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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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059話 呪法浄化計画

セルフィリアには幾つかの信仰勢力が存在する。


亜人を異端と断じ、処刑や浄化を正義と叫ぶ狂信的な組織、“聖浄の神殿”と呼ばれる勢力はその一つである。


夜が落ちると同時に、聖浄の神殿は静寂に包まれた。


月光を受けて白亜の大理石が輝くその姿は、まるで神そのものの威光を示すように荘厳で、外の信徒たちはただひれ伏すことしかできない。


だが、その輝きの奥で蠢くのは、祈りではなく――野望だった。


謁見の間の奥。


神の御言葉を受けるための祭壇の裏には、外部の者が立ち入ることを禁じられた「封印区画」が存在する。


かつては神託を受ける場であったが、今では禁忌の研究が行われる実験施設へと姿を変えていた。


空気は濃密な呪詛の残滓を孕み、魔導陣の線が床に幾重にも刻まれている。


天井から吊るされた鎖の先には、うつろな瞳をした信徒がいくつもーー

神官たちが無言で祈るたび、その者たちの胸から淡い光が抜け出し、黒曜石の器に吸い込まれていく。


それは聖なる儀式ではない。


“魂の抽出”ーー

神殿が裏で続けている禁断の研究であった。


「……報告の通りです、大神官様」


黒衣の神官長が跪き、両手を胸に当てる。


その指には黄金の印章――“浄のピュリファイ・シール”が輝いていた。


一方、祭壇の奥に立つ大神官は、純白の法衣を纏いながらも、目の奥に宿る光は冷たい。


「ザナドゥの競売にかけられていたハーフエルフですが……落札できなかったようです」


大神官はゆるやかに瞼を開き、冷ややかに息を吐いた。


「ほう。わたしたち以外に、あのような忌み子に大金を支払う者がいるとは……驚きです」


「落札したのは、例の竜姫が行動を共にする冒険者一行だそうです。……“アレフ”という青年を中心とした一団との報告がありました」


「……サミュエルを出し抜いたという連中ですか。ふむ……少々目障りですね」


大神官はゆっくりと玉座に腰を下ろした。


背後の壁には、“浄火の神”リオス=セラフィムを模した巨大なステンドグラスがあり、赤と金の光が彼の横顔を照らす。


だがその光は聖性よりもむしろーー血の色に近かった。


「ところで、実験の方はどうなっていますか?」


神官長は恭しく頭を垂れた。


「はい。“呪力探知の羅針盤”のおかげで、神器の入手に成功いたしました。

 じきに試作品が完成するかと思います。例の『呪因子抽出炉』も稼働率八割を超えております」


「それは上々です」


大神官の唇が歪む。


満足げな微笑は、慈悲ではなく、獲物を前にした蛇のようだった。


この神殿が掲げる教義ーー


それは「人の世から穢れを浄化し、神の秩序を取り戻す」こと。


「呪いを理解せぬ者に、浄化など出来ぬ――」

それが、大神官の信念だった。


そして、彼は決断した。


“呪いをもって呪いを制する”研究ーー《呪法浄化計画》


「ですが、問題が一つ……」


神官長が言葉を続ける。


「神官の一人が神器に呑み込まれ、行方を眩ましました。現在、手の空いた神官たちに行方を追わせております」


大神官は眉ひとつ動かさない。


「ふん。あれは元々、呪力を持たない我々には扱いきれない代物です。

 神器の因子はすでに手に入ったのです。あれはもう放っておいて構いません。むしろ、そちらの方が――都合が良い」


「……都合、ですか?」


「ええ。呪いとは、宿主を失えば拡散する。いずれ誰かがそれに触れるでしょう。

そして、また利用できる新たな『呪力』が生まれる。……我々が求める“循環”です」


その言葉を聞いた神官長は、わずかに戦慄した。


大神官の思想は、もはや“神の救済”ではなく、“神そのものの再創造”に近い。


彼にとって神は信仰の対象ではなく、“道具”だった。


大神官は立ち上がり、壁の奥にある封印扉の方へ歩き出す。


黒い魔導印がびっしりと刻まれた扉が、重々しい音を立てて開いた。


中には、赤黒く染まった水晶のような結晶体が台座に鎮座している。


「これが……試作品ですか」


神官長が息を呑む。


「そうだ。“因子同調炉”――神器から抽出した呪因子と、呪力を持つ人間の魂を融合させるための装置だ。これを完成させれば、我々は“神に等しい力”を手にする」


台座には、無数の管と符文が絡み合い、中央には“心臓”のように鼓動する結晶体が収められていた。


それは、神器から削り取られた呪核の一片ーー

“傲慢の鎧”の因子から作り出したものだった。


「……呪核からダンジョン・コアを作るなど、本当に可能なのでしょうか?」


「可能だとも。問題は、どれだけの犠牲を払うかだけだ」


大神官の声は冷たいが、確信に満ちていた。


「人は“神の力”を持たずとも、“神の呪い”を作り出せる。それが我々の導き出した結論だ。

……そして、完成した“神罰の器”は、異端者どもを粛清する光となる」


神官長は、そこでふと口を開いた。


「では、例のハーフエルフの少女……“ミーシャ”は?」


大神官の目が細く光る。


「彼女が彼らの手に渡ったのは、むしろ好都合でした。

彼女には利用価値がある。なにしろ、あの冒険者どもをベレティックへと導く“鍵”となってくれたのですから」


「……“異端者の街”ベレティック、ですか」


「ええ。反聖浄派、異端審問逃れの魔術師、そして精霊の残党どもが巣食う、呪われた街です。

神の浄火が届かぬ土地で、奴らは自由を謳っている。……滑稽な話でしょう」


大神官は、ステンドグラス越しに外を見つめた。


月が、まるで神殿の尖塔に刺さるように光っている。


「例の冒険者たちは、間違いなくベレティックへ向かう。

ならば、我々の“実験”の完成と同時にーー浄化の名のもとに彼らを滅ぼす。 異端者共々、ね」


そして、神官長に視線を向ける。


「……実験を急がせなさい。彼らがミーシャをベレティックに送り届けたのち、完成したダンジョン・コアを起動させるのです。きっと彼らはベレティックに戻ることでしょう」


「仰せのままに」


神官長が一礼し、静かに謁見の間を後にする。


その背に、大神官の声が低く響いた。


「神は……沈黙した。ならば、我らが神に代わり、“秩序”を定義するのだ。 呪いも祈りも、すべては我が手の中に――」


扉が閉じると同時に、大神官はゆっくりと祭壇の上にある“聖杯”を手に取った。


杯の中には、金色の液体――しかしその表面には紫の光が滲んでいる。


呪力と聖力を混ぜ合わせた禁断の液体、“聖呪混合液サンクティ・マライズ”。


彼はそれを一口、静かに飲み干した。


その瞬間、彼の瞳の奥で淡く紫光が瞬く。


肌に刻まれた聖痕が、かすかに黒ずんだ。


「……これでよい。神の力を盗み、神を超える。それこそが“真の浄化”だ」


外では鐘が鳴り、朝を告げる祈りの声が響き始めていた。


信徒たちは知らない。


自らが信じる“聖浄の神”が、いまや人の姿で呪いに染まりつつあることをーー


夜明けとともに、聖浄の神殿は再び静寂に包まれる。


その奥で、呪核の鼓動がひとつ、脈を打った。


それはまるで、世界の崩壊を予告する“心臓の音”のようだった。

次回タイトル:060話 強欲のダンジョンに向けて

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