072話 傲慢の塔 南区
時を同じくして、アレフ、ジェームス、デュラの三人は南の塔を目指していた。
ベレティックの街を覆う瘴気の渦が、夜空にまで届くほど高く立ち上っていた。
その中心――南の塔。
白銀の尖塔は、今や禍々しい紫の光を放ち、まるで神殿そのものが生きているかのように脈動していた。
アレフは、ローブの裾を翻しながら塔の前に立つ。
首無しの騎士が低く唸った。
「……あれが、“傲慢”の塔か」
ジェームスが銀のトレイを構え、淡々と告げる。
「まるで聖堂のようでございますね。もっとも、祈りの代わりに瘴気を撒き散らす神殿など、美しくもありませんが」
デュラの持つ首が、無言でうなずくようにわずかに動いた。
彼の黒馬が鼻息を荒げる。塔を囲う魔物たちの群れは、すでに数百を超えている。
「チッ、思った以上に厄介だな……」
アレフが舌打ちする。
剣を構えるより早く、群れが動いた。
腐りかけた神官のようなアンデッド、翼を持つ獣、半透明の魔霊。
すべてが、“聖浄の神殿”の歪んだ信仰によって生み出された異形どもだった。
「行くぞ!」
アレフの号令とともに、地が割れた。
黒炎が走る。
ジェームスは華麗な足さばきでその隙間を縫い、
「レッスン1――鋭切!」
銀のナイフが、疾風のように首を跳ねた。
次の瞬間、彼のトレイが閃光を反射する。
「パーフェクト・レシーブ!」
弾かれた魔弾を受け流し、デュラが前へ出る。
「……退け」
声とともに、大剣が地を薙ぐ。瘴気の波が一瞬にして吹き飛んだ。
だが、敵の数は減らない。
次から次へと湧き出る魔物たちに、アレフは苦い息を漏らした。
「くそ、これじゃキリがねぇ……!」
そのときーー
塔の影から、十字架のペンダントを掲げた人影が現れた。
白い修道服に、風で乱れる金髪。
その背後には、十数人のシスターたちが立っていた。
「……あの声は……」
アレフが振り向く。
「ここは、私たちが食い止めます!」
マザーの声が、戦場に響き渡った。
あの孤児院のーーミーシャを送り届けた、あの優しい声。
しかし今、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
「気持ちはありがてぇけどよ、あんたたちだけじゃ――」
アレフが言いかけた瞬間、マザーは両手を掲げた。
「見くびってもらっては困ります!」
眩い光が、闇を貫いた。
巨大な聖環が塔の前方に浮かび上がる。
マザーの詠唱が重なった。
「――《聖浄の裁き(サンクティ・ジャッジメント)》!」
神々しい光の槍が、地を裂くように降り注いだ。
数十体の魔物が一瞬で蒸発し、瘴気が押し戻される。
アレフたちは、思わず息を呑んだ。
「……あれが、修道女の魔法か……!」
「ふむ、教会とは恐ろしいところですな」
ジェームスが小声で呟く。
他のシスターたちも、次々に詠唱を重ねた。
「恩返しです、アレフ様!」
「子どもたちの笑顔を守るために!」
聖光と瘴気がぶつかり合い、塔の前が閃光で満たされる。
マザーが振り返り、叫んだ。
「あなたたちは早く中へ! 私たちがここを守ります!」
アレフは拳を握りしめる。
目の奥が熱い。
だが、迷いはなかった。
「――行こう」
短く呟くと、三人は聖光の裂け目を抜けて塔の中へと駆け込んだ。
*
塔の内部は、外観とは裏腹に静寂に包まれていた。
床には白金の紋章、壁一面にびっしりと“聖句”が刻まれている。
だが、その文面はところどころ黒く焼け焦げ、歪んだ言葉へと変わっていた。
「神は人を愛す――だがその愛は、選ばれし者にのみ与えられる」
アレフは眉をひそめる。
「……くだらねぇ。まるで神が優劣を決めるみてぇな言い草だ」
プライドの声が、鎧の奥から低く響いた。
《それが“傲慢”だ。己こそ正義と信じ、他を見下す慢心。聖なる仮面を被った、最も醜き悪徳よ》
ジェームスが《エレガント・アイ》を発動する。
床に刻まれた魔方陣が淡く光り、罠の構造が浮かび上がる。
「罠の構成は……“聖域結界式”。内部に呪力を流し込むと反転するようですな」
デュラが頷く。
「ならば、俺が瘴気で塞ぐ」
彼の《瘴気の壁》が床一面を覆い、罠の回路を一時的に停止させる。
アレフはその隙に前進し、魔剣で障壁を斬り裂いた。
塔の上階へ進むたび、聖歌のような声が遠くから聞こえてくる。
だがそれは祈りではなく、どこか狂信めいた呟きだった。
次回タイトル:073話 傲慢の守護者ーーセラドール




