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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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061話 強欲の幻影獣(グリーディ・ファントム)

荒廃した“知識の府”の最奥。


そこは、時間そのものが止まったような空間だった。


崩れ落ちた書架の間に、幾万もの書物が積み重なり、どれも長い年月を経て、砂のように崩れていた。


空気は重く、乾いていながらも、どこか湿っている。


それは、無数の記憶と怨嗟が混じり合って凝縮した、濃密な「知識の死臭」だった。


「……ここが、“強欲の幻影獣”が眠る場所か」


アレフが呟くと、嘆きのワンドの先の淡い光が、床に刻まれた魔法陣の断片を照らした。


床一面に広がる幾何学紋様。


それはすでに崩壊しており、ところどころが欠けているが、それでも中心に刻まれた“目”の紋章だけは鮮明に残っていた。


「気をつけて、アレフお兄ちゃん。この空間……“感じる”って。誰かが私たちを見ているみたい」


ライカがグリモワールの警告を伝え、周囲に防御結界を展開する。


「……“記憶の反響”かもしれませんな」


ジェームスが霧のように漂う光の粒を見上げながら言う。


「聞こえるか? 剣の音、詠唱の声……これは、ここで死んだ者たちの残響だ」


思念体であるデュラは、他の者に比べて、そういったものには敏感なようだった。


耳を澄ますと、確かに絶えず誰かの断末魔、剣戟、祈りの言葉が交錯していた。


そして次の瞬間、光の粒がふっと収束し、霧の奥にひとつの“影”が形を成す。


それは、人の形をしていながら、完全には存在していないもの。


半透明の体を持ち、輪郭が常に波打ち、狼や獅子、あるいは人間の姿へと変化を繰り返していた。


「出やがったな……“グリーディ・ファントム”」


相手の記憶に侵入し、対象者のスキルを模倣する呪いを持つ。


ただし、その呪いには制限がある。


対象者とする数に制限はないが、一人の対象者から一度に奪えるスキルは一つだけというものだ。


また、模倣したスキルの数が多いほど精度が落ちる……といった欠点も同時に存在した。


アレフの瞳が鋭く光る。


幻影獣はゆっくりと顔を上げ、無数の目のような光を闇の中に開いた。


その目のすべてが、アレフたちの“記憶”を覗き込もうとしている。


《我ハ……喰ウ……。奪ウ……。欲ス……》


不定形の声が響き渡り、次の瞬間、空気が裂けた。


霧が吹き荒れ、周囲に無数の“残像”が現れる。


それは、過去にここへ挑み、敗れ去った冒険者たちの幻影。


幻影獣が奪った“模倣された記憶”が、擬似的に再現された姿だった。


「来るぞッ!!」


アレフの叫びと同時に、仲間たちは戦闘態勢を取った。


アスタロスが戦斧を構え、シノが拳に竜気を集約させ、ライカが詠唱を開始する。


しかし、霧の中に散らばる無数の影たちは、まるで彼らの動きを先読みしていたかのように、同時に戦斧と魔法を放った。


──“記憶の模倣”が始まったのだ。


戦いの序盤は、完全な互角に見えた。

だが、それはほんの一瞬の錯覚だった。


「はやっ──!?」


アスタロスが雷撃を放つより早く、幻影が同じ技を放ち、雷が相殺された。


「ぼ、僕の……魔法が……?」


ライカの詠唱も、いつの間にか幻影の口から同じ呪文が紡がれていた。


水の波がぶつかり合い、互いを打ち消す。


シノは竜爪を構えたが、その竜爪の先にも、まるで鏡写しのように同じ構えを取る幻影がいた。


──模倣が、完全だった。


そして幻影獣の“本体”が低く唸り、周囲に無数の触手のような黒い影を伸ばした。


それはまるで蛇のように這い回り、仲間たちの身体に絡みつく。


「くっ……これは、取り憑かれる……!」


アスタロスが抵抗するが、その瞬間、彼女の頭の中に鋭い痛みが走る。


──記憶を喰われる。


幻影獣は、相手の意識と接触した瞬間、その者の“記憶領域”を食い破り、

スキルや魔法の“根”となる記憶を強引に奪い取っていく。


「アスタロスッ!」


シノが駆け寄ろうとするが、その足を別の幻影が遮る。


アレフは冷静に全体を見渡した。


(なるほどな……これが“強欲”の名を冠する理由か)


幻影獣は、記憶を喰う。


それはただの模倣ではなく、“奪い”の呪い。


一度喰われた記憶は、所有権ごと奪われ、元の持ち主からは完全に消失する。


「は……はは……アレフよ……」


シノが苦笑いを浮かべる。


「妾の……“竜気術”の型、全部……抜かれてしもうた……」


シノの竜爪は震え、次の一撃が空を切る。


彼女の身体が覚えていたはずの戦闘の感覚が、消えていた。


その隙を突いて、幻影が同じ構えを取る。


鏡のような一撃ーー


シノ自身の技が、彼女に叩き込まれた。


《……竜爪ーードラゴン・クロウ》


「うあああああッ!」


爆ぜる音と共に、シノが吹き飛ぶ。


「ぬぅ……もう、見ていられん……!」


「お止めなさい! たとえ思念体の貴方でも、同じ目に遭うだけです!」


今にも飛び出そうとするデュラをジェームスが制する。


だが幻影たちは止まらない。

次に標的にされたのは、ライカだった。


触手が彼女の腕を掠めるだけで、記憶の光が散り、

その瞬間、ライカが放った防御結界が弾け飛んだ。


「えっ……防御呪文の詠唱式が、思い出せない……?」


ライカの表情が恐怖に染まる。


その恐怖に呼応するように、幻影獣が不気味な笑い声を上げた。


《アァ……アアァ……奪ウ。奪ウ。奪ウ……!》


闇の触手が一斉に蠢き、三人の記憶を次々と喰らっていく。


スキル、魔法、技、詠唱、呼吸法、戦闘経験、感情の連鎖までも。


それは、まるで魂の断片を引き裂かれるような苦痛だった。


見かねたアレフが魔剣を構え、前へ出た。


──だが。


幻影獣は、アレフを一瞥しただけで動きを止めた。


触手が彼に触れた瞬間、逆に焼かれるように弾け飛ぶ。


彼の腰に佩かれた《暴食の魔剣グラトニー》が、微かに脈動していた。


幻影獣の“奪う呪い”を喰らっているのだ。


「……俺からは何も奪えねぇぜ」


アレフはゆっくりと口角を上げた。


《アアァ……ボ……暴食……ジャマスル……ナ……何故……奪ワセ……ナイ》


そう口にする幻影獣の言葉からは、暴食に対しての敵意が感じられた。


幻影獣はアレフから離れると、形を変えながら、なおもライカたちの記憶を喰らおうとしていた。


奪う、模倣する、上書きする――その一連の行為は、美しくさえあった。


だがアレフの瞳は、冷たく燃えていた。


「奪うのお前のが本能なら――喰らうのは俺の本能だ」


彼は魔剣を抜き放つ。


黒い刃が空気を裂くと同時に、手甲から“暴食の呪い”を滲ませた“憤怒の黒炎”が噴き出した。


「霧に“奪う呪い”を紛れ込ませているんだろ?」


“暴食の黒炎”は周囲に漂う“奪う呪い”を喰らい、爆ぜるように輝いた。


幻影獣の無数の目が一斉に開き、アレフの動きを凝視する。


刹那、触手が十数本、矢のように伸び――アレフを貫かんと襲いかかる。


「ライカ、シノ、下がれッ!!」


アレフが叫ぶ。


二人が崩れた書架の陰へ身を隠した瞬間、黒炎の衝撃波が空間を裂いた。


だがアレフは避けなかった。

代わりに、魔剣を前に突き出す。


「《暴食領域・グラトニーフィールド》!!」


地面に黒い円陣が広がり、そこから黒炎が立ち上る。


それは、幻影獣の放つ“奪う呪い”の波をそのまま“喰らい返す”領域。


奪いと喰らい――強欲と暴食が、真正面から衝突した。


世界が歪んだ。


光と闇が入り乱れ、書物が宙に舞い、崩れた天井の光が狂ったように明滅する。


「アァ……アアアアアァァァ!!」


幻影獣が悲鳴を上げる。


奪った記憶の一部が、逆流していくのだ。


それは、幻影獣にとって存在の根を抉られる行為だった。


アレフはその隙に、短く息を吐いた。


「やっぱり……お前は、“奪った記憶”に依存して生きてるんだな」


幻影獣の体表が波打ち、そこに一瞬、見覚えのある姿が浮かぶ。


ーーシノの姿。


ーーライカの声。


ーーそして、アレフ自身の影。


「……まさか……!」


ジェームスが息を呑む。


幻影獣は、彼らの“今まさに喰らっている記憶”を姿として再現し始めていた。


それは、自分自身との戦いの始まりでもあった。

次回タイトル:062話 奪う者と喰らう者

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