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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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087話 聖女の祈歌(いのりうた)

空を裂く漆黒の翼。

風を巻き込みながら飛ぶ魔竜シノの背に、二つの影があった。


一人は、薄桃色の修道服を纏ったマザー・エレーネ。

もう一人は、純白の衣に金の髪をなびかせる少女——聖女ジャンヌ・セイン。


長い旅路を経て、ついに二人は王都の上空へと到達した。


「……なんてこと……これが……王都……?」


ジャンヌは目を見開き、声を失った。


かつて栄華を誇った白壁の都は、いまや黒い靄に包まれ、瓦礫の山と化していた。

人々の悲鳴は途絶え、代わりに聞こえるのは、どこからともなく響く呻き声と、血の匂いに混ざる焦げた空気。


街全体を覆うその闇は、まるで“生きている呪い”のように、建物の影から影へと蠢いていた。


「……呪詛が……まだ、これほどまでに」


「王都の結界が崩れたのです。今はもう、祈りの力も届きません」


マザーの声は震えていた。


ジャンヌは拳を握りしめた。

胸の奥が焼けつくように痛い。

帝国に並ぶ栄華を極めた国の中心が、こんなにも……哀しい姿になっているなんて。



王都の中央広場。

シノが翼をたたみ、ゆっくりと着地する。


周囲は静まり返っていた。

風が吹いても、砂埃すら音を立てない。


道の両脇には、灰色に染まった人々が膝をついて倒れている。

生きているのか、死んでいるのか——その境界が分からない。


「……息は、ある」


マザーが一人の女性の額に触れ、かすかに頷いた。


「ですが、このままでは……あと数時間ともたないでしょう」


ジャンヌはその手を見つめ、そして小さく息を吸った。

震える唇を結び、まっすぐに前を見据える。


「……行きましょう。わたくしに、できることがあるのなら」


マザーとシノは黙って頷く。

向かう先は、王都の象徴《大聖堂》。

天を貫くようにそびえるその尖塔は、いまもなお黒煙の中に白い光を放っていた。


大聖堂の内部は、崩れた瓦礫と血にまみれていた。

ステンドグラスは砕け、祭壇は倒れ、祈りの場は荒れ果てている。


しかし——それでも、尖塔だけは崩れていなかった。

まるで“何かが守った”かのように、天へと真っ直ぐに伸びていた。


「ここで歌うのじゃな」


「ええ。……高いところのほうが、届きますから」


ジャンヌはスカートの裾を握り、崩れかけた螺旋階段を上り始めた。

何段も、何段も。

息が上がり、足が震えても、止まることはなかった。


「……まるで、初代聖女の再来のようですね」


マザーが見上げながら呟く。


風が吹き抜け、鐘楼の影が揺れた。

ついに、ジャンヌは頂へ辿り着く。


世界を見下ろす高さに、少女は立った。


夜明け前の薄曇りの空の下、王都はまるで灰の海。

それでも、風の中にはかすかに人々の“祈り”が残っていた。


——助けて。


——もう一度、光を見たい。


その微かな声に、ジャンヌの瞳が潤む。

そして、胸の前で両手を組み、静かに目を閉じた。


「主よ……どうか、この国に再び“息吹”を。

 この子らに、生きる希望をお与えください」


静寂が訪れた。

そして次の瞬間——ジャンヌの唇から、歌が零れた。


最初の一音は、まるで風の囁きだった。

やがてそれは波紋のように広がり、鐘楼を満たし、王都全体へと響いていく。


その旋律は、祈りであり、命の記憶。

遥か昔、初代聖女が“創世の神”に捧げた歌と同じ音色を宿していた。


——〈ラウル・エミナ・テオルナ〉


——〈我ら、光を思い出す〉


聖歌が流れるたび、黒い靄が震え、砕け、消えていった。

地を這っていた呪いがひとつ、またひとつと消滅し、

倒れていた人々の頬に、微かな紅が戻る。


空が明るくなった。

雲の切れ間から陽光が差し込み、尖塔の上で光が爆ぜた。


「まさか……本当に、奇跡を……!」


マザーが震える声で呟く。


シノは黙って空を見上げていた。

彼女の瞳に、まぶしすぎる光が映る。

あの声を聞くたびに、胸の奥が熱くなる。


——これは、ただの聖歌じゃない。魂そのものの響きだ。


やがて、光が雨となって降り注いだ。

それは水でも炎でもなく、光そのもの。

触れた場所から、草花が芽吹き、倒れた人々が目を開けた。


「……あれは……聖女様の……歌声……?」


「耳が……聞こえる……」


「母さん! 母さん、生きてる!」


人々の声が広がっていく。

王都のすべての鐘が、まるで応えるように一斉に鳴り響いた。


空を覆っていた黒雲が裂け、太陽が姿を現す。

王都の上空に、虹がかかった。


——呪詛は、完全に消え去ったのだ。



歌が終わると、ジャンヌは膝をついた。

全身の力が抜け、指先まで白くなっている。


「ジャンヌ様!」


マザーが駆け寄り、彼女の身体を抱きしめた。


ジャンヌは微笑んだ。


「……大丈夫です。みんな……笑ってくれたから」


その言葉に、マザーの目から涙がこぼれる。

シノも無言でその場に膝をつき、目を伏せた。


「この国は、きっと以前よりも頼もしい国となるでしょう……」


「ふん……そうじゃな。まったく、やってくれるの」


竜姫の口元が、わずかに笑みに歪んだ。



数時間後。

王都は再び、人々の笑い声で満たされていた。


崩れた家々に花が咲き、倒れた兵士の手に、温もりが戻っていた。

大聖堂の尖塔では、金色の風が舞い、ジャンヌの髪がきらめく。


人々は口々に彼女の名を呼んだ。


「聖女様! ありがとう!」


「ジャンヌ様が光を戻してくれた!」


それを見たジャンヌは、ただ静かに微笑み、

胸に手を当てて一言だけ、呟いた。


「主よ……この光を、もう二度と曇らせませんように」


その祈りが空へと昇ると同時に、

王都の鐘が、ひときわ大きく鳴り響いた。


——王都の再生を告げる、祝福の音だった。

次回タイトル:088話 ザナドゥへ再び 前編

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