039話 鋼の群れと奈落の巨獣
「……っ、ここは……?」
重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは暗がりに沈む岩肌だった。
湿った土と鉄錆のような匂いが鼻を突き、頭上では水滴がぽたりと落ちる音が反響している。
「……アレフお兄ちゃん!」
最初に駆け寄ったのはライカだった。まだ土まみれの髪を振り乱し、必死の形相でアレフを揺さぶる。
「大丈夫だ、意識はある」
アレフは上体を起こし、周囲を見渡した。そこには同じように倒れていた仲間たち――デュラ、アスタロス、ライカがいた。
「……どうやら、流砂に呑まれた俺たちは、地下の洞窟に落とされたらしいな」
アレフは唇を噛む。地上で戦っているはずのシノとジェームスの姿はない。
「まずは出口を探そう。長居は命取りだ」
仲間たちは小さく頷き、暗闇の洞窟を進み始めた。
洞窟は想像以上に広大で、まるで迷宮のように複雑に枝分かれしていた。
冷たい風がひゅうと吹き抜けるたびに、背筋にぞくりと寒気が走る。
「……待て。何かいる」
アレフの声に一行が足を止めた。
闇の先、甲高い「カチリ、カチリ」という金属音。
やがて姿を現したのは、子供ほどの大きさのサソリの魔物――メタルスコーピオンだった。
「ちっ、小物じゃねぇか。さっさと片付けて……!」
アスタロスが戦斧を肩に担ぎ、飛び出す。
「待て、そいつは――!」
アレフが制止の声を上げるより早く、戦斧がうなりを上げて振り下ろされた。
だがーーガキィィィ!
「……は?」
金属のように硬質な甲殻は、戦斧の一撃をあっさりと弾いた。
火花が散るも、メタルスコーピオンは傷一つ負っていない。
そして次の瞬間――
「カチリッ、カチリッ!」
奴は大きなハサミを打ち鳴らした。
洞窟の奥から無数の足音がざわざわと響き渡り、続々と仲間のメタルスコーピオンたちが姿を現す。
「……バカ野郎ォォッ!!」
アレフはアスタロスの首根っこを掴み、怒鳴った。
「お前は、何でいつもすぐに突っ込むんだ!!」
「す、すまん! けど、あんな小せぇ虫ごときに……!」
「小さい方がタチ悪いこともあるんだよ!」
後方から迫る無数の金属の足音に、一同は顔を引きつらせる。
「クソッ……仲間を呼ばれた! 戦ってる暇はねぇ! 逃げるぞッ!!」
アレフの一声で、全員が一斉に駆け出した。
地下洞窟の逃走劇
「カチリ、カチリ、カチリ……!!」
まるで波のように押し寄せる金属音。振り返れば、洞窟の壁や天井にまでメタルスコーピオンが這い回り、じわじわと迫ってきていた。
「いやぁぁ! 無理です! あの数は無理ですってぇ!」
ライカが情けない声を張り上げながら、足をもつれさせて走る。
「黙って走れ! 喋ると余計に消耗する!」
混乱しつつも必死に駆け抜け、狭い通路を抜けたその先で――。
「……おい、見ろよ」
アスタロスの声が震えた。
そこには、巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。
中からは生暖かい風と、鼻を突く腐臭が吹き上げてくる。
「……嫌な予感しかしねぇな」
アレフが低く呟いた瞬間、大地がずるりと動いた。
ギガントワームの棲みか
「――――ッッ!!!」
突如、地中から現れたのは、洞窟の天井に届くほどの巨体。
無数の歯が螺旋状に並ぶ大顎を開き、ギガントワームが咆哮を轟かせた。
「ぬぅぅぅッ!! こいつは、サンドワームの比ではないな!!」
デュラが巨体を仰ぎ見る。
だが、アスタロスは戦斧を構え、唇を吊り上げた。
「今度こそ、俺の力を見せてやる……ッ!」
「おい待て馬鹿!! やめ――」
制止も虚しく、アスタロスは咆哮を上げながら突っ込んでいった。
次の瞬間。
ーーパクッ!
「……あ」
ギガントワームの口が開き。
戦斧を構えたままのアスタロスは、丸ごと飲み込まれてしまった。
「アスタロスさんがッ!? アスタロスさんがぁぁぁ……ッ!!」
ライカの悲鳴が洞窟にこだまする。
「……このままじゃ消化されちまうぞ」
アレフの顔から血の気が引く。
その時――。
「……そうだ、これ!」
ライカの声が響いた。
ライカが懐から取り出したのは、小瓶に詰められた赤黒い粉末。
「……ライカ、それは?」
「鶏鍋を調理してる時、隠し味だってジェームスさんに渡されたの。これ、使えないかな?」
それは、ジェームスが独自に調合した激辛調味料“デンジャラス・スパイス”だった。
「お前、なんでそんなもん持ち歩いてんだよッ!?」
「これがあれば、将来的にアレフお兄ちゃんの胃袋を掴めるかも……って思って……」
ほんのりライカの顔が紅く染まる。
「……せいぜい俺の胃袋を握り潰さないようにしてくれよ!」
そう言い切ると、アレフは躊躇なく小瓶をギガントワームの口めがけて投げ込んだ。
「……ふっ!」
粉末は大顎の中で炸裂し、たちまち異様な香辛料の香りが辺りに充満する。
「グォォォォォッッッ!!!」
ギガントワームが絶叫を上げ、身体をのたうたせた。
そして――ごぽりと音を立てて、アスタロスを吐き出す。
「げほっ、げほっ……し、死ぬかと思った……! な、なんだ今のは!? 身体中がピリピリしやがる……香辛料か……!?」
アスタロスは全身についた粉をせっせと叩き落としていく。
「下ごしらえしてる場合じゃねぇぞ、牛野郎!」
「味を馴染ませてるわけじゃねぇッ!!」
アスタロスが叫んだその時ーー
洞窟の奥から、無数の赤い光が灯る。
カチリ、カチリ……と甲殻の擦れる音が重なり合い、やがて地鳴りのような足音へと変わっていく。
「アレフ! 後ろだ!!」
デュラが指差す方角を振り向けば、暗闇の中から姿を現したのは黒光りするメタルスコーピオンの群れ。
鋭い鋏が岩を粉砕し、尾の毒針からはじわりと蒸気を上げる液体が滴り落ちる。それが地面に落ちた瞬間、石がじゅっと音を立てて溶けた。
前にはギガントワームが再び姿勢を整え、背後には鋼鉄の軍勢。
奈落の洞窟にて、彼らは完全な挟撃を受けていた。
「逃げ道は……ないか」
アルジェの剣先が鈍く光り、仲間たちの気配が一斉に張り詰める。
汗が背を伝い、心臓が早鐘を打つ。
「……どうする、兄貴?」
アスタロスが戦斧を構えを直しながら問う。
「決まってる……ここで死ぬわけにはいかねぇ! 全員、気合入れろ!!」
暗黒の地下洞窟。
鋼鉄の群れと巨大な怪物を前に、アレフ一行の命を懸けた戦いが始まろうとしていた――。
次回タイトル:040話 竜姫と執事、砂漠の協奏(1)




