078話 王都封鎖
報告を受けたアレフは、部屋の窓を開け放った。
朝靄の中で、まだ焦げた大地がかすかに煙を上げている。
「王都が……奇病か」
その声には、呆れとも怒りともつかぬ響きがあった。
「どうしますか、アレフ様?」
ジェームスが訊ねる。
「どうするもこうするも、王命だろ。逆らったら首が飛ぶ」
「ですが、聖浄の神殿がこのままで終わるとは思えません。同じタイミングで王都に奇病……偶然とは思えませんな」
「……分かってるさ」
アレフは苦く笑い、窓の外を見つめた。
「俺たちが“実験の証人”になったのは確かだ。だからこそ、今度は“口封じ”か、それとも“利用”か――どっちにしても、面倒なことに変わりはねぇ」
そのとき、ライカが珍しく静かな声で言った。
「……でも、病で苦しんでる人がいるんでしょ?」
全員の視線がライカに向く。
「王都の人たちが、罪もないまま苦しんでるなら、放っておけないよ」
その眼差しは真っすぐで、少しの迷いもなかった。
シノが微笑んだ。
「そうじゃの。もともと妾とライカがやつらに狙われておるとはいえ、このまま好きにさせておくのは癪だの」
「……仕方ないな」
アレフは頭を掻き、苦笑した。
「ガイルさん、行くしかないみたいだ」
「そう言うと思った」
ガイルが口元をわずかに緩める。
「準備は整えておけ。王都までは遠い。途中で検問があるはずだ。神殿の連中も動いてる」
夜ーー
ベレティックの残骸を離れる前、彼らは領主邸の庭で焚き火を囲んでいた。
灰色の空。燃え尽きた街の中で、星空だけが穏やかだった。
「……アレフ様」
ジェームスが口を開く。
「リシェルというのは……あの時の冒険者ですな?」
「ああ、何を考えてるのか分からねぇ……面倒な奴だ」
アレフは苦笑しながら、火に枝を投げ込む。
「だが、あいつに助けられたのも事実だ……借りっぱなしってのは性に合わねぇ」
「彼女は、どうしてアレフの名前を出したのでしょう?」
「さぁな。……嫌がらせか、興味本位か。どっちにしても、いい機会だ。借りたもんをきっちり返してやる!」
アレフは炎を見つめたまま、拳を握りしめた。
「それに……リシェルが何を考えてるのか知らねぇが、利用されるのはもう慣れた」
その言葉に、ジェームスは少し寂しそうに笑う。
「“慣れた”と言えるほど、何度もそういう目にあってきましたからな」
「ま、冒険者なんてそんなもんだ」
「ですが……今回は違うかもしれませんぞ」
「違う?」
「ええ、今のアレフ様には――わたくし以外にも頼れる仲間がいるではありませんか」
一瞬の沈黙。
焚き火の音だけが、ぱちぱちと夜を刻む。
アレフは小さく息を吐き、炎の向こうで笑った。
「……そうだな」
翌朝ーー
一行は出発の準備を整え、馬車に荷を積み込む。
そんな中、デュラが不満を訴えていた。
「おい、アレフ! なぜ我の愛馬ではなく、普通の馬なのだ!?」
「検問で首無し馬がいたら、めんどくせぇことになんだよ!」
口より手を動かしてくれ……などと思っていた矢先、今度はアスタロスが不満を洩らした。
「なあ、兄貴。もっと酒を……」
「はいはい、うるさい」
ライカが布袋を軽く叩く。
「静かにしてないと、アスタロスさんの食事にだけ、“デンジャラス・スパイス”入れちゃいますよ?」
「ひでぇぇ!」
そんなドタバタの中、馬車が走り出した。
街を出て、山を越え、荒野を抜け、やがて王都への街道に入る。
道の両脇には、王都へ向かう避難民の列が続いていた。
顔色の悪い者、泣きじゃくる子供、祈りを呟く老女――。
シノが窓の外を見つめながら、静かに言った。
「……思ってたより、深刻みたいじゃの」
「感染がここまで広がってるなんて……」
ライカが呟く。
「王都まであと二日。間に合うと良いですが……」
ジェームスもまた、王都の人々の安否を憂いていた。
「気を抜くなよ。神殿の兵が、街道沿いの検問を増やしてる」
アレフが馬車の御者台から声をかけた。
「何のためにじゃ?」
「“感染者”を隔離するため……らしいが、俺には違う意図が見える」
「……異端者探しか」
シノの声が低くなる。
日が傾く頃、一行は検問所の前にたどり着いた。
白衣の神官兵たちが、光る杖を掲げて通行者を一人ずつ調べている。
その様子は、まるで“病”よりも“人”を疑うかのようだった。
「名前を名乗れ」
「王都出身のアレフ・カースだ。王命のもと王都へ戻った」
「証を見せろ」
アレフは、ガイルから渡された紋章入りの通行証を掲げると、兵士が目を細めた。
「後ろの連中は?」
「同行者だ」
「……顔を見せろ」
アレフたちが馬車から降りると、神官兵の目が一瞬光を帯びた。
だが、結果を見た兵士の顔が一瞬曇る。
「人間と獣人だけか……異常なし」
「行け」
通過を許され、馬車が再び進む。
しばらく走った後、ミリアが口を開いた。
「ねえ、気づいた? 兵士たちの目……」
「ああ。まるで検査じゃなく、“選別”だったな。ライカの幻術魔法で姿を変えてなかったら、今頃どうなってたか……」
アレフが答える。
「王都は……もう、神殿の支配下にあるのかもしれねぇ」
三日目の夜ーー
王都の灯が、遠くに見えた。
だが、その光はどこか異様だった。
街を覆う結界が、薄赤く脈打っている。
まるで都市全体が“病”を封じる檻となっているかのように。
アレフが馬を止め、振り返った。
「……見えるか? あれが王都だ」
「まるで巨大な棺だな」
アスタロスが呟く。
シノはその光を見つめ、唇を噛んだ。
「本当に……あの中で、人々が生きてるのかや?」
「生きてるさ。ただ――助けを求めても、神は応えちゃくれねぇ」
アレフは、夜風に揺れるローブを翻した。
「行こう。リシェルが“呼んだ”ってんなら、望み通り――顔を出してやるよ」
夜の闇を裂いて、馬車が赤い結界の中へと走り出す。
彼らの背後で、風が囁いた。
まるで、神の代わりに“何か”が笑っているように――。
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