037話 デュラ、再び空を飛ぶ――そして執事の真剣勝負
「ちっ……埒があかねぇ」
ロック鳥が悠々と空を旋回する様子を睨みつけ、アレフは舌打ちした。
攻撃は届かず、かといって仲間を守るだけでも消耗が激しい。
「兄貴、どうする!?」
アスタロスが叫ぶ。
「魔法も届かない……これじゃ、僕…ただのお荷物だよ……!」
ライカも息を荒げながら、魔導書グリモワールを抱きしめていた。
「ふん、奴め…完全に我らを見下しているな……!」
デュラが唸り声をあげる。
「空から降下しては攻撃し、我らが反撃に移る前に逃げ帰る……実に狡猾な相手ですな……」
ジェームスが感心したように言う。
アレフはその言葉に、にやりと笑った。
「……そうだな。狡猾だからこそ、真正面からは来ねぇ。だが……狡猾な者ほど、実は臆病だったりするんだよな」
「……? 何を企んでいる、アレフ」
デュラが訝しげに眉をひそめたその瞬間――
「悪ぃな、デュラ。ちょっと借りるぜ……!」
アレフは唐突にデュラの首を外し、両手で高々と掲げる。
「お、おい貴様ッ!? な、何をする気だッ!?」
狼狽するデュラを尻目に、アレフは大きく振りかぶった。
その光景に、仲間たちは思わず凍りつく。
「き、きさま……まさか……また……」
デュラの顔が一気に真っ青に染まる。
アレフの脳裏には、あの日の温泉宿での“悪行”がよみがえる。
感覚共有を利用して女湯を覗くため、デュラの首を借りて投げ飛ばした――あの秘策。
「な……やめろッ! やめろぉぉぉッ!」
デュラの首が絶叫する。
しかしアレフは構わず、谷の空へと向かって――
「飛んでけェェェッ!」
ぶん、と全力で投げ放った。
「ああァァァーーッ!!」
デュラの首が悲鳴をあげながら、大空を切り裂いて飛んでいく。
ロック鳥の黄金の眼が、その異様な物体をとらえた。
その瞬間、空中でデュラの眼がぎらりと光る。
「――我を誰と心得る! 愚かなる鳥よッ!」
デュラの眼光が閃き、圧倒的な威圧が放たれる。
巨鳥の羽ばたきが途切れ、体が硬直した。
空を自在に支配していた王者が、一瞬にしてその権利を失う。
ロック鳥はもがくように羽ばたくが、その体は制御を失い、谷底へ急降下していった。
「今だ、仕留めろッ!」
アレフの号令に、仲間たちは一斉に走り出す。
「雷よ――その身を貫けッ!」
ライカが雷撃を叩きつけ、ロック鳥の羽を焦がす。
「逃がすかよッ!雷鳴轟斬!!」
振り下ろされた戦斧から迸る雷撃の奔流が、ロック鳥を呑み込む。
「鋭切ーーレフト・ミート(主菜のナイフ)ッ!!」
ジェームスがナイフを閃かせ、脚部の腱を切り裂いた。
「ぬぅぅんッ!」
デュラは胴体だけで飛びかかり、大剣を巨鳥の頭へ叩き込む。
そして最後に、アレフが魔剣を振り下ろした。
「――終いだァァッ!」
轟音と共に刃が食い込み、巨鳥は絶叫をあげて大地に沈んだ。
砂塵が谷を覆い、耳をつんざくような鳴き声がやがて途絶える。
やがて訪れたのは、静寂だった。
ロック鳥は痙攣し、やがて動かなくなった。
その巨体が横たわる姿は、谷を支配していた脅威の象徴であり――そして討伐の証だった。
「……ふぅ、やっと仕留めたか」
アレフは魔剣を肩に担ぎ、額の汗を拭った。
その足元で、デュラの首が転がっている。
「アレフゥゥゥ! きさまというやつは……!!」
デュラは首が横倒しのまま、アレフを睨みつける。
「まぁ、そう怒るなって。いい作戦だっただろ? いやぁ、お前の眼光、マジで凄いぜ」
「凄い、凄くないの問題ではないわァァ!」
仲間たちは思わず吹き出した。
緊張感が一気にほどけ、谷に笑い声が響き渡る。
こうして彼らは、空の王・ロック鳥を討伐したのだった。
*
ロック鳥の討伐を終えたアレフ一行は、陽が沈みきる前に夜営の準備にとりかかった。
「今日は良い肉が手に入りましたからな。今晩は、豪勢に鶏鍋といたしましょう」
ジェームスが満面の笑みを浮かべる。
しかしこの時、彼の瞳の奧でキラリと鋭い光が放たれていたことに、誰一人として気が付く者はいなかった。
アレフが巨体の鳥から肉を切り分けようとしたその時――
「お待ちくださいませ、アレフ様!」
鋭い声と共に、ジェームスがすっと前へ出た。
「……なんだよ、ジェームス」
「ロック鳥の肉は野趣あふれる反面、下処理を怠れば臭みが強烈。アレフ様のお口には決して合いません。ここはこのジェームスにお任せを!」
そう言って彼は懐から小瓶や布袋を次々と取り出す。
香草、乾燥きのこ、秘伝の調味料……まるで執事ではなく料理長である。
「お前……冒険の荷物にそんなもんまで詰め込んでんのかよ」
「当然でございます。ご主人様の胃袋を守るのも執事の務めにございますゆえ!」
そう豪語すると、ジェームスは一瞬にして表情を厳格なものへ変える。
「さぁ、鍋の儀式を始めます!」
「ぎ、儀式……?」
ライカが戸惑う間に、彼は慣れた手つきで鍋に水を張り、肉を薄切りにして投入。
「灰汁は! 絶対に残してはなりません! 不快な味わいが出てしまいますからな!」
「細けぇ……」
アレフが呆れていると、ジェームスは更に続ける。
「ライカ様、その野菜をお入れになるのはまだ早うございます! 硬い根菜から順に煮込むのが鉄則! シノ様、火加減をもう少し控えてくださいませ! 沸騰させすぎては旨味が逃げてしまいます! 二人共、教育的指導です!」
「は、はい!ごめんなさい!」
「な、鍋奉行じゃ……ここに鍋奉行がおる!」
ジェームスの気迫にたじろぐライカとシノ。
「そういえば……前に猪鍋を作っていた時も、戦いより真剣だったな…こいつ」
「まるで戦場の指揮官だな……」
アレフとデュラが顔を見合わせる。
額に汗を浮かべつつも、ジェームスの動きは無駄がない。
彼にとっては戦闘以上に真剣勝負――“鍋”こそ執事の戦場なのだ。
ジェームスは小瓶を取り出すと、仕上げにほんのひとつまみの調味料を加えた。
「ジェームスさん、それは?」
ライカが興味深そうに尋ねる。
「これは、私が調合した秘伝の香辛料“デンジャラススパイス”でございます。料理に隠し味はつきものですからな。よろしければ、お一つ差し上げますぞ」
「は、はあ……ありがとうございます……」
(これを使って、アレフお兄ちゃんの胃袋を掴めってことかな?)
などと考えながら、ライカは小瓶を懐に仕舞った。
やがて、ぐつぐつと音を立てながら、鍋からは香草の香りと肉の旨味が立ちのぼる。
ジェームスは満足げに頷いた。
「ふぅ……完成でございます。ロック鳥特製・薬膳鍋。どうぞアレフ様からお召し上がりください」
「お、おぉ……」
勧められるまま一口すすったアレフは、目を見開いた。
「……う、うまい! ピリッとした感じがいい……!」
「うん。辛さが絶妙で美味しい!!」
ライカが感嘆の声を上げる。
「こいつはやべぇ……手が止まらねぇ!」
アスタロスが夢中で鍋を頬張る。
「くっ!? こんなにうまい食事は久しぶりだ……」
サミュエルがしみじみと言葉を口にする。
「ふふ……アレフ様の御身を労わること、それこそが執事の使命。戦も食も、常にエレガントでなくては!」
誇らしげに眼鏡を上げるジェームスの姿に、デュラの首がごろりと転がりながら呟いた。
「……戦闘より本気に見えるのは、我だけか?」
アレフは苦笑しながらも、箸を止めることなく次の一口を口に運んだ。
こうして、執事ジェームスの鍋奉行ぶりにより、戦の疲れを癒す極上の一夜が訪れたのだった。
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