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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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060話 強欲のダンジョンに向けて

競売場の騒動から、三日ーー

アレフたちは大商人ファティマのもとにいた。

彼らが強欲のダンジョンに行っている間、ミーシャを預かってもらおうというのである。


しかし、ファティマも商人である以上、タダでというわけにはいかないとして、次にアレフたちが向かう予定の街ーー異端者の街ベレティックまでの護衛を条件に、ミーシャの安全を約束してくれた。


去り際、ミーシャの細い指が、離れまいと布の端を掴んでいた。


「安心しろ。お前を見捨てたりなんかしない。俺たちは必ず戻って来る」

と、アレフはそっとその手を取った。


ミーシャはこぼれ落ちそうな涙を拭い、コクリと頷いた。


ファティマにくれぐれも頼むと念を押し、未だ心細いといったミーシャの眼差しを背中に感じながら、アレフたちは宿に足を向けるのだった。


静寂の宿の一室。


カーテンの隙間から差す朝の光が、アレフの頬を淡く照らす。


机の上には、例の指輪を模した金属片と、図書館から借り受けた手記が置かれていた。


 『“強欲”の本体は、北西の荒野。かつて“知識の府”と呼ばれた学舎の廃墟に眠る。

  それは“奪う”ことを本質とする幻影獣の棲処。』


「……ここが、次の目的地か」


低く呟いたアレフに、隣で装備を整えていたシノが顔を上げた。

 

「強欲の幻影獣。――奪う、か。まるでこの世の縮図じゃの」


「皮肉ですな。金も名誉も、知識さえも奪い合う街で、ダンジョン・コアとして“強欲”が封じられた場所が、学問の廃墟とは……」


タキシードを整えながらジェームスが呟く。


アレフの瞳が一瞬、微かに揺れた。


だがその表情はすぐに戻る。


「行くぞ。夜明けを待つ必要はない」


外では、すでにデュラが馬車の準備を整えていた。


「ルートは北西。三日の道のりです」


ジェームスが地図を広げ、静かに告げた。


「ただし、途中、ダンジョンから漏れ出した“記憶を失わせる霧”が発生する場所を通ることになります。あまり長く滞在すれば、道を見失うどころか、自分が誰かすら忘れるかもしれません」


「それでも行くさ」


アルジェは淡々と応え、馬車へと乗り込む。


夜明けの街を抜け、石畳を踏みしめながら、

彼らは静かに“強欲の迷宮”への旅路を始めた。


ザナドゥの喧噪が遠のくにつれ、

世界の色は徐々に褪せていった。


荒原ーー


草一本生えぬ灰色の大地。


風は乾ききり、音を持たない。


空は鉛のように重く、昼でも月光のような薄光しか差さない。


生命の気配を奪い尽くしたかのような、静寂の荒野だった。


ライカが馬車の窓から身を乗り出し、眉をひそめる。


「……空気が変です。まるで“夢の中”みたい」


「夢ではございません。ここは“記録”です」


ジェームスーが低く呟く。


「この地帯は、かつて魔導学院が存在した場所。そこでは、知識を“抽出”する魔法実験が行われていたと記録にあります。おそらく、それが暴走して……世界の記憶そのものが焼き付いたのでしょう」


馬車の中が一瞬、冷気に包まれた。


アレフは腕を組み、視線を遠くへ向ける。


「つまり、“強欲”は人の知を喰った結果、この土地を“記憶の墓所”に変えたってわけか」



やがて、地平の彼方に巨大な影が見えた。


崩れかけた尖塔、半ば埋もれた石造りのドーム。


かつて図書館であり、魔導士たちの学舎だった建造物。


“強欲の迷宮”ーーその外観が、ようやく彼らの前に姿を現した。


しかしその瞬間――


目の前が白く陰った。


「っ……これは……?」


ライカが頭を押さえる。


空気が歪み、光が揺らぐ。

彼女たちの周囲に、淡い幻影が浮かび上がった。


それは剣を構えた冒険者の姿、杖を掲げた魔導士、

そして炎の中に消えていった名もなき学者たち。


「記憶の反響……!」


ジェームスが叫ぶ。


「この場所は、死んだ者の“スキル残響”が浮遊しているのです!」


幻影たちが、一斉に動いた。


その動きは拙く、断片的だがーー

中には、実体を伴うものもいた。


地面から這い出す影、本の形をした魔物、

そして、ページの中から腕を伸ばす“記録の亡骸”たち。


「来るぞッ!」


アレフが剣を抜いた。


黒刃が風を裂き、幻影の群れを切り払う。


だが、斬られた影は光の粒となって消えるだけで、

完全には消滅しない。


「倒しても無駄みたい。記録は繰り返すって!」


ライカの脳裏にグリモワールの声が響く。


ライカはページをめくり願う。

直後、彼女は白紙に綴られる新たな文字を追いかけるように詠唱を紡いでいく。


「《ディスペル・メモリア》――過去の呪縛を断つ光!!」


眩い光が迸り、幻影たちは一斉に霧散した。


しかし、辺りに漂う冷気はなおも残り、

まるで彼らを“見ている”ような視線が、背後に感じられた。


「……このダンジョン、ただの遺跡じゃねぇ」


アスタロスが呟く。


「意思がある。まるで、俺様たちの記憶を覗こうとしているみたいだ……」


「だったら、覗かれる前に踏み込むまでだ!」


アレフは前方の巨大な扉を見据えた。


扉の表面には、無数の文様と古代語がびっしりと刻まれている。


アレフが扉に手をかけると、

低い振動と共に、石の門がゆっくりと開いた。


中はーー冷たい。


光を吸い込むような、青白い闇。

壁の至る所に、古文書や破れた魔導書が突き刺さっている。


空気には淡い魔素が漂い、

どこかで“囁き声”のような音が響く。


『ようこそ、奪われる者たちよ。ここでは、すべてが“価値”によって測られる。』


ダンジョンの奥、光の届かぬ闇の中。


アレフは剣を構えたまま、静かに言う。


「……行こう。ここが、“強欲”の心臓部だ」

次回タイトル:061話 強欲の幻影獣グリーディ・ファントム

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