079話 呪われた都と灰の再会
長い旅路の果てに、アレフたちはようやく王都の城門前に立っていた。
かつて栄華を誇った白亜の城壁は、今では灰色の病斑に覆われ、衛兵たちはぼろ布のようなマスクを顔に巻きつけていた。
鼻を突く薬草と腐臭の混じった空気。門をくぐると同時に、アレフの眉がわずかに動く。
「……重ぇな、この空気」
アスタロスが顔をしかめる。
《そこら中に呪いの残滓が散っている》
“暴食”の魔剣が微かに震えた。
道の脇には、毛布に包まれ横たわる人々が列をなし、通りには神官たちが聖水を撒き、祈りの詠唱を繰り返している。
だが、その聖句の響きさえもどこか歪んで聞こえた。
「これが……奇病」
アスタロスの低い声に、アレフが小さく頷く。
風の中に混じる微弱な呪力の波――彼の感覚が告げていた。
「ああ……だがこれは、自然発生した病じゃねぇ。……誰かが、意図的に撒いたんだ」
「そんな……!? 王都全体を覆うほどの奇病なんだよ……?」
ライカが喉を鳴らす。
「それだけ厄介ってことだ。」
アレフは短く言い捨て、歩を進めた。
街の中央通りを抜け、冒険者ギルドの扉を開くと――
そこには、懐かしい顔がひとり、壁にもたれていた。
黒髪に灰のマント。鋭い琥珀の瞳。
アレフを見て、不敵に笑うその女――リシェル・ヴァレンティナ。
「久しいな、少年。まだ人間を保ってるようで安心したぜ」
その軽口の裏には、かすかな安堵があった。
だがアレフはそれに応じず、ただ無言で見返す。
「けっ……勝手に兄貴を呼び出しておいて、開口一番がそれかよ」
アスタロスがぼやく。
だがリシェルは肩をすくめただけだった。
「おいおい、あの時言ったはずだぜ?」
リシェルは懐から煙草を取り出し、指先で火を灯す。
「次に会った時、お前が呪いに呑まれてたら、私が斬るって…な」
白い煙の向こう、アレフは冷たい瞳で返した。
「……生憎だったな。俺の“最強を目指す”って覚悟は、呪いに呑まれるほど柔じゃねぇ」
その声音には、虚勢の欠片もない。
まるで、自らの呪いさえ己の糧に変えるという確信。
リシェルは唇の端をわずかに上げ、目を細めた。
「――言うじゃないか。確かに、少しはマシになったようだな」
そして、煙を吐き出すと同時に、空気が一気に真面目な色を帯びた。
「さて、そんなことより本題だ。お前を呼んだ理由……言わなくても大体察してるだろ?」
アレフは腕を組み、目を細める。
「“王都の奇病”のことか」
「そうだ。」
リシェルは一歩近づき、低く告げた。
「――ありゃあ、病じゃねぇ。呪いだ」
その言葉に、ライカとシノが顔を見合わせる。
だがアレフだけは、何も言わずに溜息を吐いた。
「……みたいだな。王都に入った瞬間、グラトニーが“呪力の臭いが充満してる”って言ってた」
背中の魔剣が、まるで応えるように淡く震える。
リシェルはその光を見て、わずかに頷いた。
「なら話が早ぇ。問題は――その呪いを振り撒いてる奴らだ」
アレフの眉がわずかに動く。
「“奴ら”って言ったな。一体じゃないのか?」
「少なくとも複数の存在が確認されてる。貧民街、王都の地下、そして……“城”の中だ」
「……は? 城って……王城の中に侵入したやつがいるってのかよ」
アスタロスが思わず声を上げる。だがリシェルは表情を崩さない。
「“侵入した”んじゃねぇ。“取り憑かれてる”んだよ。第二王女、イレーネ・ファル=アークライト。あの子だ」
ジェームスの目が細められた。
「第二王女……王位継承権を持つ聡明な方と聞いておりましたが」
「そうだ。だからこそ、やつらの標的になった。……呪いは、器を選ぶ」
その一言に、室内の空気が凍りついた。
アレフは短く息を吐き、椅子の背に寄りかかる。
「それで……俺に何をさせる気だ?」
「まずは王女の治療。……その後、呪いを撒いてる連中の“駆除”だ」
リシェルの声は淡々としていた。
だがアレフは、机を指で軽く叩きながら睨み返す。
「……ちょっと待て。“駆除”だと? そんなもん、お前がやりゃあいいだろ」
「悪いが、それは無理だ」
リシェルは煙を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「私は“王都に呪詛を持ち込んだ奴”を追う命を受けててな。王都に留まる余裕はねぇ」
「……聖浄の神殿、か。」
アレフの呟きに、リシェルは目だけで答えた。
「察しがいいな。だが、そこに深入りするのは後だ」
沈黙が落ちた。
やがてアレフは立ち上がり、黒い外套を翻す。
「……いいだろ。その依頼、引き受けてやる。ただし――勘違いすんなよ。
あの時の借りを返す、それだけだ」
リシェルは苦笑した。
「相変わらず可愛げがねぇな。ま、頼んだぜ、“呪われた英雄”さん」
アレフはそれに応えず、ギルドの扉を押し開けた。
夜風が吹き込み、煙草の煙をさらっていく。
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