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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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062話 奪う者と喰らう者

霧の奥から現れたのは、もう一人のアレフ。


いや、正確には――ライカとシノから奪った記憶から“アレフの記憶”を再現した存在だった。


虚ろな瞳。無機質な笑み。


その手には、《グラトニー》の模造品が握られている。


「まるで、俺の過去を見てるみてぇだな」


本物のアレフが皮肉をこぼすと、幻影のアレフが、ゆっくりと刃を構えた。


瞬間、衝撃音。


両者の剣がぶつかり、黒と灰の火花が散った。


斬撃、回転、跳躍、踏み込みーー

そのすべてが、本物と偽物の区別がつかないほどに、完璧に同じだった。


「アレフ様! そっちは危険です、あれは――!」


ジェームスの警告を遮るように、幻影のアレフが口を開いた。


「俺は……“お前が失ったもの”だ」


その言葉に、アレフの動きが一瞬止まる。


その隙を突いて、幻影が刃を横薙ぎに振るった。


浅く肩を裂く。


「チッ……!」


血が飛び散り、床に赤い線を描いた。


だがアレフは笑う。


「……そうか。“俺が手放したもの”か。だったら――喰い直すまでだ」


彼は、腰に提げた一本の杖を手に取った。


細く、黒い枝のような杖。先端には涙型の宝珠が光る。


それは、かつて賢者だった者が死霊王となる前から愛用していた杖に、彼の“最愛なる者”の呪いを封印した“死者を喚ぶ”呪具。


「使えるかわからねぇが……やってみる価値はある」


アレフは杖を床に突き立てた。

次の瞬間、黒い陣が広がり、空気が震える。


「来い!彷徨いし魂ども!冥府の嘆きを力に変えよ。

眠りし魂魄こんぱくよ、現世うつしよの土に呼ばわるわれに従え!

今こそ、安らぎを棄て、

喚び声に応えよ!」


杖から放たれた光が、霧の中に溶け込んでいく。


そこから、無数の声が流れ出した。


泣き声、笑い声、戦いの叫び。

そして、仲間たちの声。


――“もう一度、前を見て”

――“あなたの力は奪えない”


アスタロス、ライカ、シノ――三人の心の残響が、光の帯となってアレフの背中に流れ込む。


「ッ……これが……“奪われた記憶”……!」


嘆きのワンドを握りる手に力がこもる。


彼の想いに応えるように、黒い魔法陣が床一面に広がる。


そこから立ち上がるのは、骸骨の軍勢。


腐敗も血もない、ただ“命を失った肉体”だけの無数の兵士たち。


「スケルトンどもに……取り憑かせるつもりか!?」


デュラが息を呑んだ。


「そうだ。こいつは“奪う”しか能がねぇ。なら、好きなだけ奪わせてやる」


幻影獣が咆哮を上げる。


その影が、スケルトンの群れに飛び込む。


次々に呪いの波が走り、骸骨たちが一体ずつ光を放って砕け散る。


幻影獣は確かに“奪っている”。


だがーー


その奪ったスキルは、スケルトンが持つ唯一のスキルーーただの骨の剣技。


スケルトンのスキルが奪われるたび、幻影獣の模倣に“粗”が生じていった。


それは、アレフの狙い通りだった。


「そうだ……奪え。どんどん奪え。だが、そこに価値はない」


アレフの声が静かに響く。


幻影獣が気づいた時にはもう遅かった。


呪いの鎖は無数に分散され、彼自身が自らの力を“薄めて”いたのだ。


ーー謀ッタ、ナ。


怒りが爆ぜる。


空気が震え、周囲のスケルトンたちが一斉に吹き飛ぶ。


幻影獣は咆哮した。


すべての瞳がアレフに向けられる。


――奪ウ。貴様ノ全テヲ。


「奪ってみろよ。奪えるものならな!!」


黒い影が一直線にアレフへ襲いかかる。


だが、その瞬間ーー


幻影獣の“奪う呪い”は、アレフには届かなかった。


「……な、ぜ……奪エヌ?」


「そりゃあ、お前の“奪う呪い”よりも、俺の中の“喰らう呪い”の方が強ぇからだ!」


アレフの左腕が赤黒く輝く。


憤怒の手甲ラース


その核には、過去に討ち倒した“憤怒のの魂”が封じられている。


アレフは拳を掲げた。


「奪えねぇなら、俺の方からくれてやる! 怒りの炎をな!!」


次の瞬間、手甲の模様が燃え上がった。


黒炎が噴き出し、まるで生きた龍のようにうねりを上げる。


その炎は幻影獣の体を飲み込み、焼き尽くした。


――グ、アアアアアアアアアッ!!


幻影獣の絶叫。


《ふ……憤怒……き、貴様マデ……》


その体から溢れ出した無数の記憶の粒子が、空中で散り、仲間たちへと還っていく。


「くそっ!この俺様がみすみす技を盗まれちまうとはな……」


アスタロスは悔しげに拳を床に叩きつける。


ライカは膝をつき、震える声で呟いた。


「……戻ってきた……! 僕の魔法……! 記憶が……!」


シノも拳を握る。


「妾の竜気術が戻った……!」


アレフは黙って黒炎の中に立っていた。


幻影獣が崩れ落ちる瞬間、その中心にーー黒い指輪が浮かんでいた。


アレフは静かに手を伸ばし、指輪を掴んだ。


途端に、脳裏に膨大な声が流れ込んでくる。


ーー喰ラウ者ヨ、汝ハ何ヲ求ム。


アレフは指輪を見つめ、低く呟いた。


「……最強の力だ。こいつらを何者からも守れる、な」


黒炎が指輪を包み、その金属は深紅に染まっていく。


やがてそれは静かに輝きを収め、アレフの指に馴染んだ。


「お前の名は……“グリード”だ」


そう名を告げた瞬間、指輪の表面に刻印が走る。


それは、グリードがアレフを受け入れた証でもあった。



炎が消え、崩壊した書庫に静けさが戻る。


天井から光が差し込み、舞い上がる灰が金色に輝いた。


ライカが歩み寄る。


「アレフお兄ちゃんは……僕たちのこと、絶対に忘れちゃいやだよ……」


「大丈夫だ。こいつはもう、俺から奪おうとしねぇ。逆に、俺が“使う”」


シノが笑う。


「お主というやつは……どんな呪いも味方にしてしまうのじゃな」


「呪いも力も、使い方次第だ。強欲も憤怒も、結局は“意志”の問題だろ」


言った通り、アレフの言葉からは強い意志が感じられた。


ライカがアレフの手を見つめる。


その指に光る、黒紅の指輪。


彼女は小さく微笑んだ。


「……それが、“強欲”の証なの?」


「ああ。だけど、俺にとっては――“仲間の記憶”を取り戻した証でもある」


風が吹いた。


崩れた壁の隙間から、外の光が差し込む。


その光の中に、アレフの影がゆっくりと伸びていった。


“喰らう、怒りを燃やす、惑わす、奪う”といった《七つの大罪シリーズ》の神器の四つが、いまや彼の身に備わっている。


しかし、彼の胸の奥には、“まだ足りない、最強に至るための力を求める旅”への渇望が宿っていた。


ダンジョンを後にし、沈みゆく夕陽の下、アレフはふと遠くの空を見上げる。


紫紺に沈む空の向こうに、いまだ見ぬ“次なる罪の神器”が眠っている。


これまで揃えた四つの“呪われた神器”は、次に“傲慢”を討つだろう。


風が頬を撫でた。


その風は、かつて“知識の府”だったダンジョンから吹き抜ける、記憶の残り香だった。

次回タイトル:063話 異端者の街ベレティック

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