044話 砂漠の彼方、死者の王を討つ旅
ギルドマスター・ドランの依頼を受けたアレフたちは、そのまま二階の会議室でより詳しい説明を受けることになった。
古代の墓――ピラミッドは砂漠のさらに奥、昼は灼熱の陽射し、夜は氷のような寒さにさらされる不毛の地帯にある。
そこは昔から「死者の眠る聖域」として立ち入りを禁じられてきたが、封印が解かれて以降、死霊が夜ごと街を脅かす存在となった。
「死霊王リッチを倒しても数日で蘇る……と言ったな」
アレフが椅子に腰かけたまま顎をさすり、思案顔を見せる。
「うむ。調査団の報告では、何処かに“心臓部”のような魔力の塊があり、それを壊さねば本当の意味で奴を倒すことはできないのではないか?という話だ」
ドランは重い声で言った。
「……心臓部、か。つまり、そいつが“本体”ってわけだな」
アレフの唇が吊り上がる。彼にとっては危機ではなく、宝の匂いだった。
会議室の卓上には地図が広げられ、砂漠の地形やピラミッドの位置が示されている。
「街からは三日ほどの距離だ。ただし砂漠を行軍する以上、昼は避け夜に進むことになる。水と食料の確保は必須だ」
ドランは説明を続ける。
「騎士団や他の冒険者の方々は?」
ジェームスが静かに問いかけた。
「すでに何度も挑んでおるが、犠牲ばかりが増えている。連中も疲弊しており、もう長くはもたんだろう」
その言葉には、街を守る者としての無念が滲んでいた。
アスタロスは退屈そうに斧の刃を爪で弾き、ニヤリと笑う。
「なら、俺がまとめて片付けてやる。あのリッチとかいう骸骨をぶっ潰せばいいんだろ?」
「単純な力押しでは済まないでしょう。相手は賢者の成れの果てです。魔導の知識は並ではないでしょうからな」
ジェームスが淡々と釘を刺す。
「ふん、知恵比べはお前と兄貴に任せるさ。俺は斬るだけだ」
アレフはそんなやりとりを聞きながら、地図の一点を指先で叩いた。
「……このピラミッド、複数あるんだったな?」
「そうだ。だが死霊が出ているのはここ一つだけだ。他は静かだ」
「つまり、封印を解かれたのは“賢者の墓”だけってわけか」
アレフはニヤリと笑みを深める。
「なら、ダンジョン内部を隈無く探って、“心臓部”を見つけるしかねぇだろう」
ドランは安堵と期待の入り混じった表情で深く頭を下げた。
打ち合わせを終えたアレフたちは、街で準備を整えることになった。
オアシスの市場は本来ならば異国の品々で賑わうはずだったが、今は出店も少なく、行き交う人々の声も小さい。夜ごと襲う死霊に疲弊し、商人も旅人も足が遠のいているのだろう。
「……どいつもこいつも死人みたいな顔だな」
アスタロスがぼやく。
「実際に死人に追われているのですから無理もないでしょう」
ジェームスは淡々と答え、薬草や保存食を選びながら店主と値段交渉をしていた。
アレフは別の店で砂漠用の黒布のマントを手に取る。
「……これなら日差しも夜風も防げそうだ」
商人はやつれた笑顔で「助かります」と呟き、値引きもせず売ってきた。
アレフは小さく鼻で笑い、金を払った。
仲間たちはそれぞれに準備を整えていく。
ジェームスは特殊調合用の香辛料を補充し、アスタロスは斧の刃を研ぐ。
アレフは古代文字が刻まれたらしき巻物を見つけては、にやつきながら購入していた。
その夜、宿に泊まった彼らは、窓越しに街の外を見て息を呑んだ。
闇の砂漠をゆらめくように、無数の青白い光が漂っている。人の形をした亡霊、骨の兵士、砂に溶けては現れる影――。
「おいおい、本当に毎晩こんなことになってるのか」
アスタロスが舌打ちする。
「……死霊の群れ。規模は百を優に超えていますな」
ジェームスが冷静に数を見積もる。
「へえ、これだけの数を毎晩退けてりゃ、そりゃ疲弊もするわな」
アレフは窓から視線を外し、ベッドに身を投げ出した。
「だが……明日には俺たちがピラミッドに潜る。状況は変わるさ」
そう呟いた彼の顔には、恐怖ではなく好奇心が浮かんでいた。
翌朝ーー
まだ夜明けの冷気が街を包む中、アレフたちは街門へと集まった。
門前には見送りに来たドランの姿があった。彼の顔には深い疲労が刻まれていたが、それでも冒険者たちの希望を託す目をしていた。
「アレフ殿。くれぐれもお気をつけて……」
「心配するな。俺はしぶとい」
アレフは片手を軽く振り、肩越しに笑った。
ジェームスは荷を整えながら主の背に付き従い、アスタロスは豪快に伸びをして砂漠を見据える。
街を出ると、すぐに広大な砂の海が広がっていた。乾いた風が頬を打ち、地平線の向こうには蜃気楼が揺らめいている。
「三日で到達、か。……退屈しないといいんだがな」
アスタロスが斧を肩に担ぎながら言う。
「退屈どころか、試練の連続でしょう。ですが――」
ジェームスは足元の砂を踏みしめながら淡く微笑んだ。
「アレフ様にとっては、呪具を探す遠足のようなものでしょうな」
「ハッ。まあ、そういうことだ」
アレフはにやりと笑い、砂漠の彼方を見据えた。
ピラミッド――古代の賢者が眠る墓。その奥にあるダンジョンコア、そして未知なる呪具。
彼の胸は期待で高鳴っていた。
こうして、アレフ一行は死霊王の待つピラミッドへ向け、砂漠の奥地へと歩みを進めていった。
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