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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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031話 色欲のダンジョン

温泉騒動も終わり、夜。

それぞれの部屋に戻った一行は、布団に身を沈めていた。外からは川のせせらぎと虫の声が聞こえ、宿の廊下にはランプの淡い光が揺らめいている。


しかし、誰もすぐには眠れなかった。


「……ねぇ、アレフお兄ちゃん」


掛け布団を顎まで引き上げながら、ライカが小さく声を漏らした。


「“色欲”の神器って、どんなものなの?」


アレフは横になりながら天井を見つめ、ふっと息を吐く。


「グラトニーの話じゃ、七つの大罪の中でも、“色欲”は魅了の呪いを操るって話だ」


「精神支配……ということですかな? 己の意思を奪われ、己の身体すら制御できなくなる……厄介な呪いですな」


ジェームスは静かに言葉を継いでいたが、(どうも嫌な予感がしますね)

と、このとき彼の直感が告げていた。


そんなジェームスの心境をよそに、すぐ隣ではアスタロスが小さく鼻で笑う。


「フン……愛だの恋だの…人間てのは面倒な生き物だな。その点、俺様は魅了などに揺さぶられることはありえん」


「恋愛感情だけが精神支配のきっかけじゃねぇが、どっちにしろ、繊細とは無縁のお前なら安心だな」


「うむ……むしろ、その暴力的な牛チチの方が、男共にはよほど脅威かもしれんの」


シノが「クククッ」と冗談を口にすると、シノとライカ、アスタロスの胸にアレフの視線が自然と向けられる。


「……どうじゃ、妾もなかなかのもんじゃろ?」


シノがこれ見よがしに胸を張る。


「ううっ…僕、何もしてないのにディスられた気分だよ……」


自分の胸を見てしょぼくれるライカ。


ジェームスが小さく咳払いをし、場を和ませるように口を開く。


「いずれにせよ、対策は必要ですな。明日はギルドで情報を集め、入念に準備を整えましょう」


気まずい空気が払拭された頃合いを見計らって、アレフが口を開いた。


「なぁ、呪われた神器ってのはダンジョン・コアでもあるんだよな? 色欲の神器を持ち出したら、ダンジョンが崩壊するんじゃねぇの?」


《……その心配はない。ダンジョン・コアは、破壊されない限りその機能が停止することはない。この世界に存在する限りはな》


アレフの疑問にグラトニーが答える。


「憤怒のダンジョンが崩壊しなかったのが、その証拠ってわけか……」


(なら、150年前、災厄の魔女が神器を盗み出したダンジョンはなぜ崩壊したんだ? あのとき魔女が持ち出したのは暴食の魔剣グラトニー……いま俺の手元にあるこいつだ……けど、こいつを俺に渡したのはベータと名乗る少年だった……)


「ああっ!もう、わけがわかんねぇ!考えるのはやめだ!」


150年前、暴食の魔剣グラトニーは災厄の魔女の手でダンジョンから持ち出された後、ベータと名乗る少年によって別の世界に持ち込まれていた。

一時的とはいえ、暴食の魔剣グラトニーは“この世界に存在しない”ものとなった。

それこそが暴食のダンジョンが崩壊した真相である。

むろん、このことをアレフが知る由もなかった。


やがて会話は途切れ、静けさが訪れる。


不安や緊張、期待。それぞれの胸の奥に潜む感情が、深い眠りにつくことを妨げていた。


――闇の奥で蠢く“色欲”の呪いが、彼らを待ち構えている。



石畳に染みついた水の匂い。

湿り気を帯びた冷気が、じっとりと頬を撫でる。

アレフ一行は、松明と魔法灯を頼りに、地下水路の奥深くへと足を踏み入れていた。


「……やっぱり変だな」


アレフが眉をひそめる。


「普通の水路なら、もっと鼠や虫の気配があるはず。しかしここは……妙に静かだ」


その通りだった。

耳を澄ませても水滴の音すら響かない。代わりに、背筋を這い上がるような“ざわめき”が、心の奥で囁いてくる。

まるで見えない誰かが、甘く誘惑する声を忍ばせているかのように。


やがて、壁に埋め込まれた魔石が淡く光り、幻影が浮かび上がる。


シノの目の前には、彼女を守って散っていった仲間たち。

ライカには、亡き母と父の姿。

ジェームスには、仕えるべき“理想の主人”。


「くっ……心を惑わす幻影か!」


シノが咄嗟に竜尾を振るうと、像は水しぶきのように砕け散った。


「ライカ! しっかりしろ!」


アレフの声に、ライカははっと目を覚まし、幻影を振り払う。


一行は互いを呼びかけ合い、必死で意識を繋ぎ止める中、


「くだらねぇ幻術だ」


アスタロスだけは涼しい顔で切り捨てる。


「そもそも我には心惑わすものなどない」


デュラは首を抱えて無感情に答える。


先に進むほどに水路は異様さを増していった。

壁には蔦のようなものが絡みつき、やがてそれは肉のように脈動し始める。

足元の水もただの地下水ではなく、どこか粘り気を帯び、甘い香りを放っていた。


「うっ……この匂い、鼻が曲がりそう……」


ライカが袖で口元を覆う。


シノも目を細めながら

「頭がぼんやりする……」と呻いた。


ジェームスが持参した香草を焚いて、最低限の精神干渉を抑え込みながら進む。


少し進んだ先で、足元の水面がぶくぶくと泡立ち始めた。


「なっ……!」


水面から、透明なゼリー状の塊がぬるりと這い出す。


「……スライム?」


ライカが半歩下がる。

だがそれは普通のスライムではなかった。

体内に無数の宝石のような欠片を含み、淡く色めきながら蠢いている。


「……色欲スライム、ってとこかの?」


シノが眉をひそめる。


スライムは触手を伸ばし、にゅるりとアスタロスの足に絡みついた。


「ひゃっ!?」


「ははっ!“ひゃっ”だってよ。スライムにまで好かれるなんてモテモテだな!」


アレフが茶化すと、アスタロスの顔が真っ赤に染まった。


「ちょ、調子に乗るな、下等魔物が!」


アスタロスがすぐさま戦斧を構え、這い上がろうとする触手を斬り払う。


シノが竜炎を放ち、スライムの半身を蒸発させた。


最後にデュラが無言でスライムを踏みつけると、スライムはぶしゅっと弾け、宝石のような欠片を残して消えた。


「……妙ですな」


ジェームスがその欠片を拾い上げる。


「ただの魔石ではない。精神干渉の力を帯びているようです。気を抜けば心を侵されかねませんぞ」


「要は……スケベなスライムだったってことじゃな」


「いやぁ!」


ライカは青ざめた顔でシノの腕にしがみつき、全身に鳥肌を立てていた。


アレフは「いいじゃねぇか、絵的に」と肩をすくめる。


やがて通路は大広間に繋がり、その中央に奇妙な祭壇があった。

祭壇には宝石のようなペンダントが鎮座しており、そこから放たれる魅了の波動が空間全体を支配している。


壁に刻まれた魔法陣が淡く輝き、蔦のような触手が天井から垂れ下がる。

その根元から、ゆっくりと“影”が立ち上がった。


「来たか……侵入者ども」


女とも男ともつかぬ艶やかな声が響き、黒い衣を纏った影が姿を取る。


色欲のペンダントを守護する者だと、誰もが直感する。

次回タイトル:032話 色欲の祭壇  前編ー― 魅了の罠と裏切りの刃

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