043話 ザーバラの街と死霊王の影
数日かけて砂漠を越え、オアシスの街ザーバラに到着した時、アレフたちは喉を潤すより先に、街全体に漂う重苦しい空気を肌で感じ取っていた。
オアシスに湧く泉は澄みきり、街の外観も砂漠の中継地点らしく活気を帯びているはずだった。だが、通りを歩く人々の顔には覇気がなく、商人たちでさえ声を張り上げて客を呼ぶことを忘れたかのように沈んでいる。
「……ずいぶん、妙な雰囲気だな」
アレフが顎をさすり、低く呟いた。
「ええ。まるで戦場から戻った兵士のような目をしています」
ジェームスが執事らしい冷静な観察を口にする。彼の視線は、街角に腰を下ろす冒険者らしき若者たちへと注がれていた。
皆、鎧は砂塵に汚れ、剣には刃こぼれが目立ち、疲弊しきった顔でうなだれている。
アスタロスは退屈そうに鼻を鳴らし、背に担いだ戦斧を軽く叩いた。
「まったく、俺が砂漠で暴れてたほうがよほど楽しめたな」
「……気にはなるが、まずは依頼の報告が先だ」
アレフはそう言って、冒険者ギルドの大きな建物へと歩を進めた。
ザーバラのギルドは二階建ての石造りで、砂漠の街らしく分厚い布の日除けが外壁にかけられている。
中に入れば、昼間だというのに薄暗く、空気は重苦しい。
掲示板の前で依頼を漁る冒険者も、酒場スペースで水を飲む者も、皆どこか疲れ切っていた。
笑い声もなく、まるで葬式会場のような雰囲気だ。
アレフは眉をひそめながらも、受付カウンターに歩み寄る。
そこにいたのは、隈の濃い中年の受付嬢だった。彼女はアレフたちの姿を見ると、機械的に微笑みを作る。
「……ご依頼の件で?」
「ああ。まずは一つ目だ。ロック鳥の討伐、これは無事に終えたぜ」
アレフは懐からロック鳥の羽根と嘴を取り出し、カウンターに置いた。
羽根は光沢を放ち、嘴は鈍い金属のように硬い。
受付嬢の目がわずかに見開かれる。
「……確かに。これほど大きな個体を……討伐、確認いたしました」
「これで谷を越える旅人も少しは安心だろうよ」
アレフは肩を竦めた。
だが、彼にはもう一つ報告すべきことがあった。サミュエル護衛の依頼――そしてその顛末である。
「二つ目だが……護衛対象の件は少々込み入っててな。説明が必要になる」
アレフが言葉を選びながら口を開いた瞬間、受付嬢の表情がぴくりと強張った。
「護衛対象は……サミュエルって男だったんだが、やつは“聖浄の神殿”の者だった」
その名を出したとたん、周囲の冒険者たちがざわりと反応した。酒場に座っていた者が振り返り、手を止めた者もいる。受付嬢は即座に立ち上がり、声を潜めて告げる。
「……失礼ですが、こちらへ」
案内されたのは二階の別室だった。
重厚な扉を開けると、部屋の奥に年配の男が座っていた。筋骨逞しい体躯に白髪交じりの髭、鋭い眼光。ザーバラのギルドマスター、ドランである。
「ほう……お前たちが件の依頼をこなした者か」
低い声が響いた。
アレフは軽く会釈し、これまでの経緯を話し始めた。
神殿の連中に仲間が狙われていること。
サミュエルという神殿の尖兵と同行し、彼が砂漠でサンドワームを操り、自分たちを罠にはめたこと。
その戦いの末にサミュエルが命を落としたこと――。
淡々と説明を終えると、部屋には一瞬の沈黙が落ちた。
やがてドランは深く息を吐き、苦々しい顔をした。
「……“聖浄の神殿”か。やはり危険な連中だ。……実のところ、今回の事件にも神殿が関わっていると我々は考えている」
「どういうことだ?」
アレフが問い返すと、ギルドマスターはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見やった。
「お前たちには隠しておく理由もあるまい。この街は今、夜ごと死霊に悩まされている。騎士団も冒険者も総出で駆逐しておるが……次の夜にはまた現れるのだ」
「死霊?」
ジェームスが目を細める。
「そうだ。調査団を出した結果、奴らの出所は判明した。砂漠の奥に点在する古代の墓――“ピラミッド”。その一つ、かつて賢者が眠る墓が封印されておったが……封印が解かれ、奴は死霊王リッチとして復活したのだ」
「その封印を解いたのが、神殿の手の者かもしれねぇってことか……」
部屋の空気が一段と重くなる。
「そうだ。しかも、死霊王は自らダンジョン・コアとなり、ピラミッドをダンジョン化しちまいやがった」
ドランは吐き捨てるように言った。
「……なら、ダンジョンに行ってそのリッチを倒せば、解決するのか?」
アレフが顎をさすりながら問う。
「そう思うだろう。しかし、騎士団も冒険者もすでに何度も挑み、討伐している。だが数日後には必ず蘇るのだ」
ギルドマスターの声には疲労がにじんでいた。
冒険者たちの覇気のない表情、その理由がようやく繋がった。
何度倒しても復活する死霊王――それこそが街を蝕む原因だったのだ。
「なるほどな……“ダンジョン化した古代の墓”…か」
アレフの口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
「おい、また妙な顔してやがるな」
アスタロスが訝しげに目を細める。
「ふん。そんな顔もするさ。古代の賢者が死霊王になった墓だぞ? そんな場所なら、呪具の一つや二つ、遺されていても不思議じゃないだろ?」
アレフの声には確信めいた響きがあった。
ジェームスが静かに頷く。
「つまり、アレフ様。今回の件……乗る価値があると」
「ああ。呪具が手に入るなら、多少の危険は上等だ」
アレフは薄く笑い、ギルドマスターを見据えた。
「で? 俺たちに力を貸せというのか」
ギルドマスターはわずかに目を細め、それでも力強く頷いた。
「……そうだ。お前たちの力が必要だ。報酬は惜しまん。どうか、この街を救ってくれ」
「任せておけ」
アレフは不敵に笑った。
その笑みは、ギルドマスターにとっては頼もしく映ったかもしれない。
だが、仲間たちには「また呪具に目が眩んだな」と呆れ半分に見えたのだった。
次回タイトル:044話 砂漠の彼方、死者の王を討つ旅




