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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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035話 砂漠への旅立ち ― ザーバラの護衛依頼

“色欲のペンダント”を手に入れた翌朝。


ウォーラルの街に昇る陽光は、いつもより眩しく思えた。澄み渡る青空の下、人々は市場に集い、川面には無数の小舟が行き交っている。水の都の名に恥じぬ賑わい――だが、アレフの胸中は、決して晴れやかなものではなかった。


昨夜、彼は妙な夢を見た。

夢の内容は何ひとつ覚えていない。

それでも、胸の奥に残る重苦しさと、薄暗い感情のざわめきが、確かに夢の残滓であることを告げていた。

額には微かな汗が残っている。まるで、夢の中で命を削るような悪戦苦闘を強いられていたかのように。


(……俺は、一体どんな夢を見ていたんだ……?)


思い返そうとすればするほど、記憶は靄に包まれ、形を結ばない。

だが胸の奥で、何か大切なものが手から零れ落ちたような、得体の知れない喪失感だけが拭えなかった。


そんな様子に気付いたのか、ライカが声をかける。


「……アレフお兄ちゃん、大丈夫? 顔色が良くないよ」


「……心配すんな、大したことじゃない。ただ、嫌な夢を見ただけだ」


苦笑を浮かべてごまかすアレフ。

だが、胸の奥に響く低い囁き――昨日手に入れた“色欲のペンダント”、ラストの呪いが未だ燻っていることを、彼自身が誰よりも分かっていた。


とはいえ立ち止まってはいられない。

新たな呪具を探し出し、さらなる力を得なければ……

そうしなければ、待ち受ける大きな壁を越えることなどできないのだから。



「次は……“強欲”の神器か」


宿を出た後、ギルドへ向かう道すがら、アレフはふと背に提げた魔剣グラトニーに手をかけた。刃は鈍い赤を帯び、まるで肉を求める獣の舌のように脈動している。


グラトニーの声が響く。


《今のお前ではまだ無理だ。強欲の神器は、色欲よりも遥かに貪欲で、容赦がない》


「……どういう意味だ?」


《単純な話だ。あれを得るには“力”が足りない。きさまはまだCランクだ。 強欲が眠るダンジョンはBランク。この意味がわからぬほど鈍くはあるまい》


刃が脈動するたび、アレフの心臓が小さく跳ねた。

呪われた魔剣は決して甘言を弄さない。必要とあれば、冷酷に真実を突きつける。


「……まずは、ランクを上げる必要がある、か」


《そういうことだ。それに――強欲を相手にするなら、もっと多くを欲せねばならない》


その言葉の意味は掴みきれなかった。だが、アレフは頷き、仲間たちに視線を送った。彼らもまた、険しい表情でその言葉を受け止めている。


「分かった。まずはギルドに行って、ランクアップを目指そう」


***


ウォーラルの冒険者ギルド。

水路沿いに建てられた白い大理石の建物の中は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。壁にはびっしりと依頼が張り出され、受付の前には順番を待つ者たちが列を成している。


そんな喧騒の中、一際大きな声が響いた。


「だから言ってるだろう! 俺は急いでるんだ!」


アレフたちが足を踏み入れた瞬間、視線が自然と声の方へ向いた。


受付嬢の前で、焦燥に駆られた中年の男が声を荒げていたのだ。褐色の肌に砂で擦れたような傷がいくつも残り、着ている布衣は乾いた砂嵐を思わせる黄褐色に染まっている。見慣れぬ土地の者だと、すぐに分かった。


受付嬢は困り果てた表情で、なんとか男をなだめようとしていた。


「ですから、護衛依頼をお受けできる冒険者が皆出払っていて……」


「そんな悠長なこと言ってられるか! 俺は薬を手に入れたんだ! 一刻も早くザーバラに帰らなきゃ……娘が……!」


その声には、切迫した必死さが滲んでいた。

仲間たちも息を呑み、アレフは一歩前へ進み出る。


「失礼。事情を聞かせてもらってもいいですか?」


男が振り向く。砂に焼かれた顔に深い皺が刻まれ、疲労と焦燥が混じった瞳がアレフを射抜いた。


「……あんたらは?」


「冒険者だ。俺たちなら、依頼を受けられる」


受付嬢が驚いたように顔を上げる。


「アレフさん……本当に?」


「ああ。依頼の詳細を聞かせてほしい」


男は名をサミュエルと名乗った。

彼の故郷は、ここウォーラルから西の方角。遠く見える高山が連なる山岳の向こうにあった。


東の海からの湿気をたっぷり含んだ風は、緑豊かな山肌にその恵みを注ぎ込み、森は雨と霧に覆われている。

だが、山岳を越える頃には水気をすべて絞り取られ、カラカラに乾いた風となる。その風が吹き降ろす先には、雨を忘れたかのような砂と石だけの荒涼とした大地が広がっていた。


果てしない砂漠に囲まれた小さなオアシスの街、ザーバラ。水源は一つの泉だけ、周囲は灼熱と砂嵐に閉ざされた過酷な環境にあるという。


「娘が……重い熱病にかかってな。ザーバラには医者も薬もない。だから、命がけでここまで薬を買いに来たんだ」


懐から、小瓶を取り出すサミュエル。

淡い青色の液体が陽光を受けてきらめく。高価で貴重な薬であることは一目で分かった。


「だが、護衛を頼んだ冒険者は他の依頼で出てしまった。俺一人で帰るには、砂漠は危険すぎる……」


その声は震えていた。父として、娘を救いたい一心でここまで来たのだろう。

そうアレフたちには感じられた。


アレフは一瞬だけ迷い、そして頷いた。


「分かった。俺たちが護衛を引き受けよう」


「ほ、本当か!? 恩に着る!」


サミュエルは涙を浮かべてアレフの手を握った。その力強さに、彼の必死さと不安が伝わってくる。

だが、彼のその必死な想いが別の意味であることに、この時のアレフたちが知るはずもない。



受付嬢も安堵の笑みを浮かべ、依頼書に必要事項を書き込んだ。


「正式に護衛依頼を受注しました。目的地は“オアシスの街ザーバラ”、期限は特にありません。サミュエルさんを無事に送り届ければ依頼達成です。報酬は――」


報酬額を耳にして、仲間たちは顔を見合わせた。決して高額ではない。むしろ、砂漠を渡る危険を考えれば安すぎるくらいだ。


だが、アレフは即座に頷いた。


「問題ない。それで十分だ」


仲間のライカが小声で問う。


「……いいの? もっと条件を上げても……」


「構わないさ。ザーバラに行けば、新たな呪具の情報が得られるかもしれない」


呪具を追い求める彼の目的と、サミュエルの願いは奇妙に重なっていた。



依頼を受けたその夜、アレフたちは宿で明日の準備を整えていた。

砂漠越えに必要な水袋や保存食、防砂用の外套。街の商人たちから買い集め、荷物を整えていく。


だが、夜が更けるにつれ、アレフの胸の奥には再びざわめきが広がっていった。

色欲のペンダント、ラストの呪い。

それは、欲望に縛られるほど強く囁きかけてくる。


《……まだ足りない。もっと欲しなさい……もっと、もっと……》


低く甘い声が、耳元で囁く。

アレフは拳を握り、必死に打ち消した。


「……俺は、呪いに呑まれるわけにはいかない」


背後から、ジェームスが心配そうに声をかける。


「……アレフ様?」


振り返った彼の瞳は、暗がりの中でも真っ直ぐだった。

アレフは深く息を吸い、わずかに笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。明日は……山岳越えだ。気を引き締めていこう」


胸中に渦巻く不穏な影を隠しながら、アレフは静かに夜を迎えた。

こうして、彼らの新たな旅路――“オアシスの街ザーバラ”への道行きが幕を開けるのだった。

次回タイトル:036話 谷間に舞う巨影

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