした。
そして、ダイスに触れた瞬間――
ドゴォォォォン――ッ!!
轟音とともに、足元が大きく揺れた。
床の魔方陣が再び光を放ち、
ダンジョン・コアの黒い球体から、濁った瘴気が溢れ出す。
「……おい、来るぞッ!」
アレフの警告と同時に、瘴気の中から“何か”が姿を現した。
人の形をしているようで、まるで獣のようでもあった。
腕は複数あり、背からは翼とも触手ともつかぬ異形の肉塊。
その身体を縫い合わせる無数の“縫い目”が、光を帯びている。
「……っ、合成魔獣!? 処刑された“失敗作”の残滓が、こいつを生み出したっていうのかよ……!」
アレフが叫ぶ。
目の前の怪物は、悲鳴のような声を上げながら、
首をもがれた亡霊のようにこちらへ迫ってきた。
「教育的指導、開始です」
ジェームスが足を滑らせるように前へ出る。
銀のトレイが弾け、刃のように閃いた。
「――鋭切・レフトミート!!」
空気を裂く音。だが、切り裂かれた肉片は瞬く間に再生していく。
「駄目ですっ! 再生してる!」
「それだけ怨みが深いってことか……」
アレフは苦く笑いながら、魔剣を抜き放つ。
黒い炎が刃先を包み込む。
「行くぞ、みんな!」
黒焔斬――!!
魔剣が唸りを上げ、黒炎が奔る。
合成魔獣の腕を焼き払い、天井へと黒煙が立ち上った。
だが、肉が焼け落ちた部分から新たな腕が伸び、再び襲いかかってくる。
「……チッ、きりがねぇな!」
シノが竜気を解放する。
「竜爪――裂斬!!」
蒼炎の爪が閃き、合成肉を引き裂く。
しかし、それもすぐに再生する。
「どうすりゃ倒せるんだよ、コイツ!」
「呪いの中枢を焼き切るしかない!」
アスタロスが戦斧を構えた。
「雷鳴轟斬ッ!!」
雷撃が奔り、処刑場全体が白く光に包まれる。
だが、魔獣はなおも動きを止めない。
「アレフお兄ちゃん! このままじゃ埒が明かないよぉ!」
「わかってる!」
焦燥が走る。
切っても再生、焼いても蘇る。
合成魔獣の全身に施された縫い目こそが、呪力の再生陣――。
そのとき、
「……浄化できないか?」
アレフがふとライカを見る。
「えっ、いいの!?」
何故か嬉しそうなライカ。
アレフの眉がピクリと跳ねた。
「ちょ、お前……その顔、まさか!?」
ライカは胸を張り、大きく息を吸い込んだ。
「やっぱり……魔法じゃねぇのかよッ!!」
アレフの顔がみるみる青ざめていく。
「みんな、耳を塞げッ!! デュラは“瘴気の壁”を!!」
「承知!」
デュラが黒馬と共に剣を構え、濃密な瘴気の結界を張る。
その直後――
♪――~~~~~~ッッッ!!!
「ぅおあああああ耳がァァァァ!!」
「ぐっ……ッ!? な、なんという……音圧……!!」
「音程が……迷子になってますぅぅぅ!!」
ライカの口から放たれたのは、殺人的音痴な“聖歌”だった。
石壁が震え、鉄格子が共鳴し、
瘴気すら逃げ惑うほどの破壊的メロディ。
だが――その効果は、絶大だった。
合成魔獣の身体を覆っていた縫い目が、光を失っていく。
焼けただれた肉が再生せず、動きが鈍る。
「効いてる……!?」
「……やっぱり、聖歌の浄化の力はすごいですぅ……!」
ライカが嬉しそうにはしゃぐ。
「……浄化の効果なのか? これ、本当に浄化の効果なのか?」
半信半疑のアスタロス。
「主、今のうちに!!」
ジェームスが叫び、アレフは頷いた。
「行くぞ――黒竜煉獄刃!!」
魔剣が轟音を放ち、黒炎が竜の姿を取る。
竜が咆哮を上げ、ライカの“音の波”と共鳴。
その瞬間、黒炎竜が咆哮を上げて突っ込んだ。
灼熱と轟音が処刑場を飲み込み――
合成魔獣は、悲鳴すらあげる暇もなく焼き尽くされた。
残ったのは、崩れ落ちた台座と、
そこに転がる二つのダイス――そして、一枚の紙。
アレフはゆっくりと歩み寄り、それを手に取る。
ダイスは微かに脈動していた。
触れた瞬間、彼の指先を黒い紋章が走る。
「契約成立のようです。“処刑人のダイス”がアレフ様を認めました」
ジェームスの静かな声が響く。
「つまり……俺が、“新たな処刑人”になったわけか……」
アレフは眉を寄せながら、低く呟いた。
「……今度の呪いは、どんな代償を要求するんだ?」
黒い煙が揺れ、アレフの耳に微かな囁きが届いた。
『振るたびに、命の天秤が傾く。出た目が“死”を選べば、己が消える』
「出た目の合計が大きいほど、強力な拷問器具や処刑道具が召喚されるようだな。ただし、“死に目”……つまり、合計が四か四のゾロ目が出た場合、自身が処刑の対象になる呪いを受ける、か。……ま、俺には通用しねぇがな」
アレフは拳を握り、苦笑を浮かべた。
「にしても……悪趣味な遊びだぜ」
その後、彼らはダンジョン・コアを粉砕し、
崩壊する処刑場から脱出した。
新たな呪具を手にしたアレフ一行は、
次に目指す「A」ランクダンジョンの情報を求め、王都へと帰還した――
しかし、アレフたちは気付いていなかった。
その一部始終を見ている者がいたことにーー
次回タイトル:093話 不穏の予兆と禁断の書庫




