028話 タバス村の襲撃
山を二つ越え、ようやく辿り着いたターニャの街は、北方交易の拠点として名を馳せていた。
石造りの外壁は重厚で、風雪に耐え抜いてきた歴史を物語っている。
門前には長い行商人の列ができ、毛皮や穀物、鉱石を載せた荷馬車がひっきりなしに出入りしていた。
往来する人々の顔は活気に満ちているようでありながら、その奥底にはどこか翳りが差しているようにも見える。笑みを浮かべる商人の視線が、背後を警戒するように揺れるのだ。
「ふぅ……やっと着いたな」
アレフは荷台から降り、ぎしりと音を立てて伸びをした。長旅の疲れが骨身に染み、陽光がやけに眩しく感じられる。
「アレフ様、肩に埃がついております。お直しを」
すかさずジェームスが白手袋をはめたまま埃を払う。その仕草は淀みなく、まるで舞台上の所作のように整っていた。
「さすがジェームス、ぬかりがないの」
シノが感心したように呟くと、彼は涼しい顔で答えた。
「当然でございます。主人とその同行者の品位を守るのも、執事の務めにございますゆえ」
そんなやりとりに、ライカが小さく笑みをこぼす。張りつめた旅の疲れの中で、その笑いはどこか救いのようだった。
一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
ターニャのギルドは石造りの二階建て。厚い梁が剥き出しになった大広間は人でごった返し、酒の匂いと汗の臭気、そして甲冑の金属音が混じり合っていた。
壁一面に貼られた依頼書の前には人だかりができ、酒場の奥からは誰かが勝ち取った武勇談に喝采が起こる。
「所持金も心許ないし、ここで稼ぐしかないな」
アレフが腕を組み、依頼書を眺める。高額の依頼ほど危険度が高いことを示す赤い印が押されていた。
その横で、シノが一枚の依頼書を引き抜いた。
「アレフよ、これなどどうじゃ?」
差し出された紙には、整った文字でこう記されていた。
――【依頼内容】
近隣の村・タバスにて野盗の襲撃事件発生。村人複数名が人質として拐われる。救出にあたれる者、求む。
【報酬】金貨十枚+功績に応じ追加。
「……人質救出か」
アレフは眉を寄せ、内容を読み返す。
その背後からデュラが低く囁いた。
「野盗の何人かには高額の賞金がかけられているな。捕らえれば、追加の利益になる」
「賞金首……ね。いいじゃねぇか!」
アレフは唇の端を吊り上げ、不敵に笑う。
仲間たちも同意し、彼らは依頼を受けることを決めた。
翌朝、彼らはタバス村へと馬車を進めた。
道中、草原には白い小花が咲き乱れ、遠くの丘には金色の麦畑が揺れていた。鳥の群れが空を渡り、牧羊犬が駆ける姿も見える。だが、その美しい風景を楽しむ余裕はなかった。
「……人質にされた人たち、無事だといいけど」
ライカが不安げに呟く。
「安心しろ。俺たちが行けば必ず助け出せる」
アレフは断言した。
しかし胸の奥底には、もし間に合わなかったらという黒い予感が渦巻いていた。それでも仲間を安心させるため、強気の言葉を選んだのだ。
やがて、タバス村に到着する。
それは小さな農村だった。茅葺き屋根の家が点々と並び、麦畑と牧場が広がっている。
普段であれば穏やかな時間が流れていたに違いない。だが今は村全体に張り詰めた緊張が漂っていた。
子どもたちは泣きながら母親の影に隠れ、若い男たちは武器を手にしながらも怯えを隠せずにいる。
村長の家に案内されたアレフたちは、白髪混じりの壮年の男と対面した。
「先日の襲撃で、数名の若い娘が連れ去られたんだ。子どもも混じっている……。どうか、助けてくれ」
その声は震え、目には涙が滲んでいた。
アレフは真剣な顔で頷いた。
「まかせろ。連れ去られた村人は、俺たちが必ず取り戻す」
村長は深く頭を下げた。
その夜は村に泊まり、情報を整理する。
村人の証言を集めると、野盗たちは近隣の山中に潜んでいること、そして人質を人身売買に使うつもりであることがわかった。
アレフは焚き火を前に腕を組み、しばし沈黙する。やがて、口元に不敵な笑みを浮かべた。
翌日。
突如として村の外から怒号が響いた。
「野盗だぁ! また奴らが来やがった!」
村人たちが悲鳴を上げ、子どもを抱えて家の中へと逃げ込む。
埃を巻き上げながら現れたのは、粗野な武装集団だった。肩に傷跡を持つ大男が先頭に立ち、残忍な笑みを浮かべている。彼こそ野盗団の頭領・ヴォルクだと後に知ることになる。
「チッ、昨日の今日でかよ。……やっぱり俺の“不幸体質”のせいか?」
アレフはぼやきながらも、素早く剣を抜いた。
ライカとシノが慌ててローブを羽織る。
だが野盗の視線がこちらに注がれた瞬間、アレフが口を開いた。
「ライカ、シノ。……お前ら二人、ちょっと捕まってこい」
「え……?」
思考が一瞬止まった二人。
「……アレフお兄ちゃん……ライカのこと、嫌いになっちゃったの?」
ライカの瞳に涙が滲む。
慌てて弁明しようとするアレフを、シノが遮った。
「なるほどの。面白そうな妙案じゃ」
彼女はすぐに意図を察し、口元に笑みを浮かべる。
アレフは決断するように頷いた。
「決まりだな」
そう言うや否や、彼は二人のローブを剥ぎ取った。
「おい……耳が長ぇぞ。エルフか?」
「違う、肌の色……混ざりもんだ。ハーフエルフだ!」
「こっちの女は竜人族!? こいつぁ高く売れる!」
野盗たちの目がぎらつき、歓声が上がる。
シノはライカに片目をつむって合図を送り、すっと前へ出た。二人は意図的に両手を挙げ、抵抗しない意思を示す。
「……なに、命の心配はなさそうじゃな。妾らを売り飛ばす気のようじゃし」
シノの瞳は強く輝き、ライカも小さく頷いた。
野盗たちは高笑いしながら、二人の首に隷属の首輪をはめた。それは呪術的な拘束具で、抵抗は不可能だ。
「……クソッ!」
アレフは歯噛みしてみせるが、その内心は冷静だった。
耳の奥に、グラトニーの声が響く。
『感覚共有をそんな風に使うとはな……狡猾なやつめ』
アレフはすでに、シノとライカに感覚共有を施していた。二人の目と耳を通して、野盗のアジトを突き止めるためである。
村を離れていく野盗たちの背を睨み、アレフは静かに呟いた。
「待ってろ……すぐに助けに行く」
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