040話 竜姫と執事、砂漠の協奏(1)
アレフたちが地下洞窟で危機に瀕している頃ーー
地上では、砂漠の空が紅く染まり、夕陽が流砂の海を朱に照らす中、その真上で、砂塵を巻き上げながら二体の巨影がぶつかり合っていた。
――ひとつは黒き魔竜。鱗は光を呑み込み、尾がしなる度に砂丘が崩れ落ちる。
――もうひとつは、数十メートル級のサンドワーム。
サミュエルが吹く銀の魔笛に従い、無数の群れが地中から顔を出し、魔竜シノと執事ジェームスを飲み込まんと暴れ狂っていた。
「くっ……ッ! 奴らの連携が崩れぬ……完全に制御されているようですな」
ジェームスは銀のトレイでワームの牙を受け流しながら、冷静に戦況を分析した。
「アレフたち……無事だと良いのじゃが……。さっさとこやつらを片付けて、探しにいってやらんとな」
シノは呪いから解放されて以降、初めて魔竜としての姿を顕し、翼を大きく広げていた。
咆哮ひとつで空気が震え、砂漠の風景が揺らぐ。
「……ッ、はぁぁぁぁああああッッ!!」
翼を打ち鳴らし、黒い閃光を吐き出す。
砂漠の地面を抉り、巨大なクレーターを穿つも、サミュエルは涼しい顔で笛を吹き続ける。
「ふふ、見事だ魔竜……だが哀れよな。どれほどの力を誇ろうと、我が神殿の秘具には抗えぬのだ」
サミュエルの周囲を、まるで守護するように十数体のサンドワームが取り囲んでいた。
砂を泳ぐ彼らは完全に制御下にあり、ジェームスとシノの死角を埋め続ける。
「チッ、さすがに鬱陶しい……! レッスン1《鋭切ーレフト・ミート》!」
一刻も早くアレフたちを行方を追いたい気持ちからか、苛立ちを露にするジェームス。
閃くようにナイフを振るうと、近くのワームの体表が裂け、砂が飛び散った。
だが浅い。硬質化した皮膚はナイフを拒む。
「レッスン2……刺突ーライト・ミート!」
フォークの突きがワームの目を穿つ。悲鳴のような地響きが響いた。
それでも巨体は止まらない。
「まだです……最終レッスン!連激ーメイン・ディッシュ!!」
刹那、銀閃が幾筋も走る。
フォークとナイフの舞踏は、もはや芸術だった。
サンドワームの一体がバランスを崩し砂に沈む――だがすぐさま他のワームが補う。
「ただの執事ごときが、随分と足掻くな」
サミュエルの声が風を裂いた。
「だが無駄だ。この魔笛の音は《聖浄の神殿》に伝わる秘儀。どんな獣であれ、この旋律の前では従うのみ!」
吹き鳴らされた旋律に応じて、サンドワームが一斉に地を叩く。
砂嵐が舞い上がり、視界が奪われる。
「――幻夢!」
ジェームスは銀のポットを傾け、熱き紅茶を霧状に散布した。
香気は風に乗り、幻影が幾重にも姿を変える。
シノの巨躯も蜃気楼の中に溶け、実体が見えなくなる。
「……幻術で数を欺くか」
サミュエルが眉をひそめる。
だが笛の旋律は止まらない。
幻を見破った数体のサンドワームが、音の導きに従い狙いを定める。
「おぬしの好きにはさせない……ッ!」
シノが吼え、黒き炎を吐き出す。
砂がガラスに変わり、光が乱反射する。
だがそれでもなお、ワームの群れは途切れない。
ジェームスは息を整え、目を細めた。
――勝負を決めるには、サミュエル自身を討つしかない。
あの笛を砕かぬ限り、この戦いに終わりはない。
「……シノ殿、どうにかして隙を作っていただけますか?」
「隙じゃと……承知した! 竜姫の名にかけて、必ず!」
魔竜と執事、二人の視線が交わる。
その一瞬に、戦況が変わろうとしていた。
「――今じゃ! はぁぁああッ!!」
シノの咆哮が砂漠を震わせた。
翼を大きく広げ、宙を舞い上がる。巨躯を翻し、サンドワームの群れを力任せに弾き飛ばす。
尾が地を叩くたび、砂嵐が渦を巻き、サミュエルの姿さえ霞ませる。
「魔竜炎ーードラゴン・ギガフレイムッッ!!」
漆黒の竜炎が吐き出される。
焼け付く熱が砂丘を一瞬でガラス化させ、轟音が響き渡った。
笛の旋律が一瞬かき消える。
「くっ……下等な竜がァ!」
サミュエルは怯まず笛を吹き続ける。
旋律に呼応し、地中から新たなワームが現れる。
だが、その瞬間――ジェームスが音もなく動いた。
「……シャドウ・ステップ!」
砂を蹴る軽やかな足取り。
影のようにサミュエルの死角へと入り込み、ナイフが銀光を放った。
「ーー鋭切ーレフト・ミートッ!」
笛を握る手にナイフが閃き、血が散る。
「ぐぅッ……!?」
サミュエルの指が緩みかける。だが必死に笛を握りしめ、吹き続けようとする。
「そこですッ!」
ジェームスはフォークを逆手に握り直す。
「――刺突ーライト・ミートッ!」
鋭い突きが笛そのものを狙う。
甲高い音。
銀の魔笛にひびが走った。
「馬鹿なッ……この《神聖の導笛》が……!? こんな成り上がりの執事に……!」
サミュエルの瞳が恐怖に染まる。
ジェームスは一歩も退かず、刃を交差させた。
「これで終わりです!!
最終レッスン――連激ーメイン・ディッシュ!!」
怒涛の連撃。
闘気を纏ったフォークとナイフが舞うように閃き、笛を中心に幾十もの斬撃が走る。
バキィィィンッ!!!
銀の笛が粉々に砕け散り、風に舞った。
直後、地を揺るがす轟音。
支配を失ったサンドワームたちが一斉に暴走を始める。
「がっ……あ、あああッ……!? やめろ! やめろォォォッ!」
サミュエルが必死に後ずさる。
だが遅い。
足元を裂いて現れた巨大な顎が、彼を呑み込んだ。
骨を噛み砕く音、血の飛沫。
サミュエルの絶叫は、砂嵐にかき消されるように途絶えた。
ジェームスは冷徹な眼差しでその光景を見据える。
「……ご安心なさい、サミュエル殿。貴方の最期は――実に“メインディッシュ”に相応しい」
巨体に取り込まれたサミュエルの影が、蠢きながら消えていく。
その瞬間、砂漠に異様な沈黙が訪れた。
しかし次の鼓動で――制御を失ったサンドワームたちが、暴走の牙を向ける。
狙うは魔竜シノと、ただ一人立つ執事ジェームス。
――暴走する群れと、執事と魔竜の死闘が幕を開けようとしていた。
次回タイトル:041話 砂漠に沈む咆哮




