045話 死者の眠る聖域 前編
灼熱の太陽が砂漠を照りつける中、アレフたちはギルドの馬車を降り、目の前にそびえ立つ巨大なピラミッドを仰ぎ見た。
砂漠の真ん中に突如として現れる黒ずんだ巨塊。
砂に半ば埋もれながらも、なお威容を保ち、周囲には漂う瘴気が風に乗って渦巻いていた。
「……まるで大地そのものに突き刺さった棺だな」
アレフが目を細めて呟くと、グラトニーが厳しい声で頷く。
《ただの墓ではない。ここは“ダンジョン”……魔力の流れそのものが異様だ》
たしかに、普段の砂漠とは明らかに違う。呼吸するだけで肺に粘つくような圧迫感が広がり、体温をじわじわ奪っていくような冷気が混ざっている。
ライカが腕を擦りながら眉をひそめた。
「ううっ、いやだよぉ……こんなところに、ほんとに入るの?」
「今さら怖気づいてどうする。呪具が眠ってるかもしれねぇんだぜ?」
アレフが口角を上げると、ライカはぷいと顔を背けた。
「呪具呪具って……お兄ちゃん!そんなことばっかり言ってると、いつか死んじゃうんだから!」
「はっ、安心しろ。俺は死なねぇよ……」
(お前の居場所を見つけてやるまではな…)
アレフはそう続けかけて止めた。
《……不器用なやつだ》
珍しく軽口をたたくグラトニー。
「う、うるさい!」
アレフの顔がほんのりと紅くなっている。
「……?」
そんな彼をライカは不思議そうな眼差しで見つめていた。
互いにそんな軽口を交わしながらも、全員の背筋には緊張が走っていた。
入口はピラミッドの正面に口を開けた漆黒の穴。だが、ただの通路ではなく、古代文字がびっしりと刻まれた石扉で塞がれていた。
扉の前にはすでに砂漠の砂に半ば埋まった骸骨の山。騎士団や冒険者たちが試みて、命を落とした痕跡だろう。
「……うへぇ。歓迎されてない感じしかしないの」
シノが顔をしかめると、ライカが前に進み出て、そっと文字に手を当てた。
「古代語……」
ライカがそう呟いた時、彼女の脳裏に魔導書の声が響く。
「えっ?これは封印術式? 力づくで開けようとしても、反射で呪いを受ける仕組みになってる……グリモワールがそう言ってる」
「……喰らえるか?グラトニー」
《きさまに反ってきた呪いだけならな》
「じゃあ、どうすんだ? まさか開けられないとか言わねぇよな?」
アレフが眉をひそめると、ライカは小さく首を振った。
「方法はある。正しい詠唱を唱えれば解除できる。ただし……失敗すれば、術者の命を対価にするよう設定されている。って」
再びグリモワールの声がライカに届く。
「なるほどな。で、できるのか?グリモワール」
アレフはライカではなく、直接魔導書に問いかけた。
「……僕次第だって」
ライカはため息をつきつつも目を閉じ、慎重に詠唱を始めた。
魔導書が輝きだし、徐々に強さが増していく。
低い声で古代語が紡がれ、空気が震える。刻まれた文字が光を帯び、次々と扉の紋様が外れていく。
やがて――「ガゴンッ」と重々しい音を立て、石扉はゆっくりと開いた。
冷たい風が吹きつけ、瘴気が外へとあふれ出す。
シノが肩をすくめた。
「……うぅ、寒っ。もう帰りたい」
「そういやあ、爬虫類って寒さに弱いんだったか?」
アレフがにやりと笑い、暗闇の中へと一歩踏み出した。
「妾をトカゲなんぞと一緒にするでないわ!!」
シノは頬を膨らませ、ずかずかとアレフの後を追った。
中は完全な闇。
たいまつを灯すと、石の回廊が奥へ奥へと続いていた。
壁には古代の壁画が描かれ、王や魔術師らしき人物が死者を操る光景が延々と刻まれている。
「……なるほど。死霊王リッチってやつは、死者を神格化する思想を持っていたようですな」
ジェームスが呟くと、アレフは壁をちらと見ただけで肩を竦めた。
「歴史の授業なら外でやってくれ。俺が欲しいのは呪具とリッチの首だけだ」
その直後、冷たい空気が揺らめいた。
足元の砂がざり、と動き、転がっていた骸骨ががたりと立ち上がる。
「……出たな」
アスタロスが嬉しそうに戦斧を構える。
骸骨兵。錆びた剣を手に、赤い眼窩をぎらつかせ、カタカタと歯を鳴らしながら迫ってくる。
「骸骨なんざ、雑魚じゃねぇか!」
戦斧を振り抜き、骨をまとめて粉砕する。
だが、砕けたはずの骨片が再び組み上がり、元の骸骨兵へと戻っていった。
「再生する……!?」
シノが叫ぶ。
「通常の物理攻撃は意味がないですぞ。核を壊さなければ!」
ジェームスが指を伸ばす。
骸骨兵の胸の奥、赤黒く光る石のようなもの――それが核だ。
「なるほどな。じゃあ――これでどうだッ!」
アレフが大剣を核めがけて突き刺す。鈍い音と共に核が砕け、骸骨兵は動きを止めて砂の山となった。
「ふぅん。コツさえ掴めば大したことねぇな」
「おう……後は俺様にまかせな!」
アスタロスが意気揚々と戦斧を構え、次々と核を粉砕していく。
骸骨兵を倒しながら奥へ進むと、今度は複雑な分岐路に出た。
天井から垂れる鎖、床には石板。ほんの少しでも踏み外せば、毒矢が放たれる罠がいくつも仕掛けられていた。
しかしーー
「シャドウ・ステップ!!」
ジェームスが華麗な足運びで罠を回避したかと思えば、
「武闘執事道…クリーニング編ーー
エレガント・リフォーム…ブレイク!!」
続いて、エレガントな手捌きで次々と罠を解除していった。
「うわぁ……階層泣かせってやつね」
「むしろダンジョン殺しだな」
アレフがぼそりと呟く。
「補助編ーーエレガント・アイ!」
ジェームスはメガネをクイッと上げ、並々ならぬ洞察力で罠の位置を看破していく。
「……罠の位置は全て把握しました。途中で魔力の反応が二重に重なってる場所があります。踏めば即死級でしょう。皆さん、わたしの足跡から外れないでください」
ゴクリと皆が一斉に唾をのむ。
ジェームスが前に立ち、罠を読み切りながら一歩一歩進む。冷や汗を滲ませつつ、なんとか全員が通路を突破した。
最後尾のデュラが渡り切る寸前――
背後で床が崩れ、槍が突き出る。
槍は寸分違わずデュラの頭部に突き刺さ……らなかった。
デュラは咄嗟に首を外し、槍の一撃を躱していた。
「……き、気をつけろよ……デュラ!」
アレフが青ざめた顔で叫ぶ。
「すまぬ。だが、我はこのような繊細な動作は苦手なのだ」
次の広間に入った途端、空気が一変した。
黒い影が壁から滲み出し、空中を漂いながらアレフたちを取り囲む。
「シェイド……影の魔物か」
アレフが目を細めた。
シェイドは物理をすり抜けるが、代わりに闇魔法に強く、光属性を苦手とする。
影たちは耳障りな囁きを放ちながら、アレフたちの体温と生命力をじわじわと吸い取っていった。
「寒さは苦手じゃと言っておる!」
全身から竜気を溢れさせる。
「竜爆炎ーードラゴン・メガフレイムッ!!」
シノが吼える。
灼熱の炎が部屋を満たし、残った影たちは一斉に消え去った。
「ふぅ……やはりリッチの領域。死霊の類が次々と湧いて出てきよる」
「だったら尚更だ。早く心臓部を見つけてぶっ壊す」
アレフは目をぎらりと光らせ、奥の扉を睨んだ。
――ピラミッド内部探索は、まだ始まったばかりだった。
次回タイトル:046話 死者の眠る聖域 後編




