063話 異端者の街ベレティック
“強欲の幻影獣”との死闘が終わり、ザナドゥの街に戻ったアレフたちはその足でミーシャを迎えに行った。
それから数日後ーー
ミーシャを預かってもらう条件として、ファティマ商会の護衛を引き受けることになっていたアレフたちは、商会の馬車を引き連れ、鬱蒼と繁る木々の間を抜ける街道の上を歩いていた。
青々とした樹木に埋もれた山森を抜けた向こうに、黒い尖塔を林立させる都市の影が見える。
「……あれが、ベレティックか」
アスタロスが腕を組んで見上げる。
“異端者の街”と呼ばれる場所。
人間、亜人、そして異端と呼ばれる者たちが、肩を寄せ合いながら生きる街だ。
隣で小さな足音が止まる。
「わたし……ほんとに、ここに戻ってきたんだ……」
ミーシャが呟く。
彼女の瞳に映る街は、懐かしさと恐れ、そして希望の色を帯びていた。
アレフは足を止め、静かに頷いた。
「この街なら、お前の居場所を受け入れてくれる。……そうだろう、ミーシャ」
「うん。でも……これでお別れなんて……ちょっと寂しい...…」
うつむく彼女に、アレフは口の端をわずかに上げる。
「お前が望む限り、何度でも会いにきてやるさ」
短いやり取りの後、アレフたちはファティマ商会の一行と別れ、ベレティックの門へと向かった。
街の門前には、粗野な石造りの防壁が築かれ、出入りする者たちの列ができていた。
獣人、竜人、翼人、角を持つ者たちーー多種多様な種族が入り混じっている。
その中には人間の姿もあったが、彼らの周囲には、自然と距離を空ける者もいた。
受付に立つ衛兵は角を持つ獣人だった。
アレフの顔を見て、眉をひそめる。
「人間か。……何の用だ?」
「旅の途中だ。この街から拐われた孤児を送り届けにきた」
「孤児?」
ミーシャが小さく会釈すると、衛兵の目つきが少し柔らぐ。
「……なるほど。あの孤児院の子か。通れ。ただし、街の規律は守れよ。外から来た人間が問題を起こせば、容赦はしない」
通行証に刻印を押され、彼らは門をくぐる。
街に入った瞬間、空気が変わった。
露店の喧騒。香辛料の匂い。獣人たちの笑い声と、どこかに残る緊張感。
それは、共存と不信が同居する独特の世界だった。
「なんつーか……空気が濃ぇな。オレ、ちょっと息苦しいわ」
アスタロスが苦笑いを漏らす。
「慣れの問題だろう。……ミーシャ、大丈夫か?」
「うん……みんな、昔と変わってない」
そう言いつつも、彼女の手は少し震えていた。
昼下がり、街の広場を抜けたところで、不穏な怒声が響いた。
「てめぇ、どこ見て歩いてんだコラ!」
視線を向けると、牛頭の亜人が一人の少年を壁際に押しつけていた。
周囲では、他の亜人たちがにやにやと笑いながら取り囲んでいる。
少年はまだ十歳にも満たない。
服は擦り切れ、膝には血が滲んでいた。
「やめて! その子に触らないで!」
ミーシャが叫び、走り出す。
彼女の声に、アレフが反射的に視線を向けた。
「知り合いか?」
「孤児院の子たち……あの子も、みんなも……!」
次の瞬間、アスタロスが前へ躍り出た。
「やい、てめぇら! そんなちっこいガキ相手に意気がって楽しいのかぁ?」
低く響く声に、牛頭の男が睨み返す。
「人間の連れか? てめぇも――」
言葉が終わるより早く、アスタロスの戦斧が閃いた。
空気を裂く音とともに、峰打ちによって亜人の巨体が地面を滑るように吹き飛ぶ。
「おう、他にやりたい奴はいるか? 手加減は一回までだぜ」
沈黙。
亜人たちは舌打ちしながら散っていく。
ミーシャは駆け寄り、少年たちに声をかけた。
「ルー、エディ、無事だった?」
「ミーシャ姉ちゃん……!? 本当に、ミーシャ姉ちゃんだ!」
子供たちは涙をこぼしながら抱きつく。
アレフはその光景を静かに見つめた。
戦いの後でも、こうして誰かが笑えるならーーその旅に意味はある。
街の南区。古い修道院を改装した建物が、孤児院だった。
木の扉が開くと、数人のシスターが出迎える。
その中の一人ーー
栗色の髪をした若い女性が、子供たちの中にミーシャの姿を見つけ、目を見開いた。
「……ミーシャ? あなた、本当に……!」
「マリアンヌ姉さま!」
ミーシャが駆け寄る。
次の瞬間、マリアンヌは彼女を抱きしめた。
温かな涙が頬を伝う。
「無事だったのね……あなたが拐われたと聞いて、どんなに心配したか……」
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫。アレフさんたちが助けてくれたの」
そのやり取りを見ていたアレフに、老齢の女性ーー孤児院のマザーが声をかけた。
「あなたが……ミーシャを? 本当に、ありがとう。あの子は私たちの宝なの」
「俺たちは、導かれただけです」
マザーは微笑む。
「この街はね、あなたのような外から来た人間には決して優しくない。でも、ミーシャのような子が笑える場所であるために、私たちはここにいるのよ」
その言葉に、アレフは小さく頷いた。
だが同時に、マザーの瞳の奥に、深い憂いを見た。
彼女は続けた。
「最近、街の外で人間と亜人の衝突が増えているの。……それでも、ここだけは穏やかでいたいのだけれど」
静かな言葉が、部屋の空気を重くした。
アレフは短く息を吐く。
「争いの根は深い。けれど――いつか、変わる日が来る」
翌朝。孤児院の前には、朝露をまとった花が咲き誇っていた。
ミーシャは子供たちに囲まれながら、アレフの前に立つ。
「アレフお兄ちゃん……ありがとう。わたし、ここで頑張る。今度は、守る側になりたいの」
彼女の瞳には、もう怯えではなく確かな光が宿っていた。
アレフはその頭に手を置く。
「強くなれ。だが、優しさを失うな。それが、お前の力だ」
「うん……約束する」
無邪気な笑顔をアレフに向ける。
やがて、ミーシャと孤児院の人たちに見送られながら、アレフたちは歩き出した。
少し行ったところでアスタロスが肩を竦める。
「なぁ、兄貴。次はどこ行くんだ? “B”ランクの神器、もう一つ残ってるんだろ?」
「ああ。“傭兵の街フォルティス”に『傲慢の鎧』が眠るダンジョンがある」
「また厄介そうな名前だな……」
苦笑するアスタロスの遠く後ろで、ミーシャが小さく手を振っていた。
風が吹き抜ける。
ベレティックの街を離れ、アレフたちは隣国ヴィクターへと歩き出す。
背後で、孤児院の鐘が鳴った。
その音は、別れを告げる鐘ではなくーー
未来へ向けた祈りのように、彼らの背中を押していた。
次回タイトル:064話 恋と笑いのベレティック脱出劇




