076話 聖なる悲劇
ギルド本部への報告のため、アレフ、ジェームス、デュラの三人は北門方面へ。
一方、ライカ、シノ、アスタロスは街の西側――魔物残党が潜む区画へ向かっていた。
「ようやく一休みできるかと思えば、次は後処理とな……」
シノが項垂れながらぼやく。
「まぁ、しゃあねぇさ。塔が崩れたせいで、隠れてた魔物どもも一気に出てきたしな」
アスタロスが気怠そうに戦斧を振るい、通りの角に潜んでいたゴブリンを一刀のもとに両断する。
その横で、ライカは真剣な顔つきで魔導書を開いていた。
「ストーン・ブラスト――!」
出現した石つぶてが、瓦礫の下に隠れていた小型魔獣たちを撃ち抜いていく。
その姿を見て、シノが感心したように口笛を吹いた。
「お主も成長したのう、ライカ。魔法の展開が、ずいぶん速くなった」
「えへへ、ありがとうシノ!」
戦闘の合間にも、街には少しずつ“日常の気配”が戻りつつあった。
子供を抱えた母親、壊れた屋根を直す職人、そして教会へと運ばれる怪我人たち――
街はゆっくりと、生き返っていた。
「こっちの通りはもう安全じゃな。さて……あとは――」
シノが遠くを見やると、丘の上に白い尖塔が見えた。
ベレティックの修道院――孤児院を運営していたシスターたちが避難民を受け入れている場所だ。
「ちょうどよい。様子を見に行くかの」
「そうだな。……ミーシャがいるかもしれねぇしな」
アスタロスが小さく笑った。
「僕、ミーシャちゃんに会いたい!」
ライカも頷きながらついていく。
修道院の中は、戦災に疲れた人々で溢れていた。
だが、その中に満ちるのは悲しみだけではない。
聖堂の中央で、数人のシスターが祈りを捧げながら、静かに歌を紡いでいたのだ。
その中にはミーシャの姿もあった。
アレフたちと別れたミーシャは、その後、シスター見習いとして修道院で働いていたのだった。
柔らかく、透き通るような旋律。
まるで空気そのものが光に変わるような神聖さがあった。
「……これが、彼女たちの聖歌か……心が洗われるようじゃ」
シノが静かに目を細めた。
「……歌ってるだけで、ここの空気が浄化されてるのがわかるぜ」
アスタロスも珍しく神妙な表情だ。
ミーシャがライカたちに気付いて手を振っている。
ミーシャの元気な姿を目にしたライカは、胸に抱いた魔導書をぎゅっと抱きしめた。
その時――
魔導書が、微かに震えた。
「……え?」
次の瞬間、魔導書のページが勝手にめくれ始める。
白紙のページに、金色の文字が浮かび上がっていった。
《聖歌・セラフィムの調べ》
「これは……?」
「どうやら、新しい“魔導歌”の記録が刻まれたようじゃの」
シノが顎に手をやって言った。
「……私が歌えば、もっとたくさんの人を癒せるかもしれない」
ライカの瞳に、不思議な光が宿る。
「おお、それは名案じゃ。やってみるがよい。妾も興味があるわい」
シノの瞳には、好奇心の光が宿っていた。
*
一方その頃、アレフたちはというとーー
彼らは街の復旧状況を確認し、ギルドに到着していた。
だが、ガイルは領主の元に出向いており不在。
「まったく、あの親父、こういう時に限っていねぇのか」
アレフがぼやき、無造作に椅子に腰を下ろした。
「まぁいい。戻るまでに、北と南の報告書をまとめておこう」
そこへ、扉がバタンと開いた。
「兄貴ぃぃぃッ! 一大事だぁぁぁぁッ!!」
アスタロスが真っ青な顔で飛び込んでくる。
その後ろから、シノがふらつきながら部屋に入り、特に変わった様子のないライカが続いた。
「……何があった?」
アレフが眉をひそめると、シノが震える声で答えた。
「……あれは、凶器じゃ……。歌にした呪いじゃ……」
「……呪い?」
ジェームスが眉をひそめる。
「なにっ!? 新たな呪具でも見つかったのか!」
“呪い”というワードにアレフが敏感に反応する。
「いや、違うんだ……兄貴……」
アスタロスがうなだれながら語り始めた。
*
シノに促されたライカは、深呼吸をひとつして、ページに刻まれた聖歌を口ずさみ始めた。
「#&*☆#&*☆♪♪」
……次の瞬間。
修道院の空気が震えた。
いや、“震えた”というより“破裂した”に近い。
音の波が直撃し、ステンドグラスがガタガタと鳴る。
天井の鳩が一斉に飛び立ち、避難していた人々が耳を押さえた。
「ぎゃああっ!?」
「な、なんじゃ……何の拷問じゃぁぁっ!」
シノが床に転がり、両手で耳を塞ぐ。
「俺様の耳が、耳が壊れるッ……!!」
アスタロスは叫びながら壁に頭を打ちつけた。
だが当の本人は、目を閉じて幸せそうに歌い続けていた。
「#&*☆~~~♪♪」
光の粒があふれ、たしかに癒しの効果は出ている。
怪我人の傷はみるみる塞がっていった――
が、同時に彼らの心は明らかに別のダメージを受けていた。
「お母さん、耳が変になっちゃったぁぁ!」
「う、うぐ……でも、なんか身体が軽くなってる……!?」
聖なる癒しと精神的トラウマ。
それが奇跡のバランスで両立していた。
「誰か、その娘を止めてくれぇぇっ!!」
泡を吹きながら男が叫ぶも、ライカは完全に陶酔モード。
光の中で両手を広げ、まるで天使のように歌い続けている。
そう……ライカはとんでもない音痴だった。
*
ライカが修道院で聖歌を歌った。
確かに癒しの光があふれ、怪我人たちは皆立ち上がった。
……だが。
「そのあと全員、同時に耳を塞いで転げ回ったんだ……!」
「妾なんぞは一時的に三途の川が見えたわい!」
シノが肩を震わせる。
「またまたぁ……いくら聖歌に浄化の効果があるからって、死霊じゃないんだから……」
ライカが無邪気に笑うと、場の全員が固まった。
「……ま、まぁ……身体は癒されたようで良かったではないか……」
デュラが気まずそうに視線を逸らす。
「こ、これはもう、天然というより“才能”の領域ですな……」
ジェームスが真面目にメモを取り始めた。
アレフは、こめかみを押さえて溜息をついた。
「ライカ。お前のためにも、あまり目立つようなことはしない方がいい。今後、歌う時は……人のいないところでな」
「うん! じゃあ今度、アレフお兄ちゃんのために特別に歌ってあげるね!」
「……っ!? だ、大丈夫だ……気持ちだけで十分だ……!」
アレフは即答した。
室内に、沈黙と震え笑いが広がる。
かくして、戦いの終焉とともに訪れた平穏な時間は、
別の意味で“忘れられぬ衝撃”と共に街を包み込むことになった。
*
結局、その日ガイルがギルド戻ることはなく、アレフたちはギルドの好意で、そのまま部屋に泊まらせてもらうこととなった。
その夜、修道院の鐘が静かに鳴る。
崩壊した塔の跡地では、淡い光の粒が舞っていた。
それは、傲慢の因子が完全に消滅した証でもあった。
アレフたちは静かに空を見上げる。
「次は何が待っているのか……楽しみでございますな、アレフ様」
ジェームスが語りかけるも、アレフは
ただ静かに拳を握り、月明かりの下で呟いただけだった。
「目指す先に“七つの大罪シリーズ”がある……それだけだ」
その隣で、ライカが小さく口を開いた。
「お歌、また練習しておくね!」
「頼むから止めてくれ……頼む……」
デュラは切実に声を漏らした。
つい先程、うっかり歌の練習に付き合ったデュラは、浄化の効果で危うく昇天しかけたのである。
平和と混沌、神聖と悲鳴。
ベレティックの街に、新たな伝説が刻まれた。
次回タイトル:077話 王都にもたらされた災厄




