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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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030話 策士、温泉に溺れる

野盗のアジトを潰し、村人たちを救い出したアレフたちは、再びターニャの街へと戻ってきた。


依頼の報告をするため、冒険者ギルドの扉を押し開けると、昼下がりの喧騒が耳を打つ。


酒場兼用のホールには、冒険者たちの笑い声とジョッキのぶつかる音が響いていた。


カウンターに立つ受付嬢は、アレフたちの顔を見るなり小さく目を見開き、微笑んだ。


「……依頼の完了報告ですね。タバス村からも連絡がありました。人質の救出、誠にありがとうございます」


アレフが頷いて依頼証を差し出すと、受付嬢は慣れた手つきで書類を確認し、金貨の詰まった袋を差し出した。


「これが報酬です。加えて、野盗の首領格にかけられていた賞金も上乗せしてあります」


じゃらり、と小気味よい音を立てる袋。


「……おお……! ようやく、まともに懐が潤いましたな」


後ろで控えていたジェームスが、感無量といった面持ちで目を細める。


「今日は祝杯だぁ!」


アスタロスが横から袋を覗き込み、鼻を鳴らした。


その矢先ーー


「アスタロスさん……ちょっとは自重してください!」


ライカがビシッと指差す。


「な、なんだよ。ちょっとくらい、いいじゃねえか……チチと一緒で心の小せぇやつだな」


アスタロスはコソッと小声で呟いたつもりだったが、ライカの長耳はしっかりと捉えていた。

彼女のこめかみに青筋が浮き出る。


「……どうやら、教育的指導が必要みたいですね。デュラさん……お願いします」


「承知」


デュラがおもむろに首を外そうとする。


「すみませんでしたぁぁ!」


アスタロスは、それはもう見事な土下座を披露した。


「おやおや……わたしのお株が奪われてしまいましたな」


ジェームスが苦笑まじりに肩をすくめる。


そんなやり取りを呆れ顔で見ていたアレフは、金貨袋を腰に収めると仲間たちを見回す。


「ともかく、次の目的地だ。“水の都ウォーラル”へ向かうぞ!」


アレフの言葉に皆が静かに頷いた。


数日後ーー


川を下り、山々を抜けると、やがて視界いっぱいに広がる水面が彼らを迎えた。


「……これが“水の都”……!」


水路が縦横に走り、白壁の家々がその上に整然と並ぶ。


橋の上を行き交う人々、舟を漕ぐ船頭の掛け声。


陽光を受けてきらめく景色は、どこか幻想的ですらあった。


「ここに“色欲”のダンジョンが……」


アレフが呟くと、ジェームスがすぐに補足する。


「噂に聞くところによれば、街の地下水路がダンジョンになっているそうですぞ」


ジェームスの言葉に皆がゾッとする。


「そりゃまた、随分と物騒じゃないか?」


街の下に魔物がはびこっているかと思うと内心気が気じゃない。


「もちろん、ダンジョンに繋がる全ての出入口には結界が張られている上、厳重に警備されておりますので、心配は無用です」


ジェームスが微笑んでみせる。


皆が安堵の表情を浮かべ、そのまま石畳を歩いて冒険者ギルドへと向かう。


大理石の柱が並ぶ堂々たる建物の扉を押し開けると、ターニャのギルド以上の賑わいが飛び込んできた。


水の都という土地柄か、冒険者だけでなく旅人や商人の姿も多く見える。


アレフたちはカウンターに向かって歩き出す。

そのとき――


「なあ、知ってるか? 港のそばの温泉宿、今なら割引なんだとよ!」


「おお、マジか! 景色が最高だって評判の……あそこか!」


近くのテーブルに陣取る冒険者たちの会話が、シノの耳に飛び込んだ。

彼女の竜人としての耳は、余計な情報まで鮮明に拾ってしまう。


「……温泉……宿……?」


シノはぴくりと反応し、ぎらりとした視線で仲間たちを見る。


「アレフよ、聞いたか? 温泉宿があるそうじゃ」


“温泉”というワードに皆の足が止まる。


「妾たち、戦いづめだったじゃろ? ダンジョンに挑む前に、英気を養っといた方が良いのではないか?」


「確かに……温泉というのは疲労回復の効能もあるとか。旅の英気を養うには、悪くない選択かもしれませんな」


ジェームスは咳払いし、静かに付け加える。


そこに、普段は控えめなライカまで小さく手を挙げる。


「ぼ、僕も……温泉……入りたい」


頬がほんのり紅潮している。


「温泉とくれば、酒だな!」


アスタロスは腕を組んで鼻を鳴らした。


「お前は黙ってろ!」


アレフが一喝する。


視線が自然とアレフに集まる。


決断を下すのは、常に彼だ。


アレフは小さくため息をつき、肩をすくめた。


「……わかった。今日は温泉宿に泊まろう」


「よっしゃああああ!」


シノがガッツポーズを決め、ライカは目を輝かせた。


「思念体である我が、その温泉とやらに入る意味はあるのか?」

と、デュラだけは首を傾げていた。


「あるッ!!」


そう答えるアレフの口元は、わずかに緩んでいた。


こうして、アレフたちの“水の都ウォーラル”での最初の夜は、温泉宿で過ごすことに決まったのだった。


***


「これは、想像以上に立派な温泉宿じゃの!」


シノが大はしゃぎで駆け込むと、仲居が「お客様! 走らないでください!」と慌てて制止する。


ライカも目を輝かせながら手を合わせる。


「本当に来られるなんて……夢みたい……!」


アレフは半眼で二人を見ながら、ぼそりと呟いた。


「温泉より先に、ダンジョンの情報収集が先じゃないのか?」


「そちらは私にお任せを……」


ジェームスがエレガントに頭を下げる。


「ふぅ……やっと湯に浸かれる……」


宿の案内で男女別の浴場へと向かう一行。しかし、ここで問題が浮上した。


「で……アスタロスはどっちに入るんだ?」


アレフが顎を掻きながら問いかけると、皆の視線が一斉にアスタロスへ注がれる。


身体はしなやかな美女そのもの。だが、内面は百戦錬磨の猛牛戦士ミノタウロス。


「俺は魔物だからな。人間の裸なんぞに興味はねぇが、精神的には雄だからな。男湯でいいんじゃねぇか?」


本人は全く悪びれず、堂々と胸を張った。

豊満な肉の塊が大きく揺れる。


「それは絶対にダメ!」


「うむ。なんか悔しいから却下じゃ!」


ライカとシノが即座に反対する。


「アレフお兄ちゃん、顔がにやけてるもん」

「アレフ、顔がにやけておるぞ」


ライカとシノの声が見事に揃う。


「くっ……」


内心舌打ちするアレフ。


(だが、甘いな……我に秘策あり)


その目の奥はまだ諦めていなかった。


男湯に入った一行。


湯気が立ちのぼる大浴場で、ジェームスはいつも通り完璧な作法を披露していた。


「まず湯を三度かけ、心を清めてから入るのです」


「うるせぇ……」アレフは生返事。


一方で、デュラは浴場の隅で腕を組んで突っ立っている。


「……お主に言われてついてきたが、我には肉体が存在せん。湯に浸かる意味はあるのか?」


「いいんだよ。温泉ってのは身体だけじゃなく、心も癒やされる場所だ」


アレフが近寄り、にやりと笑った。


「仕方ねぇな……俺が洗って――いや、磨いてやるから、後ろ向け」


デュラが不審げに振り返ると、アレフはそっとその首を持ち上げ、囁いた。


「悪ぃな、ちょっと借りるぜ……感覚共有ッ!」


次の瞬間、アレフはデュラの首を大きく振りかぶり――


「おい、きさま! 一体何をしている……やめ……!?」


ぶん、と豪快に投げ放った。


「ああァァァーーッ!」


デュラの首が悲鳴をあげしながら、浴場の仕切りを飛び越える。


アレフは唇を吊り上げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。


“感覚共有で女湯を覗く”

それこそがアレフの秘策だった。


「ありゃあ……デュラの旦那じゃねぇか!あんたもこっちに入るのか?」


弧を描きながら宙を舞う首に向かってアスタロスが手を振る。


その直後ーー

ライカの悲鳴が轟いた。


「きゃあああああああああっ!?」


ライカは頭上から落ちてくるデュラの首に、咄嗟に拳を突き出した。


ゴッッ!


「ぐがっ!?」


デュラの首が鈍い音を立てて弾き飛ぶ。


追い打ちのごとく、シノの竜尾がしなり、炸裂する。


「ドラゴン・テイルッ!!」


バキィィィィィン!!


“感覚共有で女湯を覗く”

それこそがアレフの秘策だった。


だが、覗きに夢中になるあまり、彼は大きな見落としをしていることに気付いていなかった。


ーー共有者が受けたダメージは“呪い返し”となって、すべて自分に跳ね返るーー


「呪いを喰らえ、グラトニー!」


反応がない……


「………グラトニー?」


アレフはこの時になって、ようやく自身の侵した致命的なミスに気が付いた。


剣を持ったまま温泉に入るわけにはいかない。当然、グラトニーは脱衣所に置いてある。


その瞬間――男湯でくつろいでいたアレフがビクリと震えた。


「しまっ……っ!? ぐおおおおおッ!?」


グラトニーが脱衣所に置かれていたため、アレフは呪い返しを打ち消すことはできなかった。

結果、デュラが受けたダメージが、すべてアレフに跳ね返る。


「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!?」


次の瞬間、アレフの体は綺麗な弧を描き――


ボコォォォォォォンッ!


やがて、湯船にぷかぷかと浮かび上がった。


女湯から怒号が響く。


「覗きなんて最低だよ、お兄ちゃん!」


仕切り越しに軽蔑の眼差しを向けるライカ。


「まさかデュラの首を使うとは……考えおったの。じゃが、詰めが甘い!」


カッカッカッ!と笑い飛ばすシノ。


一方デュラは、ぷかぷかと桶の上で首を鎮座させ、ギラリと眼を光らせていた。


「……ゆるさんぞ、アレフ」


「デュラの旦那……その姿、ただのホラーだよ」


頭を抱えるアスタロス。


そして、アレフはというとーー

男湯に浮かぶ彼は、白目をむきながらも小声で呟いた。


「くっ……覗きは……男のロマン……」


「……若さとは、実に愚かで、美しいものですな」


ジェームスが静かに手拭いを掛けてやり、ため息をついた。


しかし、その裏ではーー


ウォーラルの地下深くでは、誰にも知られず、妖しい瘴気が蠢いていた。


それはまるで、次なる試練――“色欲”の迷宮への誘いであるかのように。

次回タイトル:031話 色欲のダンジョン

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