080話 “出来損ない”の影
翌朝。
アレフたちは王城に向かって歩いていた。
かつて王都の繁栄を象徴するような賑わいを見せていたと繁華街。
活気に溢れていたその街は、今や瘴気に満ちた死の温床と化していた。
霧のような灰色の空気が、石畳の大通りを覆っている。
軒並みに閉ざされた店、逃げ遅れた人々の呻き声。
ふと建物に挟まれた細い小道を見やったアレフの目に映ったのは、そこに横たわる、もはや“人”の姿ではない者だった。
腕が黒く膨れ上がり、肌の下で何かが蠢いている。
その者たちは生きながらにして、呪いに喰われていた。
「……アレフ」
シノが小声で呼ぶ。
通りの中央に、ひとりの少女が倒れていた。
まだ幼い。十にも満たぬ年頃だろう。
彼女の口からは黒い液が滴り、瞳は虚ろに濁っていた。
シノが駆け寄ろうとするより早く、アレフの手がそれを制した。
「触るな。感染してる」
冷徹な声。
だが、彼の表情には痛みが滲んでいた。
ライカが手をかざし、淡い光を放つ。
結界の膜が少女を包み、呪毒の流れが止まる。
「お兄ちゃん……これ以上は……。意識はもう……」
「……分かってる」
アレフは短く答え、少女の額に指を置いた。
その指先から、黒い煙が立ち上がる。
魔剣が、静かに呪力を吸い上げていた。
「苦しみは終わりだ。安らかに眠れ」
黒い炎が少女の身体を包み、灰へと還した。
残酷なまでに静かな祈りのような光景だった。
アレフたちは無言で歩を進める。
気が付けば、王城前――。
空は曇り、城壁の上を無数のカラスが旋回していた。
まるで、王都そのものを喰らう呪いの化身のようだ。
アレフは深くフードを被り、門番に通行証を見せる。
リシェルから預かった封書には、“第二王女治療のための特別許可”と書かれていた。
「お兄ちゃん……本当に行くの?」
ライカが隣で心配そうにアレフの顔を見上げ、その後クスりと笑った。
「傲慢の鎧を着てるお兄ちゃん……聖騎士って言うより、暗黒騎士みたい」
「うむ。貴族の娘の治療とか、絶対似合わんの」
シノが首を振る。
二人なりに、アレフの緊張を和らげたかったのだろう。
「うるせぇ」
アレフはほんのり顔を紅く染め、ぼそりと返す。
「それに……この呪いは感染する呪毒だ。放っとくと王都だけじゃ済まねぇ。いずれ、国全体を呑み込む」
その声に、デュラが頷いた。
「呪いの毒がそこら中に舞っている。……根は深いぞ」
シノは小さく息を吐く。
「まるで、王都そのものが“生きた呪具”になっておるようじゃの」
門が開かれ、彼らは城内へと入る。
薄暗い石造りの廊下を進むたび、壁に刻まれた祈祷文がひび割れ、黒い染みを垂らしていた。
「……やっぱりな」
アレフの目が鋭く光る。
「この呪い、王城の中心から発してる」
その先――。
白布で覆われた寝台。
そこに、ひとりの少女が静かに眠っていた。
金の髪に、透き通るような肌。
だが、その首筋には黒い紋章のような呪痕が刻まれている。
「……第二王女、イレーネ殿下です」
侍女が震える声で告げる。
アレフは黙って近づき、彼女の額に手を置いた。
瞬間、背筋を焼くような冷たい呪力が奔る。
(……これは、ただの呪毒じゃねぇ。歪……そう!呪いが歪んでるんだ!)
グラトニーが低く唸った。
《この呪い……放っておけば、いずれこやつの存在を喰らうぞ》
「分かってる。だがら――一刻も早く呪力を喰らえ、グラトニー!」
アレフはイレーネの額にそっと掌を添えた。
暴食の魔剣を介して、呪力を喰らい始める。
部屋の空気がきしむ。
黒い紋章が激しく脈打ち、少女の口からかすかな悲鳴が漏れた。
その時――
アレフの脳裏に、声が響いた。
《……俺の器を……穢すな……》
冷たい嘲笑。
呪いの中に潜む“何か”が、明確な意思を持っていた。
アレフは歯を食いしばり、呪いを喰らい続ける。
「……なるほどな。やっぱりテメェら、呪いの“出来損ない”か」
やがて、全ての呪力を喰らい尽くしたのか、王女の呼吸がわずかに安定した。
「今は……ここまでだ」
アレフは額の汗を拭い、静かに立ち上がった。
侍女たちが安堵の涙を流す中、ライカがぼそりと呟く。
「……お前、ほんとに治しちまうとはな」
「だが――ここに本体はいなかった。王女の首筋にあった呪痕……本体は自身の一部を寄生させていたんだ……」
「まんまと騙された……というわけですな」
「そういうこった」
アレフは窓の外、曇天の王都を見上げた。
「“出来損ないの呪い”……その本体がどこにいるか、必ず突き止めてやる……」
その瞳には、決意と狂気が入り混じっていた。
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