057話 裏カジノ
夜のザナドゥは、昼の喧騒とはまるで別の貌を見せる。
表通りは煌びやかなランプの灯に照らされ、商人や冒険者、遊興に興じる者たちで賑わっていたが、裏路地へ一歩踏み込めば、途端に冷たい空気が支配する。
暗がりには薄汚れた壁、潜む影、そして目を凝らさねば見えぬほどの小さな導き灯ーー
そこが、街に根を張る闇ギルドの縄張りだった。
アレフたちは、大商人ファティマの用意した紹介状を手に、その裏路地を進んでいた。
普段なら容易には通してもらえぬはずの場所だが、金と信用を積み重ねてきたファティマの口利きは絶大だった。
「……なるほどな」
アレフは、入口に設えられた鉄扉を見上げ、低く笑った。
装飾は一切なく、重々しい鉄の塊。扉の脇には無言の番人が二人、鋭い眼光を向けている。
ファティマが言っていた通りだーー
このカジノはただの遊興場ではない。
裏社会に通じる者しか足を踏み入れられない、“別格”の場所だ。
「紹介状を」
番人の一人が低く告げる。
アレフは無言で封を施された羊皮紙を差し出した。
番人は目を細め、蝋印を確認する。
一瞬、空気が張り詰めたが、やがて番人は小さく頷き、無骨な手で扉を押し開けた。
――その瞬間、華やかな喧騒が溢れ出した。
まばゆい光、響き渡る楽団の旋律、そして人々の熱気。
石造りの地下空間は天井高く広がり、煌々と輝くシャンデリアが場を照らしている。
中央には巨大なルーレット台、奥にはカードテーブルが整然と並び、さらに脇には魔道具を使った特別な遊戯場が広がっていた。
アレフたち五人は足を止め、思わずその光景に目を奪われる。
「……すごい、ね」
ライカが小声で呟く。
彼女の瞳は好奇心で輝いていたが、同時に魔力の奔流を敏感に感じ取っていた。
ファティマの言葉通り、場内全域に“魔力感知”の術式が張り巡らされている。
赤外線のように、常時、客たちの動きを監視しているのだ。
少しでも魔法を使えば、即座に感知されるだろう。
「お前は外で待機だ、ライカ」
アレフが肩を叩く。
「……え?」
「お前の魔力は制御が甘い。ちょっとしたはみ出しでも即、感知される。外で待て。――俺たちが勝ちを持ち帰ってくる」
ライカは唇を噛み、不満げに頷いた。
「デュラ、ライカを頼む」
「……承知」
ライカとデュラを残し、四人は場内へ散る。
各々が選んだ遊戯へと向かう。
アスタロスとシノは、ルーレット台の前に並んだ。
「フッ……運試しってやつだな」
アスタロスは大仰に椅子へ腰を下ろし、チップを山盛りに積む。
「せっかくの機会じゃ、いっちょ派手にいこうかの」
シノも負けじと笑みを浮かべ、彼の隣に座った。
二人の前で、巨大な円盤が回る。球が跳ね、音を立て、緊張と興奮を煽る。
彼らは初めこそ戸惑っていたが、持ち前の豪胆さで大胆に賭け始め、やがて“ビギナーズラック”としか思えぬ勢いでチップを二倍に膨らませていった。
ジェームスは、別室に設けられたカードゲーム――「サイキック・ブラフ」に挑んでいた。
これは心理戦の極致。
「真実」と「虚偽」のカードが配られ、プレイヤーは己の手札に関する断言を行う。
相手が真実を言っているか嘘をついているかを見抜き、洞察チップを賭けるーー
そんな、究極の読心ゲームだ。
ジェームスは鋭い眼差しで相手を見据えた。
目の動き、呼吸の乱れ、指先の震え。さらに“魔力の残滓”が放つ微かな紫のゆらめきをも見逃さない。
彼の《エレガントアイ》は、すでに幾度も真偽を見抜き、圧倒的な勝利を重ねていた。
「……見事だな」
対戦相手の一人が呻くように言った。
気づけばジェームスのチップは五倍に膨らみ、周囲の視線を集めていた。
そしてアレフは――。
彼はポーカーテーブルの前に座っていた。
無表情のディーラー、冷たい笑みを浮かべたギャンブラーたち。張り詰めた空気の中、アレフは悠然と腰を下ろし、カードを指で弄ぶ。
……開始からわずか数戦。
すでに異変は起きていた。
「なっ……また全勝ちだと?」
「バカな……」
アレフは一度も負けていなかった。
しかも、勝負のたびに全額を賭けている。
常軌を逸したリスクを取り続けながら、全てを勝ち取っていた。
その結果、彼のチップは何十倍にも膨れ上がり、場内はざわめきに包まれていた。
監視役が数人、アレフの背後に張りつく。
だが異常は見られない。
魔力の揺らぎも、魔道具の反応もない。
アレフはただ、カードを見て、勝負をしているだけにしか見えなかった。
――だが実際には。
アレフは、感覚共有の術で“他のプレイヤーの目”を借り、カードを盗み見ていたのだ。
魔力探知に引っ掛からなかったのは、彼が使っているのが“魔力”ではなく“呪力”だったからである。
「……まあ、これだけあれば十分だろ」
アレフは立ち上がり、チップを指で弾いた。
それを合図に、アスタロスとシノ、ジェームスも席を立ち、換金所へ向かう。
やがて五人は合流し、夜の街へと戻った。
ライカが駆け寄り、安堵の笑みを浮かべる。
「すごい! みんな、本当に勝ってきたんだ!」
「当然だろ」
アスタロスが胸を張る。
「チップが山のように増えたわよ!」
シノも誇らしげに言う。
しかし、アレフの表情だけは冷静だった。
彼は夜風に揺れる外套を整えながら、低く呟いた。
「――さて、問題はこれからだ」
そう言った瞬間。
細道の奥に、幾つもの人影が浮かび上がった。
闇ギルドの手の者たちだ。
勝ち過ぎた者がどうなるかーー
その答えは、目の前に現れていた。
次回タイトル:058話 勝者の代償と、少女の光




