089話 ザナドゥへ再び 後編
「ようこそ、アルマ=ヴェルティへ。
あなたの“理想”を布に仕立てる、ザナドゥ随一の店へ――」
店の扉を開けた瞬間、妖艶な声が響いた。
現れたのは、妙にキラキラしたスーツを着た初老の男。
片眼鏡を光らせながら、艶めかしいほどの手つきで手を差し出す。
「お、おぉ……なんか濃いの来たな……」
アスタロスが一歩引く。
「いらっしゃいませぇ♡ ボクは店長のミュール=ヴェルティ。
今日はどんな運命的な衣装をお探しかしら?」
「う、運命的……」
アレフは目を逸らした。
「……その、王宮での謁見用の服をだな」
「まぁっ、王宮!? じゃあ王族級のコーデね!任せてちょうだいっ!」
ミュールは指を鳴らすと、
一瞬で十着以上の服がマネキンに飾られていった。
どれもきらびやかすぎて、見てるだけで眩しい。
「いや……もうちょい、地味目でもいいんだけど」
「地味? ノンノン! “地味”は罪よッ!」
アレフが何か言う前に、店長は背後のマネキンを叩く。
「この街では、輝かない者は存在してないも同然ッ!」
(……濃い……!)
ライカは半笑い、アスタロスは完全に戦意喪失、
シノは無言で頷いたまま「わかるようなわからんような顔」をしていた。
「ではまず、お嬢様方からお願いできるかしら?」
「えっ、ぼ、ぼくたちから!?」とライカ。
「ええ。順番は――背の高い方から♡」
「なら、妾からじゃな」
シノが胸を張って歩み出た。
数分後――試着室のカーテンが開く。
そこから現れたのは、薄紫のドレスを身に纏った竜人の姫。
シルクの裾が光を反射し、鱗の淡い輝きと見事に調和していた。
アレフが思わず息を呑む。
「わぁ!シノ、すごく綺麗! まるで、どこかのお姫様みたい!」
ライカが感嘆の声をあげる。
「いや……妾、れっきとした“姫”なんじゃがッ!?」
今まで“姫認定”されていなかったことに愕然とするシノ。
続いてライカが試着室へ。
カーテンが開くと、そこに立っていたのは――
白を基調としたドレスコートに、深紅のリボンをあしらったライカ。
まるでお嬢様そのもの。
「いいじゃないか、ライカ!」
アレフは素直な気持ちを口にする。
「似合ってるじゃねぇか、譲ちゃん。馬子にも衣装ってやつだな!」
アスタロスは褒めたつもりだった。
「……アスタロスさん」
ライカの笑顔が凍った。
「今後、お酒代はご自分で払ってください」
「な、なんでだぁぁぁーーッ!!」
アレフとシノがやれやれと呆れる横で、店長ミュールは「青春っていいわねぇ♡」と頷いていた。
「さて。次はお主の番じゃ」
シノがアスタロスを押し出す。
「はぁ? 俺も着んなかよ!?」
仕方なく試着室へ入ったアスタロス。
五分後、ドアが開く。
「……どうだよ」
ぴっちぴちのシャツ。
ボタンが今にも弾けそうな胸元。
パンツもぴったりすぎて動くたびに“ピシッ”と音を立てる。
「何ですか……ぼくに対しての当てつけですか? 言っておきますけど、僕はまだ発展途上なだけなんだから!」
涙ぐむライカ。
その瞬間――
パンッ!!
「はうッ!?」
アスタロスの胸元から弾け飛んだボタンがライカの額に直撃した。
「アスタロスさん……お小遣い、カットです」
「な、なんでだぁぁぁーーッ!!(二回目)」
笑いに包まれた店内。
その中で一人、アレフは静かに決意した。
(よし……最後は俺の番だな)
試着室に入るアレフ。
数分後――カーテンが開く。
「…………」
全員の口が止まった。
そこに立っていたアレフは、全身キンピカのスーツ姿。
髪もなぜかオールバックに整えられ、まるで“どこかの成金商人”。
「……ど、どうだ?」
「アレフお兄ちゃん……」
「兄貴、それは……」
「うむ。帰ったらジェームス殿に教育的指導をしてもらわねばなるまいな」
三者三様の冷たい目線。
沈黙のあと、店内に響いたのは――
その後も、
「王宮に行く前に捕まりそう」
「洞窟系のダンジョンでは便利そうじゃ」
「目眩ましに使えるかもな……」
など好き放題言われ、結局アレフは“普通の黒のスーツ”に落ち着いた。
買い物が終わった頃には、すでに夕陽が街を赤く染めていた。
ライカは新しいリボンを買い、
シノは竜鱗をモチーフにしたアクセサリーを手に入れ、
アスタロスは――なぜかサングラスをかけていた。
「……アスタロスよ、何故そんなものを買ったんじゃ?」
「この先、また兄貴が眩しくなっても、これがあれば平気だろ?」
「……ふむ……妾も買っておこうかの」
そう言って、露店に走るシノであった。
その夜。
買い物を終え、宿に戻ったアレフたちは、先に戻っていたジェームス共々、すっかり気の抜けた様子でくつろいでいた。
テーブルの上には買い込んだ服やアクセサリーが山のように積まれ、ライカはそれを並べては、「どれを着ようか」と鏡の前で嬉しそうに頬を緩めていた。
「ふふっ、今日はいい買い物ができましたね♪」
「妾も満足じゃ。人の街の品というものも、なかなか趣があるのう」
「俺の服は……うん、まぁ悪くないな」
アレフが苦笑しながらスーツを畳んでいると、外から突然、ざわめきが響いてきた。
「……街で何かあったようですね」
宿の窓を開けたジェームスが、通りの方を見下ろす。
通りには人だかりができており、誰もが一様に騒いでいる。
「おい聞いたか!? 広場に魔物が出たってよ!」
「首のない馬に乗った、鎧の化物だって!」
その言葉に、アレフたちの表情が一瞬で凍りついた。
「……今、なんて?」
ライカの声が震える。
「“首無し馬に乗った鎧の化物”……って言ってたな」
アスタロスが呟く。
沈黙。
そして、アレフが口を開いた。
「……デュラじゃねぇか!」
その名を聞いた瞬間、全員が同時に立ち上がった。
アレフは即座に判断した。
「シノ、魔竜化だ!」
シノは立ち上がると、宿の裏手へ走り出す。
「おい待て、裏口から行くぞ! 正面じゃ誰かに見られる!」
アスタロスの言葉に従い、アレフたちは裏通りを抜ける。
すでに、鐘の音が鳴り響き始めていた。
街の非常警報だ。
「騎士団が出動したぞ! 広場へ急げ!」
そんな声を背に、アレフたちは全力で駆け抜ける。
路地裏の奥で、シノが魔竜の姿へと変化した。
巨大な漆黒の翼が広がり、瘴気のような魔力が空気を震わせる。
「急げ、シノ……!」
「承知したのじゃ!」
アレフたちを背に乗せた魔竜は、瓦屋根を突き破る勢いで上昇し、そのまま広場へと急行した。
そこには――鎧に包まれた“首無しの騎士”がいた。
漆黒の馬にまたがり、大剣を手にしたその姿は、見る者全てを恐怖に陥れていた。
「ま、待て! 我にはお主らと交戦する意思などない!!」
デュラが必死に訴えるも、その言葉を信じる者はいなかった。
周囲では騎士団が剣を抜いているが、誰一人として近づけてはいない。
「デュラ!!」
アレフの叫びが響く。
その声に反応したかのように、鎧の化物がゆっくりと顔を上げ――いや、“首のない頭部”を、アレフたちの方に向けた。
「アレフ……か……」
低く、軋むような声が空気を震わせた。
「やっぱり……あいつだ!」
だがその直後、騎士団の隊長が叫ぶ。
「皆の者、あの化物を討て!!」
一斉に放たれる魔法の光弾。
「デュラの旦那っ!」
アスタロスが叫ぶより早く、アレフが命じた。
「シノ、行けぇぇぇッ!!」
魔竜が咆哮を上げ、翼を広げて突風を巻き起こす。
その風圧で魔法弾が逸れ、騎士団が吹き飛ばされる。
混乱の中、シノの巨大な爪がデュラを鷲掴みにした。
「が……ぁ……!?」
「すまんデュラ、今は説明してる暇がねぇ!」
アレフの声を背に、シノは翼を大きく羽ばたかせる。
「じゃ、邪竜だぁぁぁぁ!!」
「くそっ、今度は邪竜まで現れやがった!!」
街中に絶叫が響き渡る。
その混乱を背に、魔竜シノはデュラを掴んだまま夜空へ舞い上がり、
そのままザナドゥの街を後にした。
広場には、ただ暴風の余韻と、呆然と立ち尽くす騎士たちだけが残された。
森の外れに降り立ったアレフたちは、ようやく息を整えた。
「……ったく、買い物に来ただけのはずが、なんで脱出劇になってんだよ」
アスタロスが肩で息をしながら呟く。
「デュラ、大丈夫か?」
アレフが見下ろすと、デュラは気まずそうに頭を掻いた。
「すまぬ……誰もおらんと思って油断した……」
「……まぁ、無事でよかった。とんだ買い物になっちまったがな」
そう言って夜空を見上げる。
満天の星が、まるで何事もなかったかのように輝いていた。
次回タイトル:090話 王の間にて――再び動き出す影




