088話 ザナドゥへ再び 前編
王都を覆っていた呪毒が晴れ、人々が再び日常を取り戻し始めた頃――
アレフたちが宿泊する《白銀亭》に一人の騎士が訪ねてきた。
「アレフ・カース殿。陛下が謁見をお望みだ」
部屋に響いた声に、アレフは思わず背筋を伸ばした。
床を踏みしめ、深呼吸を一つ。
「ふむ。王都を救った立役者ですからな」
ジェームスが誇らしげに言う。
「ま、俺様の方が活躍したけどな」
アスタロスが胸を張るも、誰も注目していなかった。
「聞けよ!」
そんなやり取りを横目に、王が軽く咳払いした。
「……うむ。明後日、城の広間にて公式の“褒美授与式”を行う。王宮に恥じぬ正装で臨むように」
その瞬間、アレフの背筋に冷たいものが走る。
(……正装!?)
王城を出た直後、仲間たちが一斉に振り向いた。
「アレフお兄ちゃん、まさか……」
「兄貴……まさか……」
「まさかとは思うが……」
「……持ってねぇ」
三人同時に「やっぱりか!」と叫んだ。
ライカが眉をひそめる。
「王様に“褒美を授与”されるっていうのに、服がないって……!」
「没落したっつっても、正装の一つくらいあんだろ、普通!」
アスタロスは、元カース家の執事であったジェームスを見る。
「……いえ、アレフ様が冒険者になられた際、その支度金として売ってしまわれました」
ジェームスの言葉に、一同が額に手を当てる。
そんなアレフに、シノが腕を組みながら提案する。
「ふむ。ならば、一度《商業都市ザナドゥ》へ向かうというのはどうじゃ」
「確かにあそこなら品も多いし、俺様たちの分も買っておくってのもありかもな」
「うんっ! ついでにアレフお兄ちゃんの服を探そう!」
「俺の服は“ついで”かよッ!!」
翌朝――
雲を裂きながら空を駆ける巨大な影。
それは、竜の姿に変化したシノだった。
「しっかり掴まっておれ! 今日の風は少し荒いぞ!」
「ぎゃあああッ!? お、落ちる落ちる落ちる!!」
「兄貴、情けねぇ悲鳴上げんな! 飛行中の恥だぞ!」
アスタロスが余裕の笑みを浮かべる中、
ライカは両手を広げ、風を受けて笑っていた。
「わぁ……きもちいい! 王都の空、こんなに澄んでたんだね!」
「……そうじゃな」
竜の姿で微笑むシノの声は、どこか穏やかだった。
彼女にとっても、空を飛ぶのは久しぶりだったのかもしれない。
空の彼方に、黄金の光が差し始める。
そこに広がるのは、巨大な円形都市――《ザナドゥ》
「おぉ……やっぱり、でけぇな」
アスタロスが感嘆の声を上げる。
「商業の都ザナドゥ。相変わらず金と欲望が渦巻く街だな」
かつて訪れた時の出来事を思い返し、アレフが苦笑する。
街の入口に降り立った瞬間、喧騒と香りが彼らを包んだ。
果実の甘い香り、焼き立てパンの香ばしさ、そして活気ある人の声。
「うわぁ……人がいっぱい!」
「さすが商業都市だな。王都より賑やかじゃねぇか」
アレフは荷物を肩に掛け直し、周囲を見渡した。
あちこちに露店が立ち並び、金貨の音が絶えず響く。
「……そんじゃあ、ここからは自由行動な?」
アスタロスが笑顔で指を立てる。
「わたくしは情報収集をしてまいります。“聖浄の神殿”が動く気配も気になりますからな」
ジェームスは襟を整えると、華麗な足運びで人混みの中を縫うようにして抜けていった。
「我は人族の世情などに興味は無い……剣の特訓をしておる! この街の外に広場があるのが見えた」
デュラはぶっきらぼうに答え、さっさと行ってしまう。
「よし。じゃあ俺たちは服屋へ行くか」
アレフの言葉に、ライカとシノ、アスタロスが同時に頷く。
「……あの、アレフお兄ちゃん」
「ん?」
「ちゃんと“王宮用”の服を選んでね?」
「まかせろ。こう見えてもセンスには自信がある――」
根拠のない自信たっぷりに、歩き出すアレフ。
間もなくして、彼らは目的の店――王都御用達の高級服店《アルマ=ヴェルティ》へと足を踏み入れる。
次回タイトル:089話 ザナドゥへ再び 後編




